第20話 「ヘーゼルブラウン」

(蒼汰)


「結衣ちゃん大丈夫かな?」


「う、うん」


「先生たちと合流したかな?」


「ど、どうだろう。た、多分」


 美咲さまが時々話しかけてくれるが、話を弾ませることが出来ない。

 話したい事、聴きたい事は山ほどあるのに……。

 俺はダメな奴だ。そうヘタレ君なんだ。


 でも、こんな事でどうする。

 普通はこの後とんでもない大雨が降って来て、道が分からなくなって二人で山小屋に避難して、二人で身を寄せ合いながら一晩過ごすのが決まりなんだぞ。

 そして二人の想いが通じ合って、キスをしていると救助隊が到着するんだ。

 こんなんじゃダメじゃないか俺!


 そんな下らない事を考えていたら、つまずいて転びそうになった。

 何につまずいたのか確認したら、木の根が張り出していた。全く邪魔な奴だ。

 自分の不甲斐なさを痛感して、悲しみに沈む俺をこれ以上躓かせないでくれ。


「きゃっ!」


 声がしたので振り向くと、美咲さまがビーナスの様に横たわられていた。

 いや違う、転んだのだ。

 倒れたままの美咲さまに慌てて駆け寄る。


「だ、大丈夫?」


「ごめんなさい。ちょっと余所見よそみしてたら躓いちゃって」


 美咲さまが躓いた所を見ると、さっきの張り出した木の根だった。

 美咲さまごめんなさい。俺が悪い。全部俺が悪い。

 自分が躓いた時に、何故美咲さまに知らせなかった。悔恨かいこんの念に押しつぶされそうだ。


「ごめん、本当にごめん」


「え? 何で上条君が謝るの」


「さっきそこで俺も躓いたんだ。美咲さ……エホン……天野さんに、直ぐに知らせれば良かったのに。ごめん」


「そんな。余所見してた私が悪いのに、謝らないで」


「……ごめん」


 こんな時はどうすれば良い?

 こんな時は……。

 そうだ、頑張れ俺! 勇気を振り絞れ俺!


 まだ立ち上がれないでいる美咲さまに、震える手を差し出した。

 いや、震えているのは俺のひざかも知れない。


「あ、ありがとう」


 そう言って美咲さまは俺の手をお取りになられた。ヤバい気絶しそう……。

 少し力を入れて、美咲さまを引き上げた。

 立ち上がって歩こうとしたら、よろけたので慌てて支えてあげた。


「転んだ時に足首をひねっちゃったみたい」


 一大事だ!


「だ、大丈夫? どっちの足?」


「左足」


「歩けない?」


「ううん。歩けるけど、ゆっくりしか無理かな」


 こ、これはもしや……。

 もうこれ、お姫様抱っこで下山するしかないでしょう!

 俺の腕に抱かれてウットリと俺を見つめる美咲さま。

 この展開に間違いない。

 まあ、インドア虚弱体質、筋力皆無の俺には無理なんだけどね……。

 くそう。今から二年前ぐらいに戻って、直ぐ筋トレ始めるように俺に伝えてくる!


「上条君は先に行って。私ゆっくり歩いて行くから気にしないで」


 美咲さまがとんでも無い事を言いだした。

 は? 何を言っている。

 怪我をしている美咲さまを置いて先に行くだと? そんな事する訳ないだろう。

 もちろん、これが結衣や他の女の子だったとしても置いて行ったりはしない。

 ましてや俺の愛する美咲さまだぞ。絶対に有りえない。

 何だそれ。俺は美咲さまからそんな奴だと思われているのか?


「嫌だ! 美咲ちゃんを置いて行ったりしない!」


 思わず大きな声が出てしまった。美咲さまが驚いた様な顔をして、こっちを見ている。

 し、しまった。「美咲ちゃん」って呼んでしまった。


「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」


 美咲さまが、ちょっと上目使いで申し訳なさそうな顔をしている。

 か、可愛い……。

 初めてバス停で会った時にチラリと見たけれど、美咲さまの瞳をしっかりと見た事は無かった。俺の大好きなヘーゼルブラウンの瞳だ。

 もちろん、瞳の色がその色だという事は知っていたけれど、こんなに至近距離で真正面から見たのは初めてだった。


 美しすぎる……。

 ダメだ、何も考えられない。

 美咲さまの瞳に俺の全意識が吸い込まれていく。

 星の彼方へ飛んでいく……。

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