クリスタ家との交渉
魔力結晶の利権を持つ3つの魔術貴族家。うちのひとつクリスタ家の家門は背が高く荘厳であった。敷地のまわりにはズラッと柵が張られており、植え込みでなかは見通せない。
門の前に守衛がいたので、言葉遣いに気を付けて俺自身が貴族位を持つあやしい者ではないことを告げると、家のなかの者を呼び出してくれた。
使用人を通じて俺は紹介状を渡した。
すこし待つと、先ほどの使用人が戻って来て「旦那様がお会いになられるようです」と言ってくれて、門を開けてくれた。
コートニーさんの紹介状の力は本物だったか。
もしかしたら、あんまり役立たないとかいうオチもありえるかと思ったけど、流石にあの彼女に限ってそんなことはなかった。
「こんにちは、君がミスター・アルドレアか。思ったより若いね。いや、ミス・コートニーの知己の仲というのなら妥当ではあるか」
クリスタ家の当主は40代前半の想像よりずっと若い男性だった。
モノクルを掛けており、落ち着いた雰囲気を持っている。瞳には聡明な光が宿り、はじめて会う俺を慎重に見極めようとしているようであった。ただ、値踏みしている色を露骨には見せない上品さがある。
彼が当主フバルルト・クリスタか。
「失礼。私が当家を預かるフバルルト・クリスタです」
「お会いできて光栄です、クリスタ殿。僕が先ほど紹介状を出させていただいたアーカム・アルドレアです。このような急な訪問を受けてくださりありがたく存じます」
「ミス・コートニーの紹介であれば無下にもできませんよ。あなたにはあの気難しいお嬢さんが認めるだけの品格と、なにより価値があるとすでに保障されています。であるならば、そのような才覚ある若者に時間を割くことはなによりも有意義な投資となりえるものです」
ハードル上がりますねぇ。
「立ち話もこれくらいでよろしいでしょう。ミスター・アルドレア、どうぞ席へお座りください」
「ご親切にありがとうございます」
それから話は本題へと移っていった。
「僕がクリスタ殿のお屋敷へ参上しましたのは、貴家のお力をお借りしたいと思っているためであります」
「当家の力を借りたいと。であるならば、それはやはり魔力結晶にまつわるお話でしょうか」
「ご明察の通りであります。率直に申し上げますと、貴家に魔力結晶に関する取引の正常化にご協力いただきたいのです」
「正常化、ですか」
フバルルトは思案気な表情になる。
さて、ここからは少し話題の順番を考えながら話さねばなるまい。
「僕は先日、とある不当な魔力結晶取引を暴きました。それは結晶の魔術師ノーラン・カンピオフォルクスの取引でした」
「なるほどを。続きを聞きましょう」
「彼はある才能ある魔術師たちに魔力結晶を製造させ、暴力と権威に訴えてそれを不当に買収し、市場へ流しているのです。僕はそのような行いをするカンピオフォルクス家は現在の魔力結晶取引を預かる役目にふさわしいとは思わないのです」
「より詳しく聞かなくてはいけない話ですね。ミスター・アルドレアはローレシア魔法王国キンドロ領が騎士貴族であらせられるようですが、アーケストレス魔術王国の内情にお詳しいご様子です。なので、率直に尋ねましょう、あなたはカンピオフォルクスから力を削ぎたい、とおっしゃっているのですか?」
「……。そう受け取ってもらって構いません」
ここから先はある意味では陰謀の話だ。
貴族家どうしが手を取って他家を陥れようとしているのだから。
でも、大丈夫だ。俺の勘が言ってる。必ず乗ってくる。
この男は野心的、理知的だ。コートニーさんからの情報に寄れば、カンピオフォルクス家の近年の隆盛は凄まじく、クリスタ家の若き当主は愚物ではないにも関わらず、見劣りしてしまうほどに差が御三家のなかで差がついてしまっているという。
いかなる差がそこにあるのか、クリスタ家は掴めていない。
俺の持ち出した話は、クリスタ家にとってもまた市場を独占しようと勢力を拡大するカンピオフォルクス家を倒すための突破口であるのだ。
「謀は嫌いではありません。ですが、ミスター・アルドレア、相手はあのカンピオフォルクス家ですよ。あなたは何を当家にもたらしてくれるのですか」
「正常な魔力結晶取引が行えるようになれば、将来の魔力結晶市場をエメラルド家とクリスタ家でコントロールすればよろしい。市場を3分割していた頃と比べれば、それだけで莫大な利益となりましょう」
「ミスター・アルドレア、その手に乗る訳にはいきません。それは結果の話です。私が言っているのは、貴家、アルドレア家がいったい何をもたらしてくれるのか、ということです」
誤魔化しは効かない、と。
「ひとつの約定をしましょう。それは現在、カンピオフォルクス家が不当な不正取引を強要している魔力結晶の作り手たちは将来的に当家のもとで保護されます。すでに本人たちの了承も得ています」
得てないです。でも、そう言っとく。
「生産した魔力結晶を優先的に、貴家とエメラルド家へと融通させていただきます。そうすれば、新しき第三者が入る余地はなくなるでしょう」
フバルルトは腕を組み、顎をしごく。
「我らクリスタ家だけに融通してはくれないのですか?」
そう来るか。いや、そう思うよな。
「エメラルド家へ融通されてしまっては、利益の多くを取り損ねてしまいます。我が家としては得られる利益は最大化させたい」
「クリスタ殿、僕は最初に申し上げた通り、魔力結晶に関する取引の正常化を行いたいのです。貴家に最大の利益をもたらし、市場の独占をうながし、再び腐敗をまねくことを望んでいるのではありません」
俺は極めて語気を強めて言った。
譲る気はないと。これはカンピオフォルクス家を打倒するための話し合いであって、クリスタ家だけに美味しい話をもってきた媚びへつらったぬるい話じゃないと。
端的に言って舐めるな、と言う意味だ。
フバルルトは前かがみになり「無礼な言葉を使うべきじゃないですよ」と笑顔で言って来た。
「私はいつだって交渉の席を降りてもいいんですよ」
「いいえ、そうはしない。あなたはこの好機を逃さない。これはカンピオフォルクスを打倒できる最後の機会です。クリスタ家にとっても、エメラルド家にとっても。僕がなにも知らずにここに来たと本気でお思いで?」
コートニーさんからの入知恵で両家がカンピオフォルクス家の隆盛のせいで、没落しているのは知っている。だから俺は強気に話す。それが正解だ。こいつらを御する。
「クリスタ殿、僕は不正を正したい。そのために道徳と品格を備えた貴家のご協力が必要不可欠なのです」
「……。話はわかります。考えておきましょう。そして、ひとつ確認を。カンピオフォルクス家が取引をしているその魔力結晶の職人集団とはどこにいるのですか」
「それを伝えてどうするおつもりですか。貴家が直接の交渉をなさるおつもりですか。無駄ですよ、彼らはカンピオフォルクス家のことがあって魔術貴族家を快く思っていませんから。とりわけ魔力結晶を生業とする魔術貴族は。誠意ある態度だけが残された交渉手段です」
「おっしゃる通りかもしれない。いいでしょう。では、何者かだけ教えていただけますでしょうか。私も得体のしれない者から送られる将来の利益を喜ぶわけにはいきません。それにその者たちがカンピオフォルクス家の隆盛の原因となっているのならば、その技術力は既存のどんな魔力結晶作成技術よりも優れているでしょうし」
「暗黒の末裔たちです。ご存じでしょう」
「なんですと……?」
俺は暗黒の末裔たちがカンピオフォルクス家に奴隷のように扱われていることを話した。彼らが高純度の魔力結晶をつくることができるとも。
「暗黒の末裔たちと正当な取引をしろと、つまり、ミスター・アルドレアはそうおっしゃっているのですか」
フバルルトはちゃんと普通に拒絶反応を見せて来た。
「はい、私は彼らは邪悪でも何でもないと思っていますので」
「とんだ異端者ですね……。暗黒の末裔たちが作った魔力結晶を売っていることが露呈すればそれだけで……ミスター・アルドレア、この話はなかったことにできませんか?」
暗黒の末裔が話にでた途端これだ。
悔しいが、迫害の傷はデカすぎる。
仕方ない。できればフバルルトには助ける対象が暗黒の末裔とわかったうえで正義の行動を期待したかったが、もうそういうわけにも行かなくなった。
ここからはパワープレイだ。
「わかりました。では、別の魔力結晶の供給源をこちらで用意させていただきます」
「そんなものがあるのですか?」
「これを」
俺は手紙を差し出す。
それはペグ・クリストファ都市国家連合クリスト・カトレアのブラスマント王家の紋章が封蝋に刻まれたカイロさんにもらったドラゴンクランへの推薦状だ。
今は手紙の内容ではなく、その推薦状を俺が持っていることが意味を持つ。
「こ、これは……氷の王族ブラスマントの……っ」
「アルドレア家はブラスマントと間を親しくさせていただいてます」
嘘です。交流なんてゼロに等しいです。
「なんとあの伝説の王家と……」
なんだか急に顔つきが変わった。
流石にブラスマント王家の威光は凄まじい威力だ。
さて、仕上げだ。
「実は僕とブラスマント王家は新しい魔術の開発に成功していまして。それは氷属性式魔術を用いて、魔力結晶を作り出すという魔力結晶の新製法なのです」
「っ、そんなことが可能なのですか……?」
「もちろん」
俺は魔力を手元で圧縮して魔力結晶を作りだす。
「ッ!? な、馬鹿な……ッ!?」
フバルルトは駆けよって来てモノクルの位置を直して、いましがた作り出した魔力結晶に魅入っている。
俺の作り出す魔力結晶は氷をベースにしている分水色で透明度が高く、結晶の構造から六角柱の尖った結晶が結集したような見た目をしている。
特徴的であると同時に、新しい価値の誕生でもある。
「美しい……っ、なんという透明度だ……! これは、もしや、純度A1クラスの魔力結晶だとでも? この質量、密度……400、いや、420万マニーは下らない……! いま片手間に作り出したものがこれほどの品質を……ッ!!?」
フバルルトは興奮を隠さずに、こちらを見つめて来る。
流石に鼻息が荒くなっていたので、ハッとして、すこし恥ずかしそうに冷静になった。
「……こほん。これはこれは大変な失礼を。して、ミスター・アルドレア……先の言葉、撤回させていただいてもよろしいでしょうか。貴方様の偉大な魔導を見て、考えが変わりました」
「構いません。クリスタ家とは末永くパートナーでありたいと僕も思っていますから」
話をひとつ戻し、俺は氷製魔力結晶を机のうえに置く。
「ブラスマント王家はこの魔力結晶を作り出す力をもっています」
持ってません。でも、たぶんできるとは思うので、これから頑張って練習して作れるようになってもらいましょう。わんわんたちなら出来る。きっと。たぶん。
「そして、かの王家は魔力結晶の買い手を探しています。そこで、我らアルドレア家はこの国の市場に興味を持っています。もし貴家が我が友たち暗黒の末裔たちのカンピオフォルクス家による抑圧を開放してくれた暁には、ブラスマント王家の販売ルートのひとつとして貴家を紹介させていただきます」
「素晴らしい話です。ミスター・アルドレア、私はあなたをみくびっていた。あなたの提示する条件は素晴らしく魅力的です。ぜひお話を受けさせていただきたく思います」
根っからの損得勘定で動くタイプだ。
だが、だからこそ信用できる。
それから、俺はフバルルトと夜まで話の詳細を詰めた。
「して、ミスター・アルドレア、一体どのようにしてあのノーラン・カンピオフォルクスに市場の支配権を手放させるほどのダメージを与えるおつもりで。言ってはなんですが、あの老人はとても大きな力を握っていますよ」
「スキャンダルですよ」
俺はいましがた執筆し終わった文書を確認しながら答える。
「スキャンダル?」
「はい。ノーラン・カンピオフォルクスは闇の魔術師です。彼は怪物派遣公社と呼ばれる悪魔の指揮する組織と繋がっています」
「ほう……それは興味深いお話です。先にそのことを話していただけれていれば、無条件で動いたものを。闇の魔術師は許されない存在、魔術協会がその事実を周知すれば、カンピオフォルクス家に表舞台での居場所はなくなるでしょう」
フバルルトは眉根をひそめ、憎しみをわずかに込めて言った。
悪魔に魂を売り、闇の魔術師に墜ちた外道を許せないのか。
意外と正義感があるというか……そういうところは、信念を持っているんだな。
信念ある人間は味方であれば心強い。
「では、この方向で進めておきましょう。ミスター・アルドレア、本日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。長く時間を取らせてしまいました」
「真の魔術師は、偉大なる賢者へ敬意を示します」
コートニーさんも言ってたやつだ。
「ミスター・アルドレア、あなたほどの魔術師との時間、光栄に思いこそすれ、苦に思うはずもありません」
ふむ。なんともビジネスライクだが、本音でもあると勘が告げている。
フバルルト・クリスタ。油断ならない男だが信用はできる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます