第8話

「洋太郎の理屈で言えば、拳銃を使ったことのある学生が必要ですね」

 あれから二週間ほどが経って、モノの発生頻度は二日に一度程度に落ち着いてきていた。学生たちはもちろん学業が本分であるし、アルバイトや就職活動など、やることはたくさんある。その合間を縫ってよくやってくれている、と高田は思っていた。だが、できることならばやはり、もう一人欲しい。自分が学生の頃は五人が武器を持って戦っていた。自分の覚えている戦い方は五人での戦い方であり、今の四人の負担になっていないかとどうしても考えてしまう。

「銃を撃ったことある学生なんて僕らの周りにそうそういないでしょう」

 苦笑交じりに伊坂から言葉が返ってくる。彼は今、モノの写真データをまとめている。

「ですよねえ」

 自分のときは、どうだったか。あの拳銃は誰が使っていたか。女子学生だった気はする。授業配布用のレジュメを整理しながら、高田は記憶を探る。どんな子だったか。なぜ彼女は拳銃を使っていたのか。なぜそういうデータは残してないのか、と過去の自分に恨み言を吐いてみる。

「お出ましですよ」

 写真データを展開していた伊坂が画面を切り替え席を立った。データカードをカメラの本体に差し込むと、研究室を出て行く。入れ替わるように高田はパソコンの前に座り、赤い点滅と座標を確認しながらメールを送信した。

 ラウンジに反応あり。

 すぐに携帯電話に連絡を入れてきたのは高貴だった。

「悠平と高杉は別キャンパスで授業があると言ってました。洋太郎は知りませんけど、今日は会ってません」

「わかった。グローブはあるね?」

「もう準備できてます」

 太刀と和弓は大きく目立つので研究室に置いてあることも多いが、グローブと小刀二刀は高貴と比呂に常備させている。

 ラウンジと聞いて、高貴は裏庭までモノを引っ張っていかなくてはならないな、と考えながら向かっていた。ラウンジは学生が多すぎる。目立つようなこともできないし、巻き込むなんて以ての外だ。なんともないようにラウンジを通りかかって黒いモヤを確認すると、引き付けるようにその目の前を通って早足で裏庭へ行く。ゾワリと背中を何かが這うような感覚がして、モノが自分についてきていると認識した。裏庭は事務所棟の裏側にあり、日中でも建物と木々の影が多く人もあまり通らない。キャンパス内でモノが発生するとこの場所まで連れて来て退治することが多かった。

 裏庭には既に伊坂がいて、カメラを構えていた。高貴は熱を帯びたグローブの感触を確かめながら歩みを止める。モノは一定の距離を保ったまま止まった。モノには思考能力がないらしい。自分の存在を見つけてくれる者に惹かれて付いてくる。攻撃しようという意思があるわけでもない。ただ、比呂の例を見ている限り、触れることはよくないことだ、ということはわかる。

 向き合ったモノに殴りかかろうとしてふと高貴は動きを止めた。

「先生、女の子がいます」

「え?」

 伊坂はファインダーから目を離し、高貴の視線の先を見た。確かに黒いモヤの奥に学生らしきひとりの女子の姿が見えた。

「高田先生、モノの奥に女の子が見えます」

 電話越しにその声を聞いて、はっとした。モノに襲われた女子学生。思い出した。

「広井に伝えてください。彼女を避けてモノを倒せば助けられます」

「わかりました。広井くん! 彼女を傷付けないようにそいつを倒してください!」

 伊坂は再びカメラを構えた。高貴は再度モノと向き合うと、彼女を覆う大きな影に向かって拳を振り上げた。パン、パン、といくつも軽い音がする。打ち込むたびに少しずつモノは小さくなっていく。何発目かの攻撃で、女子学生が前のめりに落ちてきた。攻撃の手を止め、高貴は彼女を抱えようと構える。

「まだです!」

 そう言われても、意識もなく無抵抗のまま落下してくる彼女をそのままにできるはずがない。普段は焦った様子を見せない高貴も、さすがに背中を冷や汗が伝った。

「でや!」

 気の抜けるような能天気な声とともに、目の前のモノが真ん中から裂けて、弾けて消える。キラキラと舞う欠片の向こう、太刀を構えた洋太郎が立っていた。

「間に合いましたか」

 電話の向こうから高田の声がする。はい、と伊坂は返事をして電話を切った。

「大丈夫? よかったー、メール見て慌てて研究室行って持ってきたんだ!」

「サンキュ、助かった」

 安堵の息を吐いて、自分の腕の中の女子学生の顔を覗き込む。

「凛子」

 見覚えのある顔に、高貴と洋太郎は顔を見合わせた。

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