明日から俺は死んだ推しと共に
杜若椿(かきつばた つばき)
第1話 そして織田は推しを偲んで酒を飲む
朝目が覚めたら、推しが死んでいた。
携帯のアラームを止めて、顔を洗い歯を磨き、服を着替える。
寝ぼけ眼でアプリのログインボーナスだけもらい、冷蔵庫を開けてブレックファーストの準備に取り掛かる。
そして、寝起きでまだ回らない頭でコーンフレークと野菜ジュースをかき込みながら朝7時半の報道番組を眺める。
これが俺の俺だけのモーニングルーティン。
大学生活3年という年月を重ねて研ぎ澄まされた堅固なルーティンだったが、この日テレビ上に映し出されたテロップでいとも容易く瓦解した。
『女優 有栖川姫
その単語を目が捉えた後数秒後、急に普段は何とも思わなかったテレビから発せられるアナウンサーや芸人の声がやけに煩わしく感じ、テレビを消す。
すると、今度はコーンフレークが魚の小骨みたくいつまでも喉奥につっかえてる錯覚を感じ、急いでコップに入った野菜ジュースを一気に飲み干す。
脳が回り始めて、ようやか先程目にした単語の分析に入る。
「嘘だろ…」
唐突に、変哲もない8月10日は推しの命日と変わったのだ。
◇
気づけば俺はコンビニにいた。
「いらっしゃいませー」
無気力な若者店員の声をよそにコンビニ奥に陳列されていた酒コーナーへ足を向かわせる。
かごに入った350ml缶や一升瓶、さきいかetc..、目に入ったものを可能な限りカゴに入れてレジへ。
何の為に?
分からない、分からないまま気づけば会計も済ましてしまい、いつの間にかジリジリと熱を放つアスファルトの上を歩いていた。
頭の中に薄黒いもやがかかったかのように思考を阻害する。
家に帰り、テーブルの上に買った物を無造作に置く。チューハイ缶を開けて一口飲む。人工的な甘ったるさと主張の激しいアルコールが喉奥から身体に沁み込む。
そこで気づいた。
俺は有栖川姫という女優が好きで、彼女の訃報を心底悲しんでいるのだと。
そう思い至った途端、堰き止めたものが崩れるようにいくつもの滴が頬を伝う。
拭っても拭っても、塩辛い雨は止まない。
頬を伝り切ったそれは、縁から滴り落ちて身体を濡らす。
涙が視界は歪ませる。まるで彼女のいない世界を否定するかのように。
俺はただひたすら酒をあおった。
六畳間の中心でポツンと。大の男が。窓から差し込む西日を背にして。ただひたすらに。
彼女を悼んで俺は酒を飲み続ける。
そうやって飲み続けてどのくらい時間が経ったのか分からない。
トイレに行こうと立ち上がった時、それは急に訪れた。
「…ん?」
不意に視界が揺れ、地震かと思ったが吊るされた洗濯物は揺れていない。揺れているのは俺自身の身体だった。
「あれ…」と思った次の瞬間、妙な息苦しさを感じる。身体が熱を帯び、血液が沸騰しているかのようにゾワゾワと痙攣しだした。
頭が内側からハンマーで何度も殴られるように痛い。脂汗が額から滴り落ちる。
「な…これ…」
視界の片隅に時計の姿を捉えた。21時27分。
迂闊だった…何と俺は3時間以上もノンストップで飲み続けていたのだ。
と、そこで視界が大きく揺れた。壁に叩きつけられる。痛みと吐き気に襲われ我慢できず目をギュッと閉じる。
まるで、今日が全部夢ならいいのにと祈るように。
そこでプツッと意識が途切れた。
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