48:魔物を造る者


「カリギュラの魔力が収まっていく?」


アステラは壁越しに伝わる気配が小さくなっていくのを感じ取り疑問の呟きが漏れ出る。


「まさか記憶阻害と感情制御の魔術が解け掛かってるのでしょうか?となるときっかけはあの剣士でしょうか?…っ!」


思案に耽っていると目の前に氷刃が迫る、身を翻してかわすも頬はぱっくりと割れるが泡立つ様に傷口が蠢いて治っていく。


目線を下ろすと杖を翳したセラがアステラを見ていた、周囲には百に届くのではと思える程の夥しい魔物の死骸が散乱していた。


「随分と熱烈な振り向かせ方ですわね?」


「…そのまま余所見してれば首を落とせた」


「ふふ、出来たとしてもまた治りますわ」


アステラはくっくっと笑いながら魔物を生み出すのを止める、そしてセラを見下ろした。


「私の賜りし奇跡は8000の異端者達を裁く事で甦ったものです、その刃で命を奪い、そして命を与え生み出す生死操槍ロンギヌスの奇跡…その真髄をお見せしましょうか」


アステラの体が再び蠢く、体中に張りついた顔が叫び声を上げながらひとつに集まっていき、やがてひとつの肉塊になって落ちた。


地面に落ちながら肉塊は急速に膨れ上がって広がると形を成していく、人の形をしていくそれは着地すると同時に変成を終えた。


それは歪な巨人だった、左腕は毛むくじゃらのゴリラの腕だが右腕は更に一回り大きい鎌の様な蟷螂の腕、体を支えるライオンの脚は太く垂れ下がる鰐の尻尾は軽く動いただけで地面を凹ませた。


なによりもその頭部は蜻蛉に角と鋏を無理矢理くっつけたかの様な造形をしており見るだけで正気を疑いたくなる“複合魔人キメラント”がそこにいた。


「量が駄目なら質で、と言いますからひとつにしてみましたわ」


まるで食事の献立を決めるかの様に軽い調子で言うとキメラントが奇妙な叫びを響かせて走る。


「“白い顎の災厄グレートホワイト”」


セラの詠唱が響くとキメラントを中心に氷柱の群れが出現する、オーガの強靭な肉体すら容易く噛み砕く白い顎が牙を剥くが。


雄叫びと共に右腕と尻尾が振るわれて氷柱を粉砕する、砕かれた氷の破片が飛び散る中キメラントはセラに向けて左腕を振り下ろす。


セラが風の魔術で飛び上がるとその直後に左腕が地面を砕く、肘までめり込む程の威力を示した左腕を引き抜くと右腕がゴキゴキと音を立てながら振るわれると鞭の様にしなり、鎌がセラに迫る。


再び風の魔術で宙を蹴る様に飛び上がると後ろの壁が斬り裂かれて血潮が飛ぶ、セラが避けなかったら間違いなく真っ二つになっていた。


(見た目だけじゃない…)


そう判断したセラは着地しながら魔術を発動する、キメラントの足下から巨大な氷柱が突き出して腹に命中すると更に複数の風の刃と氷の槍がキメラントに殺到した。


並の魔物なら肉塊に変わっているだろう魔術を叩き込む、だがそれらを突き破って姿を現したキメラントは薄皮一枚傷ついた程度の様だった。


「ふふ、その子には100人分の生命を注ぎ込んで生み出しました、そして貴方が行使する魔術に耐えれるくらいの耐久性タフネスも備えさせてありますわ」


アステラは空中から見下ろしながら口を開く、同時にキメラントが巨体に似合わぬ速さでセラに迫ると左腕を振り上げた。


「些か残念ですがさようなら」


アステラが言い放つと同時に左腕が振り下ろされる、その直前にセラが人差し指をキメラントに向けた。


「“絶凍地獄コキュートス第四円ジュデッカ”」


そして振り下ろされる瞬間に詠唱が響く、するとセラの指から白い光線が撃ち出されてキメラントの胸部を貫いた。


キメラントを貫いた光線はアステラの横を通って壁を貫く、そしてキメラントは貫かれた箇所から瞬く間に凍気が拡がっていき、左腕を振り上げた体勢のまま氷像と化すと全体がひび割れていき、セラが杖で小突くと呆気なく砕け散った。


「…その“さようなら”はどっちに言ったもの?」


周囲が白く染まる程の凍気を纏いながらセラはアステラに問い掛けた。

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