それぞれの問題


 アマゾーナの里での生活にも慣れて来た。

 言葉もずいぶん自由に操れるようになってきた。

 ジュブウバリ族の皆とのあいだにも温かみというか、絆というのか……人と人との繋がりのような物を感じる。

 

 相変わらず出歩く許可は自由に降りないが、部屋のなかだけなら歩いてもいいと言われた。

 もちろん、見張り付きだ。


「どうしたの、アーカムさん!」

「い、いや」


 相変わらず凄い恰好だ。


「いい服ですね……」


 とか言ってみたり。


「っ! ありがとう! これはカティヤ様が外人と難しいお話をして手に入れた収穫なんだよ! この価値がわかるとはお目が高い!」


 ひらひらみせて、前かがみになって見せつけて来る。

 心頭滅却すれば火もまた涼し。

 乳なぞおそるるに足らん。


「えい!」


 見張りの戦士の子は無意味に抱き着いてくる。

 なにそれ。なんなの。なんの暗殺術ですか──


 こういう暗殺を喰らうと、たいていはベッドで目覚める。

 とはいえ、一日に何度も気絶しているうちに、流石に耐性がついてきた。

 最近ではちょっと乳を見たくらいじゃ「ほう、なかなか」と言って絶景を楽しんでから、意識を失うくらいの実力もついてきた。


 俺の住む部屋──カティヤのツリーハウスにはテラスがついており、そこから村を一望することができる。


 テラスに安楽椅子を用意してもらい、そこに腰掛けて外の景色を眺めることが多くなった。

 些細な変化でも見逃さないようにするのだ。


 最近、ジュブウバリ族の里がどことなく緊張した空気に包まれている気がする。

 

 里の者は5歳から戦士として訓練されるのだが、最近はそういった子供たちの訓練が盛んに行われるようになっている気がする。

 

 弓、槍、剣を持って教官の女戦士に怒鳴られ、蹴られ、ぶっ叩かれ、鬼畜訓練でしごかれているちいさな女の子たちを見ていると、バンザイデス駐屯地での日々を思いだす。


 いわゆる根性論の類の訓練方針であるが、本当の土壇場で生死を分けるのは、こういった泥臭い部分で鍛え抜かれた精神だと俺は思っている。


 教官がクソほど厳しいのは、戦場で″その時″が来た時、生徒を生かすためだ。

 泥を舐めた数が最後の瞬間で勝利と生還をたぐりよせる。

 

「アーカム、またここにいたのか」

「カティヤさん、なにやら里がギスギスした感じですね」

「お前は気にしなくていい。これは我らの問題だ」


 呪縛まで掛けられて「何もするな」という命令を徹底遂行しているのだ。

 すこしくらい首を突っ込ませてほしい。


「僕は狩人流剣術四段ですよ。なにか指導に関して手伝えることがあるかもしれません」

「結構だ。アーカムは何もするな。それだけでいいんだ。どれだけ時間がかかるかはわからない。だが、必ずそれでまた動けるようになる」


 カティヤは「魔術師さまはそう言っていた」と最後に付け足して、俺に濡れた布を渡してくる。


 身体を拭くのは俺の仕事だ。


 ──数日後


「あ、そういえば、この前変なもの見つけたんだよ!」

「へえ、どんな物ですか?」

「綺麗な石が付いた指輪と! これくらいのツヤツヤした枝!」


 アマゾーナの少女が抱き着いてきながら楽しそうに話してくれた。

 思い当たる節があったので、彼女を頼りにすこし里を探してみた。


 結果、風霊の指輪とトネリッコの杖が手元に戻ってきた。

 番兵のいる倉庫に隠してあったが、少女に番兵を引きつけてもらっている間に盗み出すことができた。


「アーカム、何か隠してはいないか?」

「まさか。カティヤさんに隠し事できるほど傲慢じゃないですよ」

「匂うな、これは嘘の匂いだぞ」

「なんの能力者ですか……」

「ふん、まあいい。くれぐれも無茶なことはするな。無茶なことをしようとすればこちらも実力行使にでるからな。ゆめ忘れるな」


 装備の一部を取り戻してから、俺のなかで行動を起こさねばならない、という意識が自然と高まっていった。


 何もせず、知るべきことを知らず、ただ平和な日々をおくれ、だなんて俺にはとても無理だ。


 アンナを見つけないと。

 師匠を見つけないと。

 何が起こったのか知らないと。

 そして、この里にいたゲンゼについて知らないと。


「その剣すこし触ってもいいですか?」

「え、私の剣触りたいんですか?」


 アマゾーナの戦士に武器を見せてもらうようにお願いすると、みんな決まって恥ずかしそうにする。


「アーカムさんって大胆ですね……」

「そう、ですか?」

「はい。男の人ってやっぱりみんなえっちなんですね……」


 えっち要素なかったですよ。

 どちらかと言うと今やらしい雰囲気になりました。


 詳細について聞く勇気はなかった。

 とにかく、俺は見張りの戦士の剣をかりて、素振りからはじめ、体をすこしずつ動かす訓練をしはじめた。


「頼みます、ゲンゼディーフは僕にとって本当に大切な人なんです」


 ゲンゼに関する情報は、カティヤの命令でジュブウバリ族みなが口を閉ざしていた。

 村のあちらこちらには、ゲンゼの似顔絵が描かれていたり、ゲンゼが創造した建築などがあるが、それらについてもなにひとつ教えてもらえない。


「ゲンゼディーフはなんでこの村にいたんですか?」

「魔術師さま? 魔術師さまはね──あっ! アーカムさん、私に喋らせようとしてるでしょー! いけないんだよー! むんむん! 怒ったよ、わたしが子供だからってー!」


 口を滑らせそうな子供を重点的に攻めた。


「教えてくれたら、いいものをあげます」

「……えー、いいものー? なんだろー……」


 俺は木材を手に取り、短剣でそれに竜の模様を描いて、お面を作ってあげた。

 戦士が喜びそうなものを調べた結果、ジュブウバリ族ではお面がオシャレアイテム筆頭だとわかった。

 だから、練習していたのだ。

 俺はこれでも異世界転移装置の設計をしていた身だ、

 工学の知識をつかって、何回か試作していたら、意外と完成度の高いものが作れるようになったのだ。


「いいなー! いいなー! 私も欲しいなー!」


 お面はたちまち子供たちの間で大人気になった。

 子供たちはお面をチラつかせると、頬を染めて恥ずかしそうに(私、餌に釣られている!)(けどお面は欲しいよう……!)という葛藤を見せてから、結局素直に話してくれた。

 

 魔術師さまは優しい。

 魔術師さまはもふもふ。

 魔術師さまはふわふわ。

 魔術師さまはさらさら。

 

 ほとんど尻尾と耳に関する感想ばかりだったが、なかには新情報もあった。


「魔術師さまはね、悪い人たちから逃げてるんだよ!」

「悪い人? それは、いじめてくる人ってことですか?」

「ううん! 魔術師さまのなかに眠る力を使って、世界征服しようとしてるんだって! だから、魔術師さまは悪い人たちに見つからないように逃げなくちゃいけないんだよ!」


 暗黒の末裔ゆえ、ゲンゼは各地で迫害を受けてきた。

 だから、心落ち着ける場所を求めて、この未開の地に赴いたのかと思っていた。

 悪い人たち、ゲンゼに眠るチカラ……なにか俺の知らない事情がありそうだ。


「君はゲンゼについてなにか知ってますか?」

「うーんと、うーんと、あっ、そうだ! あれは魔術師さまが作ってくれたんだよ!」


 子供たちに連れられてやってきたのは、村のはずれ。

 祭壇のような場所で、いろいろな供物が台座のうえに捧げられている。

 そして、その台座はふわふわ浮いている。


「浮いてる……」

「魔術師さまは色々な魔法を使えるんだよ! すごいよね! 私もいつかああなりたいなー!」


 浮く岩……。

 近づいてみる。

 手をかざしてみても風を感じない。

 風属性式魔術で空かせているわけではないようだ。

 でも、草属性式魔術でできる芸当にも見えないし……なんだ、これは?

 どうすればこうなる?


「あと、あれも魔術師さまが作ってくれたの!」


 少女たちに連れられてさらに森の奥へ向かった。

 遠目に何か見えてきた。

 白色の巨大オブジェクトだ。

 それは、里をぐるっと覆い囲うように円形に建造された岩の壁であった。


「何年か前に魔術師さまがつくったんだよ!」

「そうそう! 夜にはなかったのに、朝起きたら、出来てたの!」

「魔術師さますごいよね!」

「私もああなりたいなー!」


 ゲンゼ……君は何者なんだ?


 高さ10mにも及ぶ巨壁を見上げ、俺は眉根をひそめた。


 その時だった。

 俺が壁に触れようとしたら、壁の奥から何かが近づいてくる気配がした。

 同時に声も聞こえてくる、

 ジュブウバリ族の戦士の声だった。

 何かと戦っているらしかった。


 ズガンッ! と壁の向こう側で、壁に何かがぶつかった。

 ヒビが広がっていく。壁が壊れる。


「離れるんだ」


 言うと、少女たちは慌てて壁から離れた。

 

「ガシャルルルル」


「闇の怪物を里へ入れされるな! ここで仕留めるぞ!」

「行かせはしない!」

「逃げ切れると思うなよ!」


 鬼気迫る女戦士たち。

 彼女たちが囲むのは、真っ黒い人型の怪物。

 

 怪物は奇妙なうなり声をあげながら、村へまっすぐに突進しようとしていた。


「落ち着けよ」


 俺は走りだす怪物に足を引っ掛ける。

 怪物は勢いよく転び、巨木に頭から突っ込んだ。


 怪物の転倒にびっくりして動きのとまった戦士から「これ借ります」と、剣をひったくるようにかしてもらい、起き上がった怪物を一太刀のもとに斬り伏せた。

 怪物は動かなくなる。

 念のためにもう三回ほど剣で刺して、ひねり、完全に息の根をとめる。


「……!」

「あの男……本当に強い……」

「あ、アーカムさん、すごい……!」

「なんて練度の剣裁き、外人にあれほどの戦士が……」


 少女たちは高揚した眼差しを向けて来る。

 むず痒い思いにさらされながら、ひとつ咳ばらいをして、借りた剣の持ち主へ向き直った。


「これ、ありがとうございます。いい剣ですね」


 剣をかえすと、戦士の少女は頬をそめて「こ、これもらってくれますか……」と、熱い息をもらし、恥ずかしそうに言ってきた。


「っ! き、貴様、なにを抜け駆けしている!」

「たまたま武器を借りられただけで逢引の誘いに乗り出すなど大胆すぎるぞ!」

「私のアーカム様に手をださないでくださいっ!」


 武器を貸してくれた戦士の少女がほかの者たちに絞められはじめた。


 一方、ひとりの少女がこちらへやってくる。


「アーカム、なにもするなと言ったはずだ」

「僕がいなかったら被害は大きくなってましたよ」

「むう……そうやって、揚げ足をとるのは悪い者がすることだ」


 カティヤは困ったように視線を空へ逃がす。


「僕は狩人です。目の前の困難を乗り越えるために力をつけた戦士です」


 カティヤに協力して恩を売る。

 そうすれば情報開示にもっと協力的になってくれる。


 そんな打算をもちながら、俺はつげる。


「協力しましょう、お互いの利益のために」


 手を差し出して、握手をもとめる。


「……正直、この手は使いたくなかったのだが」


 カティヤはちらちらと遠慮がちに俺の手をみてから──おもむろに「我と戦え」と一言つぶやいた。

 

「カティヤさんなにを……」

「我より弱い者の手を借りる必要などないということだ。そなたのような弱い男が我らのためにできることはないことをわからせる。さあ、構えろ。攻撃するぞ」

「ちょっと待ってくだ──」


 顔面がパコーンっとはじかれる。

 視界がぐらんっと揺れ、俺は膝をついた。


「なにが狩人だ、口ほどにもないものだな。戦士は敵の前で膝をつかん。所詮そなたは三流、弱く、脆く、軟弱だ。我らを前によく気を失うのが証拠」

「あーなるほど……」


 たっはーやっちまったなーカティヤさん。

 俺と言う人間がまるでわかってないようで。


「どうしたのだ、アーカム? かかってこないのか? 弱虫め。それとも彼我の実力差がわかって恐くなったのか?」


 得意になって語るカティヤ。


「魔性の乙女多きこの里で問題をおこさないお前の紳士さに感服するが、それはお前の意気地なしの裏返しであることの証左であろう。わかったのなら二度と我に逆らうな、アーカ──」

「舐めるな、このメスガキッ!」


 綺麗な顔を拳でぶん殴る。


 カティヤは思い切りふっとび、岩壁に勢いよくぶつかった。

 彼女の黄金の瞳は涙ぐみ、鼻血をおさえ、「ぇ、ぅそ……」と、信じられない者を見る目になっていた。


「どうしました? もしかして僕が殴るわけないとか思っていましたか? 紳士だから? でも残念、紳士は時に相手が泣くまで殴るのをやめない生き物なんですよ」


 手首を軽く回して、指をコキコキ威圧的に鳴らす。

 実力でわからせるだと? 

 拳で俺を屈服させられるとでも?

 

 このガキには本当の力関係をわからせておいたほうがいいようだ。

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