虚無の銃弾


 クリスト・カトリアに到着した2人は、城塞都市の堅牢な外壁ののなかで、荷物チェックを受け、来た目的とわずかばかりの通行料をおさめて中へ入った。


 クリスト・カトリアはクリスト・テンパラーのように壊滅状態にあるわけではなかった。

 むしろ、正常そのものと言っていい。


 アーカムはなぜ人々がこの都市から逃げていたのかすぐには理解できなかった。


「見たところ、だれも危機感を感じていない。生活に困窮している人もいないですね」

「聖獣はこの町を離れたのかも」

「その可能性はあります。でも……」

「?」

「都市の守り神さんがこうして厄介者あつかい受けているのは皮肉なものですね」


 文明を起こす、人類の黎明期を導いた聖なる獣。

 アーカムは、会社に捨てられた自分と聖獣の境遇を重ねて。メランコリックな表情を浮かべていた。

 

 宿屋を取り、馬を馬屋にあずけて、物資を補給しに行く。

 アンナはいつもどおり闘技場へ赴いて、お小遣いを稼ぎ行く。

 買い物をするさなか、店に主人に「聖獣はもういないんですか?」とアーカムは質問をした。

 

「お! お兄さん、聖獣のこと知ってるのかい!」

「はい。クリスト・テンパラーから来ましたから」

「あ~……あの都市はやばいって噂を旅人経由で聞くんだが、やっぱり、すごいのか、ぶっ壊れ具合は」

「外壁に大穴開いて、だれでも自由に出入りできるようになってますよ。正門も誰も守ってません。都市を守る王が死んで、憲兵団も自分たちの食いぶちを守るのに必死です」

「かあ……魔力鉱石の流通に大ダメージが出そうだな。備えて置かねえとだ」


 店の主人は頭をかかえ「サービスだ」と、情報料金としてリンゴをひとつアーカムの紙袋に入れてあげた。


「聖獣の話だったな。まあ、去ったというかなんというか……向こうの広場に行けばわかるぜ」


 店主の言う通りに歩いて、紙袋を抱えたまま、アーカムは広場へやってきた。

 広場のまわりはボロボロだった。

 建物は倒壊していたり、半分だけ残っていたり。

 広場自体も噴水があったようだが、いまは潰されている。

 アーカムは噴水を押しつぶすソレへ、視線を移動させた。


 デカい犬のような怪物が寝ていた。

 正確には寝ているのではない。死んでいる。

 体長30mほどの怪物だ。

 

「これが聖獣ですか?」

「ああ、そうだよ」

「思ったよりずっとちいさいですね」

「ちいさいかね? 私は大きいと思うがね」


 たまたま、近くにいた男はそう答えた。

 男はペンと手記を手に持っている。

 なにをしているのか。

 たずねると男は「広場のまんなかにどうどうと転がった聖獣さまの死体の近くで、不敬、不遜にも、商売のための取材をしていたのだね」という。

 つまるところ、記者である。


「情報には莫大な価値があるのさ。クリスト・カトレアは大国でも有数の製紙技術の都市国家。新しい情報メディアをけん引するのは、ゲオニエス帝国でも、ヨルプウィスト人間国でもない。このちいさな都市国家クリスト・カトレアなんだよ」

「なるほど。興味深い話ですね」

「そうだろう! はは、君は情報の素晴らしさを知っているようだ。聖獣について知りたいのだろう。特別に教えてあげよう」

「では、誰が聖獣を倒したんですか」

「いい質問だ。いや、むしろその質問しかありえないか。正確には誰も知らない。だが、その人物の姿を見た者は数多くいる」

 

 記者は手記を4ページほどめくって、視線を落として続ける。


「黒い外套を着た女だそうだ。年齢は15~17ほど。色白で、髪はシルバー。より特徴的なのは黒い大きな箱を背負っていたこと。耳をつんざくよな破裂音とともに魔法でつぶてを撃ちだし、雷をまとった剣で一刀のもとに聖獣の前足を斬り飛ばし、そして、息の根を止めた」


(破裂音? 礫を撃ちだす?)


 アーカムは聖獣の死体へ視線を動かした。

 体のあちこちに穴のような傷があり、血が出ていることがわかった。

 

「誰もその若き英雄のことを知らないんだね。謎の人物さ。君もなにかわかったらぜひ我が社へ情報提供を求む」


 記者はそれだけ言い残して、再び情報収集にもどっていった。


「礫を撃ちだす……まさかな」


『アーカム、調べるんだ』


(ちょ、超直観くん!?)


 たまに自我を持って話し始めるようになった超直観に従い、アーカムは聖獣へ近寄る。

 

『傷口だ!!』


(めっちゃ喋るじゃん)


 言われた通り、傷口を見る。

 広場の人々はいきなり死体に近づく不審者に、怪しげな視線をそそぐ。


「ん?」


 アーカムは傷口に指をつっこみ、そして、それを引き抜いた。

 傷口に残っていたもの。

 つやつやしていて、ひんやり冷たい、金属類のソレ。


「……」


 アーカムは表情を途端に険しくした。

 潰れていて、正確には判断できない。

 しかし、それは間違いなく銃弾の弾頭部分であった。

 

「土属性式魔術でも似たような現象を起こせると聞くが……銃弾が使用された形跡にも見えるな……俺の考えすぎか?」


 アーカムは常日頃から超能力者のことを考えている。

 だから、ほんとうは関係のないことも結び付けて考えてしまうことはままある事だった。


「いや、違うこれは……間違いない」


 だが、このアーカム・アルドレアには真実がわかる。

 聖獣を死に至らしめた存在が、虚無の海の向こうからやってきた者だと。

 理由はごく明快だ。


 すなわち勘──


『これは間違いなく弾頭だッ! 気をつけろ、アーカム! 奴らが潜んでいるかもしれないッ!』


(……もうめっちゃ喋るやん、超直観くん。なんかどんどん自我に目覚めてる気がするんですけど)


 アーカムは聖獣の傷口をすべて確認し、めりこんだ弾頭を集めはじめた。

 ほじくり返し、血塗れになったアーカムの姿は翌日の新聞の一面をかざることになった。



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