ここまで頑張って来たはずだ
昔、エフィーリア王女がクルクマまでやってきた時、彼女はある冒険者パーティを連れていた。
名は『レトレシア魔術団』、全員が魔術師かつ貴族というなんとも異色のパーティだった。
「アーカム生きてるじゃん! やばいって!」
明るい髪色の彼女、すっかり記憶の彼方にいたが、ああ、そうだ、耳の奥にまで土足で入り込んでくるこの五月蠅い感じ、蘇ってきた。
目を丸く見開いて、俺の頭をぽんぽんっと面白そうに叩いては、食堂ですでに席についている仲間たちへ「まじやばくない!?」と報告をくりかえす。
そう。
フラワー。
フラワー・マンドラゴラ。
当時は確か12歳で、いまとなっては20歳を迎えたはずのレディだが、あんまり印象に相違はない。人って変わらないんだな。
「まあ落ち着けよ、フラワー、アーカムが困惑してるぜ」
言うのは悪人面をさらす青白い髪の男だ。鋭い牙は人間の肉を噛み切るために発達したのか。三白眼は見る者を委縮させ、敵対すればまともな死に方はさせてもらえないと覚悟を迫られる。
近づいて来て、フラワーを引き剥がすと俺へ握手を求めて来た。
「ジェイク・セントー。覚えているか?」
「アルドレア邸の地下室で殺し屋を尋問した日々はずっと印象的ですよ」
「思い出されるのがその記憶というのも考えものだぜ」
ジェイクは肩をすくめて嘆息する。
記憶が正しければ彼は『レトレシア魔術団』のリーダーだった気がする。
「あたしとの思い出は!? いろいろあったよね、アーカム!?」
「失礼ながらうるさかったとしか……」
「えぇええ!? なんでぇ!? いろいろ遊んだのに忘れちゃったの!?」
目の端に涙をうかべるフラワー。
肩をぐいっと掴まれてまたしても引き剥がされている。
「アーカム・アルドレア、私はノザリス・オーカストラン。氷の魔術まで修めたと風の噂で聞き及んでいる」
紫髪の落ち着いた雰囲気の女性と握手をかわす。
ノザリス・オーカストラン。
当時は俺のことを養子に迎えるとかなんとか言っていたような気がする。
「もう皆、アーカムが困惑していますわ。離れて離れて」
エフィーリアによって助けられ、ようやっと食事の席につくことができた。
フラワーは興奮冷めやらぬと言った雰囲気だったが、ノザリスに暴れる犬を御する飼い主のように肩を押さえられて強制的に身動きを封じられていた。
「悪いな、あいつは8年前からあんまり変わってないんだ」
「お気になさらずに、ジェイクさん。変わらない良さもありますよ」
食事は豪華さを極めていた。
王族の食事というのは、クリスト・カトレアで経験したことがあったが、大国のものとなると、なるほどすべてに気が配られている。
貴族のマナーとして知識だけでしか知らなかったフィンガーボウル(食事中に手が汚れた時に使う水の入ったカップ)があるし、銀食器の数も非常に多い。
食事に応じて使い分けろという意味だ。教養が試される場でもある。
俺はすこし緊張しながら、かつてエヴァに教えられたままにナイフとフィークを選んでコース料理の順番にあわせて使い分けていった。エヴァもいまでこそ辺境貴族だが、もとは魔法王国大貴族キンドロ領地貴族の令嬢だったのだから、当然、上流の中の上流を知っていたのだ。
「別にそんな使い分けなくていいんだぞ」
5皿目くらいでジェイクに苦笑いされながら言われて気づいた。
皆、普通に一種類のフォークしか使っていない。
俺だけ阿保みたいにたくさんの銀食器を汚している。
「ふふ、ここは正式な社交の場ではありませんわ。ただ、私たちが間違っていたかもしれませんわ。身内だけの通例で食事をしてしまいましたから」
エフィーリアは言って二本目のフォークを取る。
俺は「お気になさらず。こういうのは初めてで少し緊張していました」と言った。
結局、俺の気張りすぎだったと知り、エフィーリアとその仲間うちに通例に俺も参加させてもらい、そのあとの料理は一番使いやすいデカいフォークでぶっ刺して食べていった。
食事中の話は俺と彼らが最後に会った8年前の日々と、旅でどんな出来事があったのかを語った。ジェイクたちはレトレシア魔法魔術大学での生活やら、冒険者としてクエストに出向いた先でのトラブルの話などをたくさん聞かせてくれた。
どれもこれもがかつてクルクマで彼らを迎えた日々を思い出させてくれるもので、とても懐かしいものであった。
どれだけの魔術を修めたのか、ノザリスには興味津々に訊かれた。
当時、『風と水と火の二式魔術師』だった俺は『氷の賢者』になり、そのほか多くの魔術を修め、開発し、今日にいたる。
多くの時間を狩人流剣術の修練に費やしたが、魔術師としてもそれなりに成長はしているはずだ。
「そうだ。これをあげますよ。今夜、食事があると聞いたので、気合をいれてつくった作品です、どうぞお納めください、王女殿下」
「ふふ、ではありがたく。まあ! なんて美しいのかしら……これは?」
「魔力結晶のペンダントです。結晶から削り出している訳ではなくて、結晶の生成段階いう形に創り出しているのですよ」
ラカル村で暇を持て余してつくった魔術的工芸品、その発展型だ。
俺の業の練度は上昇しており、いくつかの仕掛けも埋め込んでる。
「なんで美しいの。本当にアーカムの業は比類なき段階にあるのですね。素晴らしいですわ。魔力を圧縮して魔力結晶を生み出すなんてまるでアーケストレスの伝統派魔術師のようですわ。いえ、かの地の魔術師と言えど、これほどの繊細な加工を施すなんて聞いたことがありません」
「この結晶には収納魔術も施してあるので、例えば剣ほどのものならこの通りに収納できます。また魔力流すと発光します。だいたい一式魔術で集積・発射を行使する程度の魔力をこめてあげれば半日くらいは光り続けると思いますよ。個人差はありますけど」
エフィーリアには現状の魔術的工芸品作成能力のすべてを注ぎ込んだ複雑な飾りを施したものを、ジェイク、フラワー、ノザリスにも同型だが、細部のブラッシュアップにさほど力を入れていないものを贈った。なんとなく王女と同じものを贈るのは失礼にあたるかなとか俺なりに気をつかった結果だ。
「うぇぇえ!! やば! これ光る! ちょー光るよ、ノザりん!」
「一体どれほどの精密な魔力操作ができればこんなことが……」
「レトレシアで魔術研究の段階に入って、すこしは自信がついたんだけどな、お前のまえだと自分の才能の乏しさに虚しくなってくるぜ」
ジェイクは言って銀食器をペンダントに収納したり出したりして、苦笑いをうかべていた。
「お前は以前あった時も飛び切りの天才だったぜ。大人になれば神童もただの人になるとは言うが、才能には陰りが見えねえ。会うたびに遥か先へ進むなって。どうなってるんだよ」
ジェイクは悔しそうな顔しながらも、手放しに俺の才能を称賛してくれた。
というかこの場の皆が魔術に関しての才能を認めてくれる。
最近はやたらめったらボコボコにされていて「もしや俺ってマジで大したことないのでは?」と、これまでの自分の自意識とか積み上げて来た自信とかを打ち砕かれていたが、すこしは元気を取り戻すことができた。
俺はこれまで頑張って来たはずだ。
異世界に転生し、鍛錬し、練り上げて来たはずだ。
試行と失敗をくりかえし、試練を乗り越えてきたんだ。
俺は出来るやつだ。ベスト尽くしここまでやってきた凄い奴だ。
思えばアヴォン・グッドマンや、エレナ・エースカロリも魔術の才能だけは評価してくれていたように思う。あの性格悪い大人たちがだ。
もっと信じていいのかもしれない。
積み上げてきた時間には、努力には意味があるはずだ。
無駄だったわけがない。
絶望の怪物を震えて、勇気を失い、無力をなげき停滞に甘んじるべきではない。
俺にはまだ何かできるはずだ。
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