まだ届かない


 絶滅指導者のこめかみを死角から撃ち抜くには最高のタイミングだ。

 しかし、絶滅指導者は反応し、直前で手のひらでガードしてしまう。


 手のひらを星落としの槍が貫通する。

 あとすこしで顔に届くと言うところで槍先は止まってしまった。

 

 アンナの作った隙を逃さず、すかさず斬りかえすキサラギ。

 だが、絶滅指導者はこれにも反応し、斬られるよりはたく前蹴りで吹っ飛ばしてしまった。


「くっ! このッ!」


 アンナはなんとか槍を伸ばそうとする。

 

「血の魔術の模倣だと? 人間はいつだって驚かせくれる」

「っ」


 アンナの様子が変わった。

 押し込もうとしていたのに、スンっと血の気が引いて、目を見開いた。


「だが、我々からすればまるで赤子だ」


 絶滅指導者はアンナの血の絶槍を、貫かれた手のひらで優しく包んだ。

 直後、アンナは沈痛な悲鳴をあげて、全身から血を吹き出し、その場に崩れ落ちた。痛みに悶え苦しみ、泣き声のような者が聞こえてくる。


 あのアンナが……痛みに強い彼女のそんな姿を見たことが無かった。

 いったいなにをしたのか……直観は絶滅指導者の血が槍を伝ってアンナの体内に致命的な破壊をもたらしているのだと教えてくれた。


 最後の手札を切ることにした。

 俺だって黙って死にかけていたわけじゃない。

 さっきからずっと魔力を練りあげていた。

 実に《ウルト・ポーラー》15発分の魔氷の砲弾。

 実態のある土属性式魔術や、氷属性式魔術は、同じ魔力量でも小さい的に対しての破壊力に優れる。コートニーさんの土属性から学んだ知見である。

 サイズの小さい相手ならばソリスよりも威力はうえだ。

 それを15発分編み込んだ。


 こっそり作るのが大変だったが、これならあるいは──

 あ、こっち向いた、来る。

 直観でわかる。俺はこれを撃てない。撃つ前に脳を砕かれる。


 そこまでのビジョンが克明に見え、絶滅指導者がわずかに動きはじめた。

 絶滅指導者の知覚機能は人類のそれを遥かに凌駕する。

 あと一歩のところで俺が必死に隠した反撃の意志に気が付かれてしまった。

 俺はなにもできずに死ぬのか……。

 その時、キサラギが視界外から飛び込んできた。

 残された最後の高周波ブレードで斬りかかった。

 絶滅指導者が反応できないわけもなく、彼は硬化した腕でブレードを弾き、続く拳でその胸部を貫いた……引き抜かれた手にはマナニウム電池が握られていた。

 だめだ、やめろ、それだけは……。


「人形だったか。どうりでお前にはなにもないわけだ」

「キサラギ、は……キサラギは……」


 絶滅指導者はキぽっかり穴の開いたキサラギの頭をつかみ、乱雑に胴体から引き千切ろうとする。


「こっちだッ!!」


 俺は叫ぶと同時に魔氷砲弾を放っていた。

 絶滅指導者はこちらを向いた。手を何気なくもちあげる。

 それだけだった。やつがとった防御行動は。

 俺の魔氷砲弾は手の甲に乗ったテントウムシを観察するかのように、なんとなく持ち上げられたようなその手の甲に弾かれ、軌道をおおきく曲げられた。

 明後日の方向へ飛んでいき、玉座の間を破壊し、巨大な氷柱の集合体を生やすだけに終わった。


「……はぁ、はあ……はぁ……」

「ほう、これは……」


 絶滅指導者は魔氷砲弾を防いだ腕をもちあげる。

 手首がへし折れ、ぷらんっとぶら下がっている。


「これほどの損傷を受けたのはいつぶりだろうか……100年、いや、200年前のあの狩人以来……」


 遠い目をし、次の瞬間、手首はぐるっとまわり、正常な位置に戻る。


「まあだからなんという話ではないが」


 呪った。

 自分の弱さを呪った。

 これほどに打ちひしがれるものなのか。

 どうしても、どうしても……あまりのも、その最強の頂は高すぎる。

 

「この程度、か……どこにクトゥルファーンが討たれる道理があるのかと思えば……所詮はテニール・レザージャックに削られただけであったよう。お前ではまるで脅威にならない」

 

 だめだ……俺では……まだ届かない……。

 キサラギが、アンナが……みんな殺されてしまう……。


 俺は手を伸ばす。やめろと力いっぱい叫ぶ。

 されど出て来るのはかすれた声だけ。

 灰の傷と、喉の痛み。最初の一撃で打ち込まれた血の呪いで、発声器官が腐りかけているのか。


「アーカム……あー、かむ……」


 アンナの苦しそうな声が聞こえる。

 俺を呼んでいる。いつからか俺に多くを委ねてくれるようになった。

 俺のことを信頼し、俺も彼女を信頼し、秘密を打ち明け……ああ、全部終わる。

 ここで終わる……俺が弱いばかりに……。


 思考するのすら億劫になっていく視界の中、絶滅指導者は俺の後方を注視しているのに気づく。キサラギをぽとりと取り落とした。首を引き千切っていない。


 処理能力が落ちて鈍くなった頭で考える。

 なにが起きているのか。

 そう思い、ふと、俺は背後へ首をのろまに傾けた。


 玉座の間の入り口。

 そこに黒い外套を着た集団がいた。

 全員、違うが黒革を基調とし、三角帽子のようなものを被っている。

 全部で8人。身長の高い人も、分厚い体のやつも、女も男もいる。

 俺はその者たちにどこか懐かしい雰囲気を感じていた。

 

「し、しょう……」


 もうずっと古い記憶に思う。

 師匠の話を聞き、想像した怪物狩りの狩人たち。

 

 ああ、そうか……彼らはついぞ姿を現したのだ。

 俺の直観が最後に教えてくれた。

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