物見姫


 アーカムとアンナが王城へ招かれるにあたって、ブラスマント家はカトレア家からとりたてての説明を受けなかった。


 受けた説明は『敵をともに打ち破った友人を下層に呼ぶので、その者には最大の敬意を払って接すること』という簡易な言伝だけだった。


「クリスト・カトレアの友人が来る、か。カイロさまもずいぶん言葉足らずなことだ」


 ブラスマント王は頬杖をついて困った風に言う。

 その娘、長女ハブレス・ブラスマントもまた父と同じ気持ちであった。役職者たちもどこかもやもやした思いをもっていた。


 というのも、カトレア家にいきなり賓客として招かれ、さらには下層に足を踏み入れることを許される部外者などこれまでいなかったからだ。こと”下層に招かれる”、これほどに名誉な待遇は、ブラスマント王家の者にもそうそうにない。


 現にハブレスは昨日、カイロに会うために大螺旋階段を下ったのがはじめてだった。そこで暴力的なもふもふに出会ったのもはじめてだった。


 王城の者たちがそわそわしながらも、時は過ぎ、ついぞ晩になった。


「正門より報告です。カイロさまの招かれたカトレアの友人の方々がいらっしゃいました」


 執務室で市街地の巨人たちの撤去作業に関する書類を作成していたハブレスの元へ、使いの者はそう報告した。


 王城へ招かれていると言うのに、カトレアはブラスマントに友人たちの顔を見せる機会を用意しなかった。


 そのため、こうして自力で兵士を動かしておかねば、いつ王城に入って、いつ帰っていくのかすらわからない。

 本来、カトレア家が「お前たちは知る必要が無い」と言えば、それは絶対なのだが、この時ばかりは、ハブレスをして「ブラスマントの姫であるわたくしを差し置いて、もふもふ様にお呼ばれするなんて、一体どこのどいつなのでしょうか」と、頬を膨らませざるを得なかった。実に遺憾なことである。


 ハブレスは「わかりました。下がっていいです」と従者を下げ、ひとりでそっと執務室を出て、カトレアの友人とやらの顔を拝んでおこうとおもった。

 

 カトレア騎士が守る大螺旋階段の大扉のまえでハブレスは待機する。

 扉を守る騎士たちは「あの、姫様……」と言外に、このお方はなにをしているのだろう、と困惑していた。


「姫様、そろそろ賓客の方々がこちらへ参られるのですが……」

「いいではありませんか。王城へ足を運んだのならば、姫たるわたくしに会っていくのも礼儀の一つです」

「ですが、王家の方との謁見行為は、より厳格に行われるべきものでありまして、こんな通路のまっただなかでばったり会ってしまうなど、クリスト・カトレアの権威に不釣り合いではありませんか」


 衛兵の正論に、ハブレスはむっとする。

 この衛兵はいつも大螺旋階段のあたりにいるので、ハブレスもよく顔を知った存在なのだ。なんなら小さい頃からずっと衛兵をしている。


「そんな正論ばかりならべているから、いつまで経っても衛兵のままなのですよ!」

「この通路を守る役職は騎士団のなかでも上級役職なんですよ、姫様」

「くっ、ああ言えば、こう言いますね。まったく。ただの衛兵ではないといいたいのですか」


 兵士は目礼で応じる。そうです。私はすごい衛兵なんですよ、と。

 他の王国で姫にこのような態度をとる騎士など、無礼千万極まりないものであるが、こじんまりとした都市国家におさまるクリスト・カトレアでは、これが普通なことであった。それがカトレア家という上級王家に仕えている騎士ならば、なおさら表の王家との距離は縮まる。


「まったくまったく、本当に失礼な衛兵です、もっと敬ってください!」

「姫様も同様であります、とは言わないほうがよかったですかね。おっと、拳を振り上げないでください。姫様にあるまじき行為ですよ……む、どうやら客人が参られたようですね」

「っ、あれが、カイロさまの招待されたカトレアの友人……」


 騎士に案内されやってきたアーカムとアンナとの邂逅に、ハブレスは緊張の生唾を飲みこんだ。

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