突然として規制は終わりを迎えた


「……実は近くの森で妙なもんを見つけたんだ」

「妙なもの? それが10段階評価マックスの案件ですか?」

「そうさ。エフィーにこのことを知られれば、王都には戻らないとかいいだすかもしれねえ。だから、内密に頼みたい」


 10日間、ずっと一緒だったので、俺はエフィーリアのことが多少は理解できる。

 彼女はトラブルが大好物だとも知っている。


「わかりました。それじゃあ、その妙なものとやら任せてください。後日、適当になんとかしときます」


 おざなりに返事して、扉を閉めようとする。

 今はゲンゼのことに思考リソースを割きたい。


「いや、違うぜ。アーカムてめえには俺たちといっしょに調査をしてほしいんだ」

「いっしょに調査?」

「それも今夜だ。というか、夜更けには出発だ」

「そんなすぐ?」

「現場はすぐ近くだ。だから、すぐ着いて、ババっと解決だぜ。どうだ賢者の作戦だろ?」

「それはそうかもですが……そんなに急ぐ必要が?」

「ある」


 ジェイクは眉根をよせて、顔を近づけてきた。


「見つけたのは、子供の死体だ」

「……は?」

「それも、一つや二つじゃねえ。まあ、行けばわかる」

「ちょ、待ってください」


 そんなやばそうな話を持ってこないでほしい。

 

「動揺するのもわかる。危険な場所だとも思う。だからこそ、アーカムよう、お前の魔術が役に立つ」

「そんなこといきなり言われても困りますよ」

「メンバーは、エイダムのおっさんと、騎士5名、俺のパーティ、それとお前の親父だ。アーカムと親父さんは騎士たちが守る予定だから安心しろよな」


 なにひとつ安心できる要素がない。

 ていうか、アディも参加するのか?

 使える戦力をかき集めてる感じか?


「それなら、アルドレア家だと母様が最大最強戦力ですけど」


 エヴァはよく岩とか巨木を一刀両断してる。

 夫婦喧嘩してる時、アディがワンパンされてるの見てから「怒らせたら最後、死あるのみ」と確信するくらいには圧倒的な戦闘能力だ。


「ちびっこいのいんだろうが。家空けるわけにいかねぇだろ」

「まあ、確かに」

 

 エーラとアリスを置いて死体探しにスタンドバイミーと洒落込むわけにはいかないか。

 7歳の子供を死体捜索に駆りだすわりに常識あるな、ジェイクさんよ。


「明日の朝、エフィーは王都へ帰る。それまでには間に合わせたい。頼むぜ、アーカム」

「はあ……わかりました。準備します」

「ありがとな、正直まじ助かるぜ。迷惑だろぉがよ、絶対にお前の事だけは守ると約束すっから」

「ええ。それでは、またあとで」


 俺は部屋にひとりになり、ベッドに静かに腰をおろした。

 未だゲンゼディーフのことを考えている自分がいる。

 だが、どうにも、集中しなくちゃいけない局面が現れた。


 子供の死体。

 まさかゲンゼディーフじゃないよな?


 当然のように浮かぶ不安を払うように、俺は支度をはじめた。


 ──午後14時


 深夜の庭に出てくると、エイダムほか騎士数名、『レトレシア魔術団』がそろっていた。


「アディフランツ殿、アーカム殿、ご助力感謝する。二式魔術師がいるのといないのとでは、隊の戦術的能力が大きく変わるため協力を仰がせていただいた」

「わかってますよ。でも、約束通り、護衛はアークを優先してください。お願いしますよ、エイダムさま」


 アディがやや不機嫌そうにそう言った。

 俺の横にジェイク、ノザリス、フラワーが集まって来た。

 そのまわりから騎士が3名囲むように付く。

 スーパーVIPになった気分だった。


「では、いきましょう。──お前たち、魔術師先生の方々をしっかり守るんだ」

「「「「はっ」」」」


 騎士たち5名が抑えめの声で返事する。

 俺たちは森への侵入を開始した。

 

「闇を祓いたまへ」


 エイダムが懐から青い液体のはいった小瓶を取り出した。

 アディは「怪物祓かいぶつばらいだ」とすかさず俺にささやいてきた。


「怪物祓い?」

「あれでモンスターとの遭遇率をさげることができる。夜のクエストには必須アイテムさ」


 興味深い魔道具だ。

  

 俺たちは黙々と森を進んだ。

 30分くらいは歩いただろうか。

 獣道なので進んだ距離はせいぜい1キロくらいか。


「アーカム、そろそろだよ!」


 なんでかフラワーが明るい声で言ってくる。

 声のトーンのわりに彼女の顔は蒼白にそまっていた。気でも狂れたか。

 

「大丈夫ですよ。僕が守ってあげます」

「お、お願いしましゅ……」


 フラワーは泣き出しそうな顔で抱き着いてくる。

 そんな状態で歩いていく。

 腕にひっつく少女がだんだん鬱陶しくなってきた頃、森が明るくなってきた。


「クソ、死蛍しぼたるだ。それもとんでもない量だぞ」


 聞きなれない単語だった。

 俺以外、みんなわかったふうな顔をしてる。

 フラワーですら知ってる様子だ。


 前へ進むたびに、光の粒子のようなものが多くなっていく。

 これが死蛍か。

 前へ進むたび、どんどん多くなっていく。

 やがて、真夜中なのを忘れるくらい、周囲が青白くなった頃。


「なんてことだ……」


 地面に大きな穴が掘られていた。

 直径2メートルほどの穴だ。

 深く深くどこまでも続いているようにさえ見える。

 穴の底から大量の死蛍はわきあがって来ている。

 

 その穴から視線をスライドさせる。

 5人の死体が目に入った。

 死体とすぐにわかったのは、首やら手足が変な方向に曲がっているからだ。

 全員、俺と同い年くらいの子供の死体だ。


「おぇえええ!! やば、これえぐ、いや、まじやばすぎでしょ、おえええ!」

「てめえが真っ先に吐いてどうすんだよ、フラワーこら、あっちで吐けや」


 死体は円を描くように綺麗に並べてあった。

 さながら、死のサークルだ。

 猟奇的な光景である。

 

「だれがこんなことを……」

「リッチたちだ」


 エイダムは険しい顔で答える。


 リッチか。アディに聞いたことがある。

 脅威度は45(B級上位)

 闇の魔術師が死後なり果てる魔法を使いスケルトンで、アンデット系モンスターらしい。


「やつらはより高位アンデットの召喚を行うと聞く。これはその儀式だな」

 

 高位アンデットだって?

 

「召喚されたらA級、最悪の場合はS級の脅威度のモンスターがでてくることになる。そうなると周辺の村が危ない。それどころか隣町も危ないかもしれない」


 エイダムは自らの手で率先して子供の死体をサークルから解放していった。

 俺も≪ウィンダ≫の優しい風でつつんで、サークルから子供を解放してあげる。


 これで召喚儀式は妨害できたのか?


「この穴の底にリッチが潜んでいるに違いありません。警戒を怠らないように」


 エイダムたち含め、アディも『レトレシア魔術団』もてきぱき動いている。

 

 他方で、俺は動けていなった。

 変な光景を見てしまったからだ。

 死体が空気にとけているのである。

 体の端から青く発光する蛍になっていくのだ。

 

「アーク?」

「父様、これは?」

「そうか、お前は初めて見るのか。これは生物の死のあとに訪れる結末だよ。死んだあと時間が経つとみんな深淵の渦に還っていくんだ」

「世界をめぐる魔力の一部になるってことでしょうか」

「流石はアーク、理解がはやいな」


「アーカム殿、アディフランツ殿、我々は先行して穴に降ります。安全を確認しますのですこし待っていてください」


 エイダム含め騎士たちが、穴へ降りていく。

 しばらくして「どうぞ!」と声が聞こえて来た。


「お先に行っていいですぜ、二式の先生がた」


 ジェイクは澄ました顔でそう言った。

 冷静なノザリスと死にそうな様子のフラワーも頷いてくる。


 穴へ降りた。中は斜め下へどんどん続いており、広くなっているようだった。

 まるで巨大モグラが穴を掘ったみたいだ。


 同時に猛烈な焦げくさい匂いが鼻をおそった。

 

「穴の壁も地面も天井も、焼かれているだと? 相当な熱だな」

「どんな穴掘りしたらこうなるんでしょうか」


 高熱で土を掘り進めた?

 なんだそのわけのわからない方法は。


 俺たちは不審に思いながらも、穴のうえに騎士1人を見張りとして残して、さらに奥へと進むことになった。


 どんどん大きくなっていく通路。


 ついに横に4人ならんでも狭く感じないほど広くなった。

 視界内の死蛍の数もどんどん増えていく。


「もしや迷宮でしょうか。アディフランツ殿はどう思いますか」

「それはないかと。入り口が小さすぎますしね。迷宮はより多くのモンスターを招致してその勢力を高めようとする意志をもっています。だから、ああいうちいさな入り口にはならない」

「確かに。流石は二式魔術師殿、博識ですな」

「それほどでも」


 アディが気分よく照れ笑いする。

 

「しかし、死蛍が多すぎますな。魔術師先生方、この先は相当に凄惨な光景を覚悟したほうがいいですな」

「わかってますよ。しかし、本当におかしな話ですよ。最近のクルクマの村人で失踪者はいなかったのに。これほどの人間はどこからくるのでしょうか」

「バンザイデス、でしょうな。あの町は大きいですから」

「馬で4日の距離ですが……」

「すこし遠くともそれしか考えられません」


 アディとエイダムはそう言いながら表情を険しくする。

 まあ、たしかにおかしな話だな。

 儀式やるからって、リッチが人間をさらえるのか?

 

「なんだこれは?」


 先頭をいくエイダムが怪訝な声をだした。


「…………え?」


 俺は一瞬、自分の頭が狂れたのかと思った。


 焼き掘られたトンネルとほぼ同じサイズの『金属の扉』だった。

 ただの扉じゃない。推定直径3mほどの綺麗な金属製の円だ。


 それを見た瞬間、冷汗がどっと噴きだす。

 鼓動がはやくなり、血が熱くなる。 

 めまいすらしてきて、足元が不安定に感じた。


 どうして、どうして、どうしてだ?

 なんでこんなものがここに?


 水圧扉のような見た目。

 高度な科学力をひしひしと感じる。

 どうみても異世界製の人工物ではない。

 

「扉のようですな。開いている。先に入ります。あとから魔術師先生方は──」

「待てッ! だれも動くなッ!」 


 俺はとっさに叫んでいた。

 ダメだ。この先に行っては。

 宇宙の法則を踏み越えてしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る