同じ匂いがする


 

「ヴォラフィオーレ殿ふくめ、暗黒の末裔たちに正当な報酬を払ってください」

「正当な報酬はずっと前から払われているよ、ミスター・アルドレア」


 話にならない。

 こんな下品な誇りなき所業が許されるなど……あっていいわけがない。


 このゲスがのさばっているのには理由がある。

 だれもこいつを裁けないからだ。

 この国のだれも暗黒の末裔など助けようとしないという方が正しいか。


 ゲンゼディーフの悲しげな諦観が、いまなら理解できる気がする。


「アルドレア殿、もう君に用はない。去りたまへ」

「あなたを許しはしない、ノーラン教授」

「許しはしない……? あはは、何を言い出すかと思えば……」


 ノーラン教授はニヤニヤして、おかしくて仕方ないと言う風に首をかしげ、口元をおさえる。スンっと無表情になると、鋭い眼光が睨みつけて来た。


「私を舐めているな、ミスター・アルドレア」


 声が変わった。低い、ドスの効いた声音だ。


「君は魔法王国貴族だ。だが、それが君への親切心の理由じゃない。君に紳士にしたのは誇らしい才能ゆえだ。家柄などではない。アルドレア? 聞いたことのない、ローレシアの辺境貴族風情がなにをつけあがっている。調子に乗るのも大概にしたまへ」


 ノーラン教授はズカスカと歩いて机のほうへ。

 紙束を持ち上げる。


「本当に腹の立つやつだよ、君は。だから、今、決めた。君の父君、魔術協会の学者だったね。論文が協会に保存されていたから読ませてもらった。なるほど凡百ながら魔術世界の発展に貢献しようとする熱心な学者だとわかる」

「父がなんの関係があるんですか」

「君も、君の父親も、魔術協会から追放してやると言っているんだ。私にかかれば他国のちんけな貴族ごとき、木っ端のように吹き飛ばせるということをわかっていないようだからな」

「脅しですか」

「いいや、決定事項だよ。来年を楽しみにしておくといい」


 ノーラン教授はそう言って、紙束をべチンっと机に置いた。


「よかった」

「? なんだね?」

「あんたみたいな人間なら本気で殴っても心が痛まない」

「……はは、面白い」

「暗黒の末裔たちの雪辱。僕が最大の報復をすることを約束しましょう」

「いつまでそんな強気でいられるかな。さあ、もう行きたまへ。せいぜいあの獣どもを守ってみせておくれよ」


 警告はした。もう話すことはない。

 

 

 ────



 張りつめた空気がいまも書斎に残っている。

 それほどに憎しみと嘲りがぶつかりあった場が重たい。


 ピザンチアはゆっくりと扉を押し開き、兄の書斎へと入室する。

 扉がしっかりと閉じるのを待ってから口を開いた。


「どうでした、兄上」

「あれはダメだな。異端者、危険思想の持ち主だ」

「でしょうね、あいつはなにか妙です。魔術師のくせに騎士を投げ飛ばすほどに芸に長けておりましたし」

「ふむ。気になるところではあるな。だが、所詮はひとりだ。どうとでもなる。いざとなれば”公社”に助勢を要請することもこちらにはできる」

「あの生意気で、澄ましたアルドレアというやつ、きっと恐怖に顔をゆがめる事でしょうな」

「真なる厄災の怪物。その純然たる暴力は支配の経典たりえる。せいぜい抵抗してくれたらこちらも楽しみが増えるというものだ」


 ノーランは窓の外を眺め、敷地から出ていくアーカムの背中を見送る。


「ピザンチア、暗殺ギルドに依頼を出しておけ。やつの持つ伝説の秘宝『無垢の魔力結晶』は回収しなければならない。あれは真に貴重なものだ。絶対に手に入れる」

「はい、兄上。手配を済ませておきます」


 

 ────


 

 ──アーカムの視点



 カンピオフォルクス家をあとにした俺はすぐにスラム街へと戻った。

 

 ノーラン教授がなにもしてこないとは考えられない。

 あいつはミスタークソ野郎・緒方と同じ匂いがした。

 暗殺者くらいは送り込んできてもおかしくない。


『やつは『無垢の魔力結晶』を力づくで奪いに来るだろう!』


 それだけじゃない。

 暗黒の末裔たちへの憂さ晴らしもする。

 貴族がメンツを潰されたままにしておくはずがない。

 特にああいう手合いは。


 スラム街に戻り、巨大樹に潰された宿屋にもどってきた。

 すると、俺の直観がとっさに回避をするよう警鐘を鳴らして来た。

 まさかもう襲撃に来たのか? 流石に早すぎやしないか?

 

「上」


 相手の迅速さに驚愕しながら、俺は一気にその場を飛び退く。

 直後、俺がいた場所に影が降って来た。

 バゴンッ! 激しい音を立てて地面が砕け散った。


 砂塵が舞いあがり、視界が著しく悪くなる。

 すべてがおさまると、そこに屈強な黒獣の剣士がいた。

 剣が深々と地面に突き刺さり、迸る殺意の眼差しが俺を見てきていた。


「今度こそお前を斬らせてもらうぞ」

「あんたは……フラッシュか」


 さっき凍らせて動けなくさせたやつだ。

 性懲りもなくまた来やがったな。


 

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