白無垢屋敷

平中なごん

一 都市伝説の屋敷

 K市の高級住宅街に、その筋では〝白無垢しろむく屋敷〟と呼ばれる空き家がある……。


 平屋の立派な純和風家屋で、古いとはいえまだまだ朽ちてはおらず、一見して掘り出しものの物件であるように思えるのだが、長年、誰も住む者はいない……。


 それは、この屋敷が事故物件……否、そんな名称では生やさしいほどの惨劇の舞台となった場所だからである。


 当時の報道やウワサ話を総合するに、事件のあらましは次の通りだ。


 時代は昭和も終わりの頃のこと。この屋敷には白井絹衣しらいきぬえという20代半ばの女性が住んでいた。


 両親は早くに他界してすでになく、祖父母や兄弟姉妹もいなかったので、その大きな邸宅に彼女一人で暮らしていたようだ。


 しかし、本当ならばその淋しい一人暮らしももうすぐ終わりを迎えるはずだった。知人の紹介で出会った衣紋翔えもんかけるという男性との結婚を目前に控えていたのである。


 天涯孤独であった彼女にとって、その結婚はどんなにか嬉しいことだったに違いない。


 ところがである。結婚式も数日後に迫ったある日の夜、屋敷に強盗が押し入って、哀れ彼女はその強盗の手で殺されてしまったのだ。


 それも、母親から受け継いだ形見でもあり、数日後の式で着る予定だった白無垢・・・(※婚礼に新婦が斬る白一色の和装)を一人で試着していたところを……。


 鋭利な刃物で滅多刺しにされた彼女の白無垢は、まるで赤い花柄の生地であるかのように噴き出た鮮血に染まっていたとのことである……。


 なんとも不運な話ではあるが、彼女は住んでいた屋敷の他にもいくつかの不動産や有価証券を親から相続しており、地元では知られたいわゆる資産家・・・というやつだったために目をつけられたのだろう。


 今に至るまで犯人は捕まっておらず、この事件はすでに時効が成立している。


 これが、この屋敷で起きた第一の惨劇だ。というのも、ここを舞台にした凄惨な事件はそれだけに終わらなかったのである。


 白井絹衣の死後……いや、正確に言うと、法的にはその時点で衣紋・・絹衣になっていたということか? すでに婚姻届は役所に提出済みだったらしく、屋敷を含めた全ての財産は夫である衣紋翔が相続することになった……。


 ……が、だ。


 新妻が亡くなってまだ間もないというのに、衣紋翔はすぐに別の女――上田麗子と婚約し、一緒にくだんの屋敷に住み始めたのである。


 その心移りの早さから、衣紋と上田麗子は以前より不倫関係にあったのではないかと世間ではウワサになったらしい……いや、十中八九その通りだったのだろう。


 しかし、驚くべきはまだまだこれからだ。


 なんと、同棲を始めてからほどなくして、どういうわけか衣紋が麗子を日本刀で惨殺、自身もその場で心筋梗塞を起こして死亡するという恐ろしい事件がまたしても起きたのだ。


 しかも、またもや結婚式直前の時期に、麗子が純白のウェディングドレスを試着していた最中にである。


 どうやら衣紋は女にだらしなかったようであるし、月次つきなみな痴情のもつれだったのか? はたまた精神に異常をきたしていたのか? 今もって原因は不明である。


 だが、和風か洋風かの違いはあれど、二人もの花嫁が白無垢姿で殺害されたのだ。様々な尾ひれ羽ひれを付けて広く人口に語られ、いわく因縁のある事故物件として知れ渡るのもごくごく自然な流れであったのだろう。


 オカルト好きや廃墟マニア、ホラースポットへ肝試しに行く若者達の間では〝白無垢屋敷〟という通り名で話題となり、また、殺された白無垢姿の女の霊が現れるのだと、巷ではまことしやかに囁かれるようになった。


 一時期はそんな肝試しにやって来る輩が夜中騒いで問題となったが、警察がパトロールをするようになってからはそれも落ち着き、今は訪れる者もほとんどいない。


 しかし、相続した衣紋もその妻の麗子も死亡したため、現在は地権者不明で売ることも解体することもできず、今もその地にひっそりと建っているのである……。


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