アリス救出作戦始動
久しぶりに見た父はやさぐれた中年男性感が増していた。
最後に会ってからはやいもので6年が経とうとしている。
変わりもするだろう。
賭博場の扉を押し開いて、陽のひかりが暗い店内に差し込んだ。
アディは口を半開きにしていて目を丸くして固まっている。
「あっ……」
声を詰まらせ、そっと手に持っていた酒瓶を机に置いた。
口元に手を当てて、しかし、ふと冷めた眼差しをする。
「いや、いやいやいや、いやいや、ありえない」
「父様、落ち着いて」
「待て、動くな、来るな、アークは死んだ!」
杖を反射的に抜いてこっちへ向けて来る
俺は両手をあげて一歩下がる。
「アークは死んだ……俺の息子は……訳がわからない、何が、どうなってる、お前、だれだ!?」
「アーカム・アルドレア。エヴァリーンとアディフランツの息子。双子の妹がいて姉がエーラ、妹がアリス」
メレオレの杖をサッと抜いてアディの右肩を風弾で鋭く打つ。
「いッ! お前、詠唱を……」
アディの杖がふっとび、床に転がった。
俺はしゃがんで拾いあげる。
「バルドバティの杖。29cm。芯は風の精霊の尾羽。作杖師オズワールの作品」
「っ」
「これはウェイリアスの杖。貴方が宮廷魔術師ソフィア・ラートへ譲渡した杖でしょう。本当は魔法学校入学祝いに僕に贈ってくれるはずだった」
「どうしてそのことを……」
「ソフィアさんからこの杖を託された時に聞かせてもらいました。これ以上まだ証拠が必要ですか」
アディへ近付き、杖を持ち手をひっくり返して手渡す。
アディは放心状態のまま杖を受け取り、丸くした目で見つめて来る。
次第に薄紅色の瞳に雫が湧きだし、決壊するように溢れ出した。
「訳が、わげが、わがんねえ……なんで、お前、いきでんだよ……ッ!」
言いながらガバっときつく抱きしめて来た。
「意味分かんねぇ、意味分からねえのに、なんでこんなっ、別に泣きたいわけじゃない、のに……! うグ、ウぅ!」
「少し帰るのに時間がかかりました。心配かけて申し訳ありません」
「いや゛、心配どか、そういう段階、じゃないだろ……っ、うぐ、ぅぅ、アーク、お前、お前、よく帰ってきたなァっ!」
アディは体重を預けるようにして大声をあげて泣き出してしまった。
俺の父親はお世辞にも強い人間ではない。
辛いことがたくさんあったのだろう。
耐え難いこともあっただろう。
弱り切った父の背はいつの間にか俺よりもすこし低くなっていた。
しばらく後。
泣きじゃくるアディがもはや会話にならないと判断したので、赤子をあやすように背中をトントンしてあげた。
ようやく落ち着いてきたので席について面と向かって話す。
両隣にはニーヤンとテラが座っている。ニーヤンはいたずらな表情で、アディのほうは耳まで赤く染まっている。
「こほん。すまん、すこし取り乱した」
「”すこし”にゃ?」
「うるさい。静かにしてろニーヤン。息子の前だぞ」
「にゃ、にゃあ!」
喉をしめあげられるニーヤン。
「父様、無事なようでよかったです。エーラはどこにいるんですか?」
「たぶん、剣の稽古に……」
「それじゃあ探しにいってる時間もおしいか……先にミーティングを始めましょう」
「ミーティング?」
「ええ。積もる話はあるのですが、それよりも今は時間がないと認識していますか?」
「アリスのことか……? その、アーク、すごく言いにくいんだが、アリスはたぶんもう……」
「生きてますよ。何を悲観的になってるんです。僕が生きてたんですよ。なら10日程度がなんの問題になるんです?」
「アーク……」
「プランを練りましょう。今は優先するべきことがあります。まずはアリスが消えたダンジョン情報を見せてください」
アディたちは普段はそのダンジョンを狩場にしている訳ではないようで、情報はさほど多くはなかった。わかっているのは、浅い階層の難易度がとても低い初心者向けのダンジョンであるということくらいだ。
テラとニーヤンは初心者ダンジョンならどんなに間違っても事故は起きないと踏んでアリスを連れていったのだと言う。
結果、極めて低い確率を踏み抜いたのはもはや事故としか言いようがない。
「すぐにダンジョンへ潜りましょう。はやければ早い方がいい。僕はダンジョン探索という行為を知らないので、必要な装備そのほかを教えてくれますか」
「任せるにゃ。道具の準備はこっちでしておくにゃ。そうにゃ。この初心者ダンジョンの情報は市場の情報屋で買えるだろうから、我らが準備しているうちにお使いして来てほしいにゃ」
「わかりました。どれくらいで準備できますか」
「我がギルドに口を聞いてやるからダンジョン入洞許可もすぐにもらえるにゃ。2時間後にはもうダンジョンへ突入できるはずにゃ」
「素晴らしいです。お願いします」
早急にミーティングを終えて、俺はダンジョン情報の買い方をニーヤンに教えてもらう。さて情報屋へお使いに行こうか。
「さっきから何をボーっとしてるにゃ。お前もお使いに行ってくるにゃ」
「え、あ」
ニーヤンはアディを蹴っ飛ばしてこちらへ押しやる。
「行きましょうか、父様」
「お、おう」
俺とアディは賭博場を出て、ごった返した市場へ足先を向けた。
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