ともに乗り越える

 

 

 冒険者ギルドをあとにしたアーカムは、アンナを連れて旅に必要な物品をあつかう店を見てまわった。

 オーレイから教えてもらっていたので、場所はわかっていた。

 目的は必要資金の目標を確かめることであった。


「水筒、マント、靴に、なにより食料です」


 食料の値段はローレシア魔法王国より高い。

 物価が違うとなると、金銭感覚も調整する必要が出て来る。


 アーカムは物価を計算しながら、旅のプランを頭に描く。

 怪我した際のポーションなども多少買いたい。

 石鹸もあったほうがいい。病気になったら詰みだ。

 必要な旅費を脳裏にうかぶと、渋い顔をした。


「アーカム、どう」

「初期投資を増やして長く使える装備を買ったほうが結果的には良いような気がします。だから、この町で長旅の装備を整えます」

「ふーん。アーカムってごはん必要?」

「……それってどういう意味ですか?」

「いや、別に。大した意味じゃないよ。そっか。アーカムも食料必要なんだ」

「……」


 アーカムは目頭を押さえてマッサージする。


「……とりあえず、必要な情報は集まりました。宿を探しましょう」


 革袋を逆さまにして残りのマニーを確認する。

 しかし、まさかのゼロ。

 

「……」

「仕方ないよ。今日は野宿しよう」

「大丈夫です。売れる物がありますから」


 アーカムはトネリッコの杖を取りだす。


「売らないでいいよ。大事なものでしょ?」

「父からの贈り物ですけど、背に腹は変えられませんから」

「じゃあ、売っちゃダメだよ。それを売ったら斬るよ」


 斬られるわけにはいかない。

 アーカムは大人しく杖をしまった。


 その晩、2人はアンナが町の外で見つけたという野ウサギを焼いて食べた。

 路地裏でホームレスの男たちに「ウサギいかがですか」と宿代を支払って、場所を借りた。


「《ファイナ》」


 アーカムが焚火を起こしてあげると、ホームレスたちは大変に喜んだ。

 

「兄ちゃん、魔術が使えるくれえ頭がいいのに、なんでこんなことしてんでい?」

「社会勉強、ですかね」


 そう言って、疲れたように微笑むアーカム。

 アンナは「流石はアーカム、余裕ない時でも紳士なウィットを忘れない」と眼をキラキラさせる。


 ルルクス森林とは違って、夜はかなり冷え込んだ。

 ビュービューと風が吹いていたが、アーカムとアンナ、ついでにホームレスたちは身を寄せあって夜を乗り越えた。


「寒くないですか」

「寒いけど温かいから」

「そうですか。火を強くしますね」

「ありがと」


 翌朝、アーカムとアンナはホームレスたちに見送られ、真っ暗な時間から冒険者ギルドの前へやってきた。

 ギルド前には人混みができている。

 皆、良いクエストを取れるよう朝早くから行動開始してるのだ。


 午前8時。

 まだ朝焼けの残る早い時間。

 受付嬢はドアを押し開いて「お待たせしました〜!」とニコニコ笑顔で、冒険者たちを招き入れた。


 今だ、行け、アンナ。

 アーカムが目で合図すると、アンナは矢のように放たれた。

 受付嬢の横を通りぬけて、掲示板にたどり着く。


 E級の冒険者が受けられる依頼は、ひとつ上のD級までだ。

 D級になると冒険者の醍醐味である討伐クエストが解禁される。

 討伐クエストは危険がある分、報酬と評価も高い。

 効率的な昇級を狙うなら基本戦略として討伐クエストをこなすのが最良だ。


「D級クエストを集めてください」


 脅威度1〜15のモンスターを倒すという狩人候補生たちにとっては簡単なお仕事を、15個集めることに成功した。


「おい、てめえらふざけたことするんじゃねえ!」

「なに勝手なことしてんどビギナーこらぁあ!?」


 アーカムたちは後からやってきた冒険者たちから猛烈な批判を浴びせられた。

 よく見れば昨日のイケすかない若い男たちだった。


「早い者勝ち、って言ってませんでしたか」

「ビギナーてめえ揚げ足取ってんじゃねえ!」

「この素人どもがよお、身体にわからせてやらねえといけないみてえだな!」


 男は拳をコキコキ鳴らして腕を振りあげる。

 瞬間、男は膝から崩れ落ちた。

 白目を剥いて、泡を拭き、顎が外れてしまっている。

 アンナが目をパチクリしてアーカムを見る。

 アーカムの手が出ていた。


「アーカム、手を出さないじゃなかったの?」

「正当防衛という概念をご存じですか、アンナ。法の正義のもとに暴力をふるうことを許される最高の法律です。僕は左ジャブをしただけなので正当防衛です」


「ひっ! ひぃい! てめえ、よくもブラザーを!」

「あんまりはね返るなよ、若いの。次は怪我だけじゃすみませんよ」


 アーカムが低い声でいい、鋭く睨みつけると、男は腰を抜かして、這いずるようにギルドを出て行った。

 

「アーカム……今度からあたしが殴るよ」

「アンナがやると確実に相手が死ぬ気がするので僕がやります」


 2人はD級クエスト15個を確保して、受付へもっていき、正式に受注した。


「あ、あのぉ、ちゃんとこなしてもらわないと困るんですけど……」


 心配そうな受付嬢。

 アンナはギロっと目つきを悪くする。


「出来るに決まってるよ」

「す、すごい自信ですねえ」

「アーカムならね」


 受付嬢の視線がアーカムへ移る。


「最低でも期限が3日ありますから、問題なくこなせますよ。うちのアンナは優秀ですから」


 アンナは少し誇らしげに胸を張った。


 2人は冒険者ギルドの酒場で作戦会議をはじめた。

 朝の騒動のせいで、多くの視線が集まるが、そんな物は気にしていない様子だ。


「地域別にわけて行きましょう。これは町の西の草原、これは東の村ですね。これも東の村です。それとこれはルールーの下水道でのモンスター発見情報、こっちは同モンスターの素材納品クエストです」


 クエストを分類すると、およそ4つの地域に分けられた。


 遠い場所

 ①西の草原、モンスター討伐

 ②東の村、モンスター討伐


 近い場所

 ③町の下水道、モンスター討伐&納品

 ④町内での護衛クエスト


「遠い場所は任せてもいいですか?」

「もちろん。あたしがアーカムの剣になる。なんでも言って」

「ありがとうございます。それじゃあこっちのクエストを──」


 そうこうしてクエストを割り振り、1時間もしないうちにアーカムたちはそれぞれ行動を開始した。



 ────


 

 さてと、旅の用意をしますよっと。

 旅の道具は一式そろえないとだよね。

 たぶん、数カ月、1年、あるいは2年くらいの長旅になる可能性すらある。

 途中で壊れてもなんだし、いい物を最初に買おう。


「アーカム、どう」

「初期投資を増やして長く使える装備を買ったほうが結果的には良いような気がします。だから、この町で長旅の装備を整えます」

「ふーん。アーカムってごはん必要?」


 ん? 聞き間違いですか?

 ごはん必要って何?

 俺は今、とてつもなく恐ろしいことを聞いてしまったのかもしれない。


「……それってどういう意味ですか?」

「いや、別に。大した意味じゃないよ。そっか。アーカムも食料必要なんだ」


 聞き間違いじゃなかった。

 つまりそれって『お前メシ食べなくても平気だろ? 余計な出費は削っていくぞオラ』ってことですよね?

 アンナっちぃ……なんでそんなこと言うんのぉ……。

 俺悲しいよ。


 俺は目頭を押さえてマッサージする。


「……とりあえず、必要な情報は集まりました。宿を探しましょう」


 革袋を逆さまにして残りのマニーを確認する。

 しかし、まさかのゼロだ。

 

「仕方ないよ。今日は野宿しよう」

「大丈夫です。売れる物がありますから」


 コトルアの杖を手に入れたおかげて、トネリッコの杖が余っている。

 魔法の杖は高級品だ。売れば金になるはだろう。


 けど、頑なにアンナに止められてしまった。

 斬る、とまで脅されては、もう杖を質屋にいれる選択肢はなくなった。

 

 ホームレスたちの仲間入りをして、ウサギと寝床を交換した。

 焚火を焚いて、明かす夜は存外にかなり楽しかった。


「兄ちゃん、魔術が使えるくれえ頭がいいのに、なんでこんなことしてんでい?」


 なんで?

 なんでこんな事してんだ俺……。

 綺麗な家でぬくぬくと過ごせたはずなのに、なんで路地裏でホームレスたちとウサギ喰ってんだ。


「社会勉強、ですかね」


 悲しさを必死に押さえて絞り出した俺の答えだった。


 翌朝、まっさきに冒険者ギルドへ。

 新装開店前のパチンコ屋みたいに混雑してんな。


 アンナに頑張ってもらって一番のりできたぜ!

 さあ、クエスト集めまくってっと──おや? 君たちは昨日のあんちゃんたち。


「早い者勝ち、って言ってませんでしたか」

「ビギナーてめえ揚げ足取ってんじゃねえ!」

「この素人どもがよお、身体にわからせてやらねえといけないみてえだな!」


 あっ、ダメ、ダメなのに、手が出ちゃう!


 受付来ました。

 正式に受注しますよと。


「あ、あのぉ、ちゃんとこなしてもらわないと困るんですけど……」


 アンナはギロっと目つきを悪くする。


 なんちゅう眼してるんですか。

 殺し屋の眼なんですよ、それは。

 やめなさい、めっ、アンナ、めっ!


 さて、酒場で作戦会議タイムです。


 ん、みんなに注目されてる?

 だから、どうした。

 俺を誰だと思ってる。

 部署中から「なにあれキモい」「臭そう」「脂メガネじゃんww」「ハゲモグラいたぁ」「伊介さんと同じ廊下の空気吸っちゃった……どうしよ……」と遺伝子レベルで嫌われてきた男だぞ。

 まわりの視線を気にしない能力なら俺がナンバーワンだっ!


 クエストを割り振って、遠征が必要なキツイ案件を相棒に押しつけてっと……え? 違う違う、剣気圧を使えない俺じゃ、アンナっちのお荷物にしかならないから仕方なく、だよ?

 

 よし、クエスト割り振り完了!


 アンナが町を飛び出していったのを見送ります。無事でな。帰ったらカッコいい外套買ってやるから。


 さてさて、俺も自分の仕事に取り掛かろうかな。

 まずは下水道の討伐クエストからだ。

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