幕間:Side: ISEKAI TEC 2 引き継ぐ記憶、最後の贈り物
ある日のこと。
キサラギは家である第6研究室へ帰ってきた。
18:00が門限であると開発者である如月博士に言われているのだ。
「なあ、いいじゃねえか、すこしだけ数字をいじって、俺の名前を追加してくれりゃいいんだ。な?」
「無理です。お願いですから困らせないでくださいよ、緒方さん」
そんな会話が聞こえた。
キサラギは入り口に棒立ちして観察することにした。
振り返れば、すぐに気づかれる位置だ。
でも、隠れるという頭は働かなかった。
「おいおい、如月、だれのおかげであの可愛いお人形にマナニウム電池乗せれたと思ってんだよ」
「それとこれとは話が別です、もういい加減帰ってください!」
キサラギは如月博士の口論の相手を見つめる。
社員データベースにアクセスしてすぐに名がわかった。
第10研究室研究主任
専門:異世界転移、超エネルギー工学
キサラギは思う。
第6研究室は人工知能研究のための研究室だ。
なぜあの緒方という男はいるのだろう、と。
特に親和性のない研究分野だというのに。
「てめえ、あんまり調子のってっと……」
緒方主任がそう言い、如月博士に掴みかかる。
と、そこで彼はようやくキサラギがじーっと突っ立て、自分たちを見ていることに気がついた。
「……こほん。それじゃあ、この話はまた今度にしよう、如月博士」
如月博士を解放し、緒方主任は第6研究室を出ていった。
「はは、ひどいところを見られちゃったね、イヴ」
博士は襟を正して、キサラギへ微笑みかける。
「もうおやすみ。今日は疲れただろう」
彼はそう言って、いつものようにキサラギをポットに収納した。
それからしばらくしたある日。
「緒方京介でござるか?」
キサラギは林音のもとへ赴いていた。
伊介林音は第7研究室に所属する研究員だ。
第7研究室は人工筋肉と
キサラギの脳──ソフトウェアの開発者が如月博士ならば、ハードウェアたるロボット工学の結晶、アンドロイドボディを作ったのはこちらの研究室なのである。
「キサラギ氏の口からその名前を聞くとは思わなかったでござる。……緒方京介がどうかしたのでござるか?」
林音はキサラギの体をメンテンナンスしながら訊く。
しわしわの手が迷わずテキパキと動いている。
「キサラギの開発者の如月博士と口論していました。キサラギがいなければ暴力的な事件に発展していた可能性は89%です」
「……え? 口論? それっていったいどんなものでござるか?」
「数字をすこし変えるとの発言を記録しています。なんらかの実験データを改ざんしようとしていた可能性があります」
林音の手がとまる。
その瞳は見開かれている。
体は内からこみあげる感情を抑えこむように震えていた。
「緒方……もしかして、また……」
「伊介博士、どうかしたのですか。血圧が上昇しています」
「……いいや、なんでもないでござるよ」
林音はほがらかな笑みをつくった。
如月博士と同じで我が子へ向けるような優しい笑顔だ。
「本当は言ってはいけないのでありますが、実は儂はキサラギ氏の親を名乗る権利をもっているのでござるよ」
「そうでしょう。あなたはこの体を与えてくださった偉大な発明家ですので」
「でゅふっ、そう言われると照れるでござるなあ~。くう、しかし、おしいことをしたでござる」
「なにがあったのですか。なぜ、キサラギがポットから出た日に、あなたは開発者として賞賛を受けなかったのですか」
「それには訳があるでござる。そう、あれは星の綺麗な夜でござった……」
「すこし眠りますね」
「くうっ! 長くなりそうな話を瞬時に理解して、苦情をまじえた皮肉を言えるようになるなんて、なんて素晴らしさでござるか……!」
「すぴーすぴー」
「待って! 手短に話すから聞いてほしいでござる!」
「仕方がないですね。老人のたわごとを聞きます」
「ちょっとS気もあるだと……ふぅ……。儂と如月博士はともに夢を追いかけた同志。絶対に二次元キャラをこの世界に転生させると、誓った熱き絆の友でござる。ほら、儂って見てのとおりキモイでござろう? 71歳になっても半世紀以上使い続けた日本最古のキモオタがなかなか抜けなくて……こほん、そんなことはどうでもいいでござるな。ある日のこと。キサラギ氏のソフトウェアの完成が近づき、儂の最強ボディももうじき完成……そんな時になって儂らは同じ疑問を抱いたのでござる。『どっちがパパと、父上と、お父様と呼ばれる権利がある?』気がつかなければ幸せであったはずなのに、一度気がついてしまったら、もうあとには引きかえせないのでござる。あの日、運命の日、儂と如月博士はだれもいない暗い食堂にあつまり、トレーディングカードゲームをしたのでござる。ギャザでござる。その勝者がパパになる権利を手にいれ、ついでに開発者として栄誉を贈られる主人公になろうと」
「開発者としての栄誉はついでなんですね」
「儂らは名声が欲しいのではないでござる。夢を叶えること、それだけが原動力でござる。まあ、儂の息子は名声欲しがりマンでござったが……」
林音は寂しそうにそうつぶやいた。
キサラギは社員データベースで検索する。
「伊介博士の息子さんはイセカイテックの研究員ではないようですね」
「……検索したでござるか」
林音は迷ったような表情をしていた。
「……キサラギ氏、いいでござるか、これは誰にも話してはいけないでござるよ」
「最高機密ということですね」
「そうでござる。……儂の息子、伊介天成はイセカイテックに殺されたのでござる」
「これは最高機密ですね」
「そうでござろう。だから、キサラギ氏には覚えておいてほしいのでござるよ。……儂の野心家な息子の話を。記録から抹消された偉大な科学者の軌跡を。やつは、やつは、ただ熱かっただけなのでござる。生きた証を、存在ごと抹消されるいわれなど……断じてないッ!!」
林音はしわがれた拳を勢いよく叩きつけた。
怒りに震え、悔しさに打ち震えていた。
父と子として、いびつな関係だったが、科学者として対等以上だった。
林音は息子を、科学者として後世にわずかでも語り継ぎたかったのだ。
「いいですよ。伊介博士はキサラギのパパですから」
「はうんッ! ぼるじょぢゅっふでゅっふっふ!」
それから何日にもわたって、キサラギは第7研究室に通いつめ、父親・林音の口から伊介天成なる人物について聞かされることになった。
キサラギは林音に「それでは、キサラギは天成博士の妹となるのですか」と問うた。
「はっは、確かにそう言えるかもしれんでござるなぁ」
林音は笑いながらそう答えた。
伊介天成についての話を、林音から聞き終える。
すべてを語り終えた林音は「明後日、ここへ来るでござる。キサラギ氏にプレゼントがあるでござる」と彼女につたえた。
2日後。
言われた通りにキサラギが第7研究室を訪れると、銀色のコンテナを見つけた。
開けてみると服と装備が入っていた。
見た感じ武器もある。
賢いキサラギはそれらが自分を飾り付けるために、林音が開発した外付けの追加パーツだとすぐに理解した。
目をキラキラさせて、キサラギは装備を片っ端から着けることにした。
林音を喜ばせようと考えたのである。ついでに自分も喜ばせようとした。
それまでの簡素な服を脱ぎ捨て、新たにまとうのは、黒い布地のスポーツブラのようなものと、ホットパンツであった。
どちらも丈夫な素材だが、いかんせん圧倒的に布面積が少ない。
その布面積の少なさを補うのが、鮮やかなライトグリーンの
ただ、こちらも下のほうにスリットが入っており、寒さ対策の外套なはずなのに、ひらひらして心もとない。
そこから、片耳イヤホン、ベルト、ブレスレット、アンクレットとどんどんアクセサリーを装備していく。
すべてがシステムデバイスだ。
さながらIoTの申し子のようになっていた。
どのデバイスもライトグリーンと黒を基調につくられている。
キサラギのシルバーの長髪は先っぽの方へいくほど、ライトグリーンへと変わるグラデーションの人口頭髪が採用されている。
それを考慮して、林音が外見上の調和を図ったのだ。
手首のデバイスを起動すると、コンテナから浮遊するユニットがひゅーっと飛び出てきた。
黒い長方形で、こちらも衣装とお揃いでライトグリーンのラインが入っている。
サイズ的に縦長い墓石のようだ。
「キサラギはこれを墓石と呼ぶことにしました」
じじいのプレゼントにつける名としてはいささか不吉だった。
中には剣が入っていた。
片刃の刀だ。科学の武器──高周波ブレードである。
刀身を高速で振動させることで刃の原子間結合は強化し、斬撃対象の原子間結合には虚弱性をうみだし、ほころびを発生させ、相対的に切断力を上昇させた刀である。
はやい話が金属だろうがバターのように斬れる科学の武器であった。
ただ、正規の装備ではない。
22世紀でも普及はしていない。
武器として見た場合、普通に銃の方が確実なのである。
どう頑張ってもロマンばかり先行したコスプレの類だ。
これも林音が趣味でつくった特注品だろうか、とキサラギは思いながら、ブレードを手に取って、それっぽく構えて見ることにした。
だが、あんまり様になっていない。
キサラギはデータベースに『剣 作品』で検索をかけた。
一世紀以上まえのアニメから漫画、小説、劇、映画、ゲーム、動画──などの作品3,000ほどを2分ほどで同時閲覧しおえて、剣術のノウハウを完全に学習した。人類が剣という武器にどんな
できるだけ様になる構えと、演武ができるようになった。
これで林音を喜ばせられる。
そう思うと、キサラギは心躍った。
父親にお遊戯を見てもらうのを楽しみにする子のように。
そんなこんなで林音が来るまで、キサラギは剣に関するデータを学習しながら時間をつぶしていた。
しかし、いつまで経っても彼はこなかった。
ついぞ、門限になるまでに林音は現れなかった。
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