人造厄災、脅威度S、闇に飢える者オブスクーラ


 

 アンナは剣を構えて、オブスクーラを真剣な眼差しで観察する。

 あと4本足の獣のような胴体、見たことのない怪物だ。

 アーカムが昔話してくれたことがある。

 彼は魔獣と呼ばれる禁忌の魔術で作り出されたモンスターと戦ったことがあると。

 この異様な気配、自然では考えにくい邪悪さ……このモンスターが闇の魔術師がつくりだしているという魔獣に違いない。

 

「がしゅるる」


 オブスクーラは4本足で地を蹴り、勢いよく飛びかかると重たい黒刃を叩きつけた。


 すごいパワーだ。

 受け止めるのは賢くない。

 なら、


 ──銀狼流剣術二ノ型・押さえ


 アンナは身を翻してかわすと、剣の背を、剣圧でめいいっぱい強化した足で踏みつけた。

 上から強く踏まれて、黒刃は地面に深く埋まった。


 黒刃に乗るアンナへ、オブスクーラはもう一振りの黒刃をふりおろす。


 ──銀狼流剣術三ノ型・影打たせ


 黒刃が空を斬る。

 オブスクーラは完全に獲った気でいたゆえに、思い切り空振りして、姿勢を崩した。


 銀狼流の影打たせは、あえて紙一重で避けることで、相手に最大の空振りをさせる技だ、

 見事にきまり、アンナはすかさずオブスクーラの腕を斬り飛ばした。


「ッ! させるものか!」


 アンナの想像を上回る実力に、ランレイは死の魔術で援護を入れる。

 アンナは「うるさい」と剣で斬り払う。

 その隙にオブスクーラは黒刃を持ちあげた。

 強靭な前蹴りがアンナを襲う。

 アンナはバックステップで後退。

 そこへ、また死の魔術が撃たれる、


「あのガキ、ちょちょこ小手先の技ばかりやりやがって! だが想像以上にやるな……!」

「ランレイ卿、オブスクーラの最大状態をすぐに使うべきであると進言しますぞ……うぁあああ!?」


 闇の魔術師が悲鳴をあげた。

 何事かとランレイが見やれば、″矢″が闇の魔術師の足を貫いていた。

 

「ら、ランレイ、卿……!」


 ランレイは黒手を刃に変形させると、闇の魔術師の足を切り落とした。

 すぐさま闇の魔術師はポーションを服用して、傷口を固めて、止血する。


 アマゾーナが使う麻痺毒は非常に強力で、少しでも体内に巡れば、すぐに動けなくなってしまう。


 闇の魔術師は痙攣しはじめた。

 足を落とすのが遅く、身体に毒が回っていたらしい。手遅れだったようだ。


 その時、再び下方から矢が飛んでくる。


 見やればカティヤが、100m以上の高度で見物を決めこむランレイたちを射っていた。


 難易度の高い頭上の目標かつ、この距離を狙えるカティヤの弓の腕前には驚くほかない。


「流石はジュブウバリの族長だ! ならば、私も仲間の命を捧げて、最大の力で相手しなくてはな!」

「らん、れい、きょぅ?」

「さあ、偉大なる進化の礎となるのだ!」


 ランレイは刃を横薙ぎに振り払った。

 仲間の背中に連結した黒鳥が斬られる。


「ぁ、あぁあああ、ぁぁ、あああ!」


 闇の魔術師が落下していく。

 アンナに着実に追い詰められていたオブスクーラは、落ちてきた闇の魔術師に飛びついた。

 四足獣の胴体がガバッと開いて、パクっと食べてしまう。


 カティヤもアンナも、ジュブウバリの戦士たちもみんな唖然としてしまう。

 

 ゴキャ、ゴキャ、ボリボリ。


 アンナは脳裏にありし日の記憶が蘇る。


『思うんですけど、変身して強くなりそうな敵がいたら、変身中に倒しちゃうのが一番賢いですよね』


 ある日の講義で、テニールはアンナとアーカムに月の怪物の変身について授業をした。

 月の怪物は変身することで有名な怪物だ。

 狩人は変身させずにこの怪物を素早く倒すことを要求される。これはそんな内容の授業の時にアーカムがボソッと言ってきたセリフだ。


 アンナは直感的に思う。

 オブスクーラが強くなる、と。

 

「矢で援護して。空飛ぶクズには注意して」


 アンナは短くカティヤへ指示を出し、捕食中のオブスクーラへ駆け寄って首を叩き斬る。


 渾身の一振りだ。

 たしかな手応えを感じた。


 獲った。

 そう思った。


 しかし、それも束の間。

 視界の端でさきほど斬り落とした黒腕が蠢いていた。

 飛びかかってくる腕。

 アンナは身軽にかわして斬り刻む。

 刻まれた腕は、スライム状にバラけると、それぞれがオブスクーラ本体へ戻っていく。


「スライム系モンスターだったの?」


 アンナは見るからに不機嫌になり、舌打ちをした。

 スライム系が相手なると、剣はかなり相性が悪い。


 斬るたびにダメージは与えられるかもしれない。しかし、どんな攻撃も致命傷にはならず、たくさん攻撃する必要が出てくる。

 通常、スライム系は規格自体がおおきくないことが多いので、それほど問題にはならないが、ごく稀に大きいスライムも現れる。

 

 今、相対しているオブスクーラは、まさしくそのタイプだ。


 こういうタイプは普通に考えて、剣で倒そうとする狩人はいない。

 

 無数で手数が要求されるからである。

 非効率極まる。


 ただ、それでも斬るしかない。

 アンナは懸命に変身中のオブスクーラに攻撃を加えた。

 ただ、さっきからちょこちょこ空から死の魔術がふってくる。

 ハエのようにこざかしい。


「きゅじゅるる」


 オブスクーラの変身が完了したようだ。

 触手が太く強く伸びて、巨大な黒い翼が生えた。横幅10mにも及ぶ超ビッグサイズになってしまっている。

 一回りも二回りも大きくなった。


「射て」


 カティヤのひと声で、ジュブウバリ族の矢がいっせいにオブスクーラへ放たれた。

 麻痺毒の塗られた矢尻が、オブスクーラへトストスっと次々命中していく。


 ちなみにスライムなので毒は効果有りなはずだが……オブスクーラはその辺を創造者によって対策されているらしかった。


「毒など効くものか。そいつは対アマゾーナを想定されているのだぞ? さあ薙ぎ払え、オブスクーラよ!」


 使役者の号令を受けて、オブスクーラの胴体の口がガバッと開いた。

 その体勢のまま、ジュブウバリの弓隊へ突っ込んでいく。

 あわてて逃げる戦士たち。

 黒く伸びる触手は戦士たちを逃がさない。

 一気に捕まえて口の中へ放り込んでいく。

 

 だが、そんなこと、アンナがさせない。

 カティヤも許さない。

 2人の卓越した剣士は触手を斬り、戦士を中空でキャッチして、犠牲者をゼロにとどめる。


 アンナはオブスクーラをさらに数回斬りつける。

 だが、すぐに傷が塞がってしまい、戦闘能力を奪うことも、低下させることもできない。


 そのうち、無数な触手が乱雑にふり乱されはじめ、近づくことすら難しくなった。


 アンナは歯噛みする。

 

 絶滅指導者を前にした時に比べれば、こんな魔獣なんて大したことはない。

 なのに攻めきれない。


「アーカムだったらどうする……」


 最も羨望する彼を思い出せ。

 彼ならばどうする。

 答えは見えない。

 あたしはアーカムじゃない。

 彼のような能力はない。


 オブスクーラはなおも変化していく。

 闇の魔術師たちの死体を食べはじめ、さらに力を蓄えて、大きく、強くなっていく。

 触手の先端は、硬く、鋭利になっていき黒刃となった。それが15本以上。

 一気に地面に叩きつけられる。

 凄まじい轟音がして、地面に亀裂が走った。

 里全体に地割れが広がっていき、霊木が揺れて、ツリーハウスがいくつか落ちてくる。


 カティヤは剣を両手に持ち、アンナとうなずき合い、一気に飛びかかった。


 鎧圧を飛ばす斬撃を中心にダメージを稼ぐ。


 敵の獲物は、一振りで大木すら叩き斬るパワーの触手である。

 そんな触手が無数に暴れまわるオブスクーラに近づくことは、至難の技であり自殺行為だ。

 

 加えて空を飛びまわるランレイが、死の魔術を定期的に差し込んでくる。

 当たればオ・シ・マ・イ。

 そのプレッシャーのせいで、目の前のオブスクーラに集中することができない。


「これ以上、里を壊されてたまるか」


 カティヤは静かに言いながらも、冷静ではなくなっていた。

 先祖代々、受け継いできた土地を破壊する迷惑極まりない怪物と、里の者たちを闇の魔術師への怒りが頂点に達していたのだ。


 触手の黒刃がカティヤへせまる。

 かわして、弾いて、懐へ飛びこみ、カティヤはオブスクーラの胴体を深く突き刺した。


 刃はオブスクーラの体内に届き、取り込んだ闇の魔術師たちの肉体を傷つけた。

 

 怪物は痛みにうめく。

 それまでとは違う反応だ。

 

「本体があるぞ、この大食らいが食った魔術師どもが、こいつにとって重要な役割を持ってるようだ」


 アンナは「どうしてそんな事がわかるのか」と不思議に思った。

 でも、すぐに答えに辿り着く。

 世の中には直感とかいう、ふざけた才能を持ってるタイプの人間がいることを。


 光明を見つけた。

 闇の魔術師たちを吐き出させる。

 このバケモノを倒すにはそれしかない。

 

 そう思い、決意を固めた時だ。


 ──カティヤが黒刃に打たれた


 血の尾を引いて、宙を舞う。

 力の抜けた身体が黒い手につかまり、カティヤは怪物の巨口にバクッと飲み込まれた。


 ジュブウバリ族の戦士たちが悲鳴をあげる。

 アンナは冷静だった。

 それでも一瞬の足が止まってしまった。

 黒刃が素早く擊ちだされる。

 アンナは間一髪、頬を斬られるだけで避ける。

 だが、続く黒刃の一撃を避けきれなかった。

 反応が遅れたせいで次の1手に遅れてしまったのだ。


 腹に穴を空けられた。

 痛みに目を細めた。

 続けて三撃目。

 今度は肩に突き刺さる。

 

 二振りの黒刃が身体に穴を開け、アンナは大木の幹に磔にされた。

 血が大量に流れだす。

 ドクっ、ドクっ、ドクっ。

 アンナは身体から命の溢れる音を聞く。

 再生……再生しないと……。

 そのための改造された身体なんだから。

 再生、再生……再生……できない。


 身体が言うことを聞かない。

 未だに血脈開放の反動から復帰できていないことは明らかだった。

 あたしは、ここで、血が無くなり、そして死ぬ……。


「ああ、もう、なんであたしばっか……カッコ悪い……」


 動けない。

 冷たくなっていく。

 戦えない。


 ダサい。

 最悪だ。

 こんな事になるなんて……。

 こんな終わりだなんて……。


 アーカムみたいに誰かを助けたかった。

 あたしは負けてばっかり。

 本当にダメな狩人だ……。


 オブスクーラがアンナに近づいていく。


 どうせ死ぬなら、絶滅指導者に殺されるんだった。

 その方が格がついたのに。

 そんなことを思いながら、アンナは最後の瞬間までオブスクーラを睨みつけていた。


 黒刃が人間の手の形に変わった。

 艶やかな梅髪を乱暴に掴む。

 大きな口が開かれた。

 

 ゆっくりと闇のなかへ落ちていく少女。

 不快な粘液にまみれ落ちていく。そして溶けてしまうのだろう。


 アーカム……。


 最後に思ったのは彼の姿であった。






 ─────

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 その時、なにかが少女の腕を繫ぎとめた。

 闇の中へ落ちる手首をつかんだ。

 少女は首をもたげる。


 夜空を瞳に宿した少年がいた。

 蒼雷をまとい、爛々と輝く彼だけの圧を纏っている。

 手を伸ばし、怪物の口をこじ開けて、その一瞬を逃さずに助けに来てくれた。


「遅れてすみません、アンナ」


 やっぱり、あんたはヒーローなんだ。

 うんざりするほど綺麗な顔と眼、見飽きた焦燥を隠して冷静ぶって大人ぶった表情。

 でも、無表情よりそっちのほうがよほど似合ってるよ。

 

 少女はホッと安堵した。

 

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