怪物派遣公社



 怪物派遣公社。

 その目的は人類保存ギルド:狩人協会をして完全に把握できておらず、世界の裏側でなにかのために怪しげな活動を繰り返しているという。

 

 王族暗殺、狩人狩り、宣教師狩り、悪魔契約、そして怪物派遣。


 怪物派遣公社を取り仕切るのは悪魔たちだ。

 ただし、通常の悪魔は源流を別にする特殊な悪魔たちである。

 彼らは時に公社のため、時に契約者の命を守るため保有する強大な戦力を動かす。

 

 

 ─────



 深い緑色の結晶が悪魔をおおいつくす。

 これで悪魔を抑え込んだ、そう思った。

 だが、悪魔の背後が歪み、2つの影が飛びだしてきて自体はすでに動き出したのだとその場の誰もが理解したことだろう。


 悪魔はすでに展開を済ませていたのだ。


 俺の直観が叫ぶ。

 飛び出して来た影たち、それらは厄災級の怪物であると。


「伏せて!」


 俺は杖を素早く抜き、風の爆弾を放る。

 それよりはやく厄災が動いた。

 

 赤い瞳、蒼白の肌、黒い爪。

 ひとりは吸血鬼だ。


 吸血鬼は俺の風爆弾を腕をかるくふるだけで掻き消す。

 単純な腕力による芸当だ。嫌になる。

 振り抜かれる怪物の腕。赤く滾る血で硬化している。

 俺の上半身をバラバラの肉塊に変えに来た。


 動きは夜空の瞳のおかげで視認できる。

 俺は嵐の鎧をまといながら、アマゾディアを抜き、初撃を受け止めた。

 久しぶりに感じる人類を遥かに超越した怪力。

 とてもとても踏ん張ることんどできず、長い廊下を遠くまでふっとばされた。


 風の逆風で勢いを殺し、壁に背中を打ち付け、ようやく止まる。


 顔をあげる。


 魔術騎士たちが吸血鬼へ斬りかかっていた。


「このバケモノめ!」

「人間を殺すのなんて久しぶりだなぁ」


 吸血鬼はなにもせず直立不動。

 腕を軽く持ち上げて剣を受ける。

 騎士の刃がたたきつけられる。

 手ごたえに笑みを浮かべる魔術騎士。

 だが、すぐに気づく、魔術でエンチャントされた直剣がへし折れていることに。


 吸血鬼の腕は数センチ軽く傷がついただけだ。


 剣気圧と銀の刃だけが、吸血鬼の血の魔術を効果的にダメージを与えることができる。いかに切れ味のよいエンチャントされた魔法剣でも、剣気圧を扱えない魔術騎士ではダ血の硬化を突破できない。


 吸血鬼が腕を振った。

 重たいフルプレートに身をつつんだ騎士が屋敷の壁を突き破って中庭へぶっとばされる。宙へ舞う鎧のなかで肉も内臓もぐちゃぐちゃになったことだろう。


 まずい。

 これ以上、好き勝手されたら死人が増える。

 ゆえに叫ぶ。


「アンナッ!!」


 俺は廊下の隅っこからめいいっぱい叫んだ。

 被害がこれ以上ひどくなる前に。


 俺の一声で書斎の窓ガラスを突き破って、梅色の閃光が乱入して来た。

 続いて黒い旋風。最後にひょいっとキサラギちゃん。


 よかった、俺の声が聞こえたか。


 アンナ、フラッシュ、キサラギの3名を待機させておいたのだ。

 やけになって厄災の力に頼ってくる可能性があったから。


 アンナとフラッシュが果敢に吸血鬼へ斬りかかっていく。

 その手には銀の剣が握られている。


 いきなり現れた剣士たちへ、吸血鬼は全身を硬化させ、刃を受ける道を選んだ。

 だが、それは彼女たちを前にしては愚かな選択だ。


 斬撃が吸血鬼の腕をぶったぎる。

 吸血鬼の腕を飛ばすにはいたらなかったが、ほとんど両腕が千切れかけている。


 吸血鬼は銀に斬られたことで、悶絶し、悲鳴をあげた。

 痛みと共に理解したことだろう。

 アンナとフラッシュが自分を殺しえる人間であると。


 吸血鬼は獰猛に牙を剥き、戦闘本能のおもむくままに自らの腕を引き千切り、根本から噴出した血を触手のように変幻自在に展開した。

 血の触手は恐ろしく、振れるだけで金属すら舐めるように削り取る。

 即死級の攻撃を受けれるのは四段剣士の剣士圧をもってしてもごくわずかな時間だけだ。


 アンナとフラッシュは血の触手をさばく。

 ふと、魔術騎士のひとりが吸血鬼を背後から斬りつけた。

 怪物にわずかな意識の乱れを誘発させた。


 流石はエリート騎士。

 素晴らしいタイミングで斬りかかった。

 

 次の瞬間、二閃の斬撃が吸血鬼の首と、腕を斬り飛ばしていた。

 

 アンナはその隙に胴体のほうを蹴り飛ばし、魔術貴族や騎士たちから遠ざける。

 向こうで戦ってくれるらしい。気が利くことだ。


 もう一方の厄災は紺色の毛並みに、獣のぎらついた瞳をしていた。

 人狼である。

 血を吸うのが吸血鬼ならば、こちらは魂を吸う恐ろしい能力を備えた怪物だ。

 以前、人狼デスタと戦った時は銀を打ち込んで能力を無力化した。

 とはいえ、あれは半人狼の彼だから猶予があったようなもの。

 怪物派遣公社が半人狼を連れて来るとは思えない。

 おそらくは純血の人狼。真に危険な怪物だ。


 一刻もはやく銀を打ち込まなければ、周囲の人間の魂を吸って死体を量産してしまう。


 と、焦燥感に駆られたのだが──


「とう! ──とキサラギは高周波ブレードで斬りつけます」

 

 稲光が瞬いた。

 目にも止まらぬ電磁加速。

 ブラックコフィンからブレードを抜き放つと同時に行われた抜刀斬り。

 キサラギは一刀は人狼の筋骨隆々の肉体が真っ二つに切断してしまった。


 もはや剣気圧とか関係ない。

 100%物理学的、科学的な斬撃。


「ブラックコフィン内で最大の加速は済ませています」


 と、俺のほうを向いてキサラギちゃんは胸を張る。

 強くて本当に助かる。

 でも、油断しないで、人狼は吸魂した分だけ再生能力を備えるから。


「とう」


 キサラギちゃんは足で蹴って人狼の死体を向こうへ運んでいきます。

 近くにいるだけで魂吸ってくるのでありがたい。

 向こうのほうでトドメを刺してくれるのね。えらいえらい。


 彼女のスペックならミスはないと信じれる。

 ちなみに彼女はすでにゲンゼ製A3ランクの魔力結晶をマナ導体として採用して搭載しているので、以前ほどでなくてもパワーは出せるようになっている。


 これで吸血鬼も人狼も滅殺されたと見ていい。

 

 助っ人たちが厄介な怪物たちを倒してくれたので俺も働きましょう、

 緑結晶を割って、公社の悪魔が出て来てる。

 ノーラン教授も結晶の槍を放ってきて、マチルダ婆とフバルルトをひとりで相手している。敵ながら流石と言わざるを得ない。


 周囲の騎士は奇妙な怪物へ攻めあぐねているようだった。


 さっき空間の歪みから飛び出して来たのは2つだけだったので、てっきり厄災は2体かと思っていたが、いつの間にか3体目を召喚していたか。


 俺は廊下を走って、急いでマチルダ婆やフバルルトのもとへ戻る。

 俺が戻って来たのと同時に悪魔が起動し、黒い杭を投げつけて来た。

 慌てて頭をさげて避ける。


「『箱』を使う。時間を稼いでくれ」

「いいでしょお、それが最善ですからねえ」


 マチルダ婆とフバルルトの相手を悪魔に任せ、その背後、ノーラン教授は両手でルービックキューブみたいなサイズの箱を開いた。

 

『アーカム! あの箱を開けさせるな!』


 いや、もう開けちゃってるよ。

 たまにアドバイスが遅いんだよね超直観くん。

 

 屋敷の外、窓の向こうに暗い星空がひろがっていくのが見えた。

 魔力によって作り出された星空のようだ。


「あれはいったい……?」

「魔術師の古い魔術のひとつ『箱』さね。あたしたちは限定空間に閉じ込められちまったんさ」


 『箱』。それは古い魔術とのこと。

 『箱』のなかには結界が収納されており、『箱』を開くことでそれは外界を取りこんで、誰も外へ逃がさない鉄壁の檻となるらしい。


 古典魔術だが、それゆえに完成度が高く、『箱』を発動されたら術を回避することは難しく、また外へでるためには術者を倒す以外の方法はほぼ存在しないらしい。


 悪魔は片手でフバルルトの結晶槍を弾いて、ステッキで呑気に仰ぐ。


「やれやれ、まさか吸血鬼と人狼と連れて来たのにい、こうも戦力を整えられていたとはあ。狩人の待ち伏せでも受けたような気分ですねえ」


 ノーラン教授が悪魔の影でニヤニヤと笑みを浮かべている。


「悪魔、もっと怪物を出してくれないか?」

「すみませんが、もう持ってきてないですよお。でも、安心してください。仕方ないので私も戦いますからねえ」


 そう言うと公社の悪魔はどこからともなくまた黒い杭をとりだした。

 まさか狩人になる前にまた悪魔と戦うことになろうとは。


 俺は右袖をまくる。

 そこには白く輝く紋様が刻まれている。


 悪魔を恐れるな。

 俺は武器を備えているのだから。

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