人類保存ギルド:狩人協会
新暦3058年 冬三月
師匠の元に来てから一年が経った。
俺は先日11歳になった。
体はすこしずつ大きくなり、筋肉がかなり厚みをもってきた。
これまで取り組んできた鍛錬の成果である。
まだまだ寒い今日この頃。
自分に自信がついてきた俺は、あるミステリーに挑もうとしていた。
それは──テニール・レザージャック、悪党ら秘密裏に消しすぎな件。
そろそろ、この問題をはっきりさせないといけない頃だろう。
去年の夏、前騎士団長レフリの不正発覚から同人物のご臨場発覚。
湖に浮かんで消えた犯罪組織『カリステッドファミリー』の怪事件。
3カ月前に起きたのは、バンザイデス少女誘拐事件──の犯人がバラバラ死体で湖で発見される怪事件。さらに誘拐を手引きしたらしい騎士2名も湖で発見された怪事件。
そして、一週間前、また犯罪者が消えた。もちろん怪事件。
いや、怪事件起こりすぎ怪事件。
「アンナ、師匠って何者なんですか。そろそろ吐いてくれません?」
「私の口からはなんとも言えないよ。生きてるだけで悪党は消え失せる。そういう体質の人間ってことよ、先生は」
「そんな人間いません」
そろそろ、尻尾を掴みたい、
そう思って迎えた夜。
師匠が俺の部屋にやってきた。
正確に言えばアンナと俺の相部屋にやってきた。
「アーカム、
「狩人ですか」
唐突に言われた。
師匠の言葉を俺はくりかえす。
となりで平然とするアンナに顔をむける。
貴様、この状況についてなにを知っている。吐け。
「まずはひとつ質問を。……狩人ってなんですか?」
残念ながら俺の知識にそのような単語はない。
騎士団の駐屯地でたびたび聞いたような気もするが、詳しくは知らない。
わかるのは、みんなが言う『狩人』とは、弓矢をつかって鹿とか狩る職業とは”違う意味”で使われているらしいことくらい。
「狩人。ひらたく言えば、最高位冒険者の別称よ」
アンナは俺のベッドに腰かけ澄ました顔で説明しだす。
お風呂に入って来たのか良い匂いがした。
「『
「優れた人材って言うのがS級冒険者ってことですか」
「あんたは物わかりが良くて助かるよ」
アンナはフッと笑みをつくる。
最近は感情を抑えてクールを気取るのが彼女の中で流行ってるらしい。
「狩人協会は冒険者ギルドをグレードアップしたものと思っていいよ。英雄級の実力者が集うから英雄ギルドと呼ばれてるの」
「だいたいわかりました。それで、その狩人に僕がなれと」
俺は師匠に視線をむける。
「狩人には2種類ある。表舞台で活躍する『白の狩人』。こちらが認知度の高い顔役だ。そして、もう一つが本当に危険な厄災を狩る『黒の狩人』だ。こちらは出来ればあまり認知度が高くないことが望まれる」
「認知されてない方がいいって……S級冒険者うんぬんは、白の狩人ってことですか?」
「その通り。だがねぇアーカム、狩人協会の真の存在意義は黒の狩人を適切な場所へ、適切なタイミングで派遣することさ。白の狩人はあくまで表世界で動きやすい実力者でしかない」
話が見えないな。
「アーカム、人間世界は常に脅威にさらされている。それを救えるのは君のような選ばれた人間だけだ」
「わりと平和に見えますけどね」
「ほっほほ、そう見えるなら狩人協会の戦いが意味を成しているという事だねぇ」
師匠は狩人協会とはなんなのか、黒の狩人とはなんなのか説明してくれた。
その起源は実に1,800年前に遡るという。
かつてこの大陸には強大な人間の国、古代アーガ王国が存在していた。
1,200年ものあいだ繁栄し続けた超大国である。
だが、超常のチカラをもった吸血鬼たちによって古代の超大国はたやすく滅んだ。
吸血鬼の統治は数百年続いた。
腕を振れば荒野が生まれ、風より速く駆ける怪物に人間はなにもできなかった。
ある時、ひとりの剣士が吸血鬼を討った。
彼は人類初の剣気圧の習得者だった。
この時、彼を初代狩人とした狩人協会は発足した。
新しい力を手にいれた人間たちから、英雄がつぎつぎ生まれ、吸血鬼は打倒され、人間の時代が取り戻された。
だが、吸血鬼は始まりにすぎなかった。
「今日にいたるまでの1,500年間、狩人協会は人間より遥かに強大な厄災を、ひとつずつ気が遠くなるほどの犠牲を積み重ねて絶滅させていった。吸血鬼にはじまり、人狼、悪魔、天使、月の怪物、バーバリー大陸の魔人。ここら辺のはまだ絶滅させることに成功していない厄災さ。人類の天敵であり人類が天敵の──ねぇ」
絶滅させるとは穏やかな話じゃない。
「厄災たちには知性があるんですか?」
「ほっほほ、流石は大天才アーカム。そこだよねぇ。厄災の本当に困るところは、人を指先で肉片に変える暴力だけではない。恐るべきは知性だ。人間を捕食する生命体が知性をもっている。隙を見せれば、奴らは人間を絶滅させる。意志をもってねぇ」
ライオンやクマとは訳が違うということか。
かつて緒方が言っていた言葉を思いだす。
「どちらかが滅ぶしかない」
「大正解だよ、アーカム」
その生存競争で狩人協会率いる人類は、「どちらかが滅ぶしかない」どころの騒ぎじゃないほどたくさんの──それこそ何十種類もの厄災たちを滅ぼして、今日まで勝ち抜いてきた。
その
「どうだいなってくれるかい」
「すこし考えます」
「ちなみにかなりの高給取りだよ。普通の冒険者が一生かけて稼ぐ金額を一晩で稼ぐこともできる」
「わかりました。黒の狩人になる方向で考えます」
「本当かい? そんなお金が好きだったとはねぇ」
「お金じゃないですよ。いや、嬉しいですけどね? 僕が狩人になるのはそこが相応しい場所だからです。おそらく近いうちに人類の敵はひとつ増えると思いますし」
俺は希望を見つけた。
狩人協会。実に1,500年もの間人類を守って来た。
ならば、イセカイテックを迎え撃てるのは、彼らしかいない。
アルドレア家のあるこの世界を守る。
ゲンゼのいるこの世界を守る。
それが俺の使命だ。
「あんたとは長い付き合いになりそう」
「アンナも黒の狩人になるんですか?」
「当然。エースカロリは狩人の家系よ。それ以外の生き方なんてない」
なるほど。同期の同僚になるのかな? イングランド旅行だけは行きたくないな。バンジージャンプやらせないでね? 頼むよ?
「さあ、訓練の時間だ。狩人は最低四段の剣術ないしは、魔術を修める必要があるからねぇ。君たちの道のりはまだ長い。迷わず進もう」
こうして英雄ギルド:狩人協会の裏の顔である、秘密組織としての側面──人類保存ギルド:狩人協会への就職が決まった(たぶん内内内定くらい)。
「ところで、怪事件起こりすぎ怪事件の犯人は師匠なんですか?」
「いいや。私はそれとなく古い知り合いに告発しただけさ」
師匠は狩人協会をすでに脱退していて、狩人を引退して久しいらしい。
なのでバンザイデスの数々の怪事件に手を下したのは師匠ではないようだ。
「私が連絡を一通入れれば、消せない人間はいないからねぇ」
「今恐ろしい発言している自覚はありますか? ないですね?」
狩人協会、一体どれほど力を持った組織なんだ?
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狩人協会について
『英雄ギルド:狩人協会』
メンバーは冒険者ギルドから選ばれた最高位冒険者たちだけで構成されている。スーパーVIP冒険者ギルド。彼らは『白の狩人』の肩書きを持つ。知性レベルの低い、あるいは一点物の厄災を倒す。報復の危険はほとんどないため、英雄として表舞台で活躍しても安全な立場にある。
『人類保存ギルド:狩人協会』
メンバーは英雄ギルドから意志ある者の勧誘、実力者のヘッドハンティング、引退した狩人が育てた後継者で構成されている。彼らは『黒の狩人』の肩書きをもつ。知性があり、討伐に失敗した際、文明圏まで報復しにくる可能性のある厄災を狩る。認知度が高いと自宅まで報復しにきちゃうのでなるべくこっそり暮らすこと推奨。とてつもない高給取りなことは有名な話。
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