エーラ、複雑な年頃
兄がいなくなってからのエーラは妹アリスとふたりで支え合っていくことで、おおきな悲しみを乗り越えてきた。
父に連れられ、クルクマを離れた時、エーラは騙されていたので、もう二度と母親に会えないなどとは思ってもいなかった。
あとになって妹アリスから聞かされた。
おそらくもう母には会えないと。
その時もエーラは泣きじゃくったものだが、聡いアリスがいっしょにいたから耐えられた。以来、アディフランツはエーラにとって嘘つきになった。
それでも、エーラは父のことが大好きだった。ドジだけど優しいから。
しかし、アディフランツは大抵は家にいなかった。
仕事で忙しそうだった。でも決して蔑ろにされているわけじゃないとエーラはわかっていた。自分の父親はどこかドジだけど、本当は頑張っているのだと。
わかっていた。だから、我慢した。
感謝をを言葉にするのは恥ずかしかった。
ありがとうと伝えるのには抵抗があった。
なぜだかはわからなかったが。
エーラ自身は認識していないが、父親に自分がまだちいさい子供だと思われるのは癪にさわったのである。彼女はもう11歳の立派なレディなのだ。
毎朝「いってらっしゃい」と冷たく短く伝えるのは、エーラの自衛なのだ。
言葉を重ねて「いつもありがとう」と伝えては、きっとアディフランツは喜ぶだろうが、同時にちょっと面倒くさい感じにもなりそうだったから。
エーラには大いなる目的があったからそれに打ち込んだ。
大好きな兄を奪った吸血鬼を倒す。復讐の使命だ。
アリスとともにその使命を追いかける。
頑張ることが嫌いなエーラがひたすらに剣に打ち込む理由だった。
アリスが自分を置いてダンジョンへ向かったと知った時、エーラは深い悲しみに沈んだ。どうして連れていってくれなかったのだろうと。
自分では足手まといだったのだろうか、とモヤモヤした気持ちになった。
同時にアリスがいなくなって使命を完遂できないと想像した。
エーラは恐ろしくなった。復讐を諦めては、兄を失った悲しみと悔しさ、怒りと諸々の熱を忘れてしまうのではないか。いつしか遠い記憶のひとつになってしまうのではないか、と。
だからアリスを必死になって救いだそうとした。
そしてこのざまだ。
外の明るい日差しが差し込む部屋でベッドに縛られている。
あの大きな体の男がいなくなった。黒いマントを配下がひとりだけ残っている。
エーラは目元を真っ赤にしていた。
すでに泣き止んだが、それでも体はいまだに震えていた。
部屋の扉がゆっくりと開く。
コツコツっと靴底が小気味良い音を鳴らしてその人物は入って来る。
黒い髪に不思議な蒼黒い眼をした男だった。
「ボスをどうした」
「お前のボスは死んだ。弔い合戦でもするか」
黒いマントの男は剣を抜こうとし、思いとどまる。
半ばまで抜いた剣を鞘におさめて、無言のまま部屋を出て行った。
黒髪の男が近づいて来る。
近づかれると一本の線が脳内でビシっとつながったような感覚を覚えた。風貌が変わっていたので一瞬気が付かなかったが、それは確かに知っている顔だったのだ。
エーラは目を大きく見開いて、再びポタポタと玉の涙をこぼしはじめた。
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