21.ごめんなさい。言えない

 随分と話が大袈裟になっている気がするけど、殿下曰くこういうことらしい。


 ミーニャ=ベルメール騒動で割れた眼鏡は、かなりの貴重品である。


 実物が破損および紛失しているため検証はできないが、精霊眼を抑制し、なおかつわたくしの目を周囲から隠すような魔法が組み込まれていた。更にそれをわたくしに悟らせないような仕掛けもしてあったはずとのこと。


 わたくしはぼけーっと聞き流していたが、この辺りで思わず苦笑し、陰謀論にストップをかけた。いやいやそんな。


 確かに、あの眼鏡をかけていた間は不思議なものを見ることもなかったし、人から目のことについて何か言われることもなかった。


 が、そもそもを思い出してほしい。

 あれはレオナールとはじめて顔を合わせた六歳の時。婚約者候補殿はわたくしの目つきを大層疎ましく思い、そのことを指摘した。そして眼鏡が送られてきた。


 確かに侯爵家はお金持ちだし、レオナールはボンボンだ。とはいえ、わざわざ特注の一点物を、見下しきっていて嫌いな婚約者わたくしによこすだろうか? 


 少なくとも彼はそういう手の込んだ嫌がらせはしない男に感じる。わたくし、十年ぐらいずっと、彼に無視されるか嫌みをねちねち言われるかの二択で扱われてきたのだし。


 あるいは、レオナールが適当に選んだレンズが、たまたま何かこう、ものすごいミラクルなできばえだったとか……。


 すると殿下は目を細め、このようにのたまわれるのだ。


「それじゃあ、レオナール本人は眼鏡の価値を知らず、ただの受け渡し役にされただけだったのかもしれない。……でもシャンナ。ぼくはね。きみを秘匿しようとした――いや、そんなかわいいものじゃないな。きみの可能性を握りつぶそうとした、誰かの作為を感じるんだよ」


 はじめて眼鏡をかけたのは、確か婚約が決まった時だから、六歳の頃だ。

 正直、昔のことだからあまりよく覚えていない。

 それにやっぱり、わたくしごときにそんな執着をする人がいるなんて考えづらい。


 ――いや。心当たりなら、ある。わたくし本人には何の価値もないが、この翡翠色・・・であれば――それは二十年ほど前に国を揺るがせた、罪の一つを意味する。そのことに、誰かが気がついていたのなら……。


 真っ先に候補に挙がるのは両親になる。気がついたも何も、彼らはわたくしの正体を元から知っているのだ。


 だがあの二人は良くも悪くものほほんとしていて、腹芸とかできない。そもそも目のことなんとかしなくちゃとか思いつかなそうだし、眼鏡も……まあ、本人達の手配なら「スペシャルなプレゼントでしゅよ~!」とか言ってきただろう。


 そうなると、他には一体……ああ、実はもう一人いる。というか、その人しかいなくない? ってぐらい、候補者がいる。だってそれが答えなら――他の謎まで、一緒に解決してしまうのではない?


 だけど、うん……きっと、勘違いですよ。ないない、気のせい。はは。そんなまさか。


 ……とにかく。

 わたくしは殿下に、わたくしの目について画策したかもしれない人物の可能性を――必然的に付随する、翡翠色が持つもう一つの意味を、話したくはなかった。少なくともわたくしの口からは。


 だってすべてが明らかになれば、もう今まで通りではいられない。わたくしは高貴なる男性を騙したとして、断罪されることになるだろう。彼女・・がかつて、そうだったように。


(成り行きで選ばれた世話係。最初は振り回されて驚かされてばかりだけど……いえ今もそうだけど。でもひとりぼっちだった頃より、殿下が一緒にいてくださる時間の方が、ずっと楽しい……)


 ごめんなさい。これはよくないこと。わかっている。

 でも、本当のことを話せば、もうこの時間は終わりになってしまう。


 皇子殿下は雲の上のお方。そんな方と名目だけでも世話係として側近く侍ることのできる幸せ。

 あと少しだけ、夢を見させて。きっとここが、一生の山場だから。


 ――そうしてわたくしが「知らない、わからない」と答えると、皇子殿下はひとまずそれ以上の追究をやめ、今度は店主と話し始める。


「ちなみになんだけど、精霊眼が隠せるような眼鏡がほしいって言ったら、この店で買える?」

「なんだい坊ちゃん、あんたも嬢ちゃんを隠しておきたいってか? それとも厄介な力だって?」

「ぼくはシャンナはシャンナのままで過不足ないと思ってるけど……彼女、シャイだから。あと、急に見えすぎるようになって、負担になっているみたいなんだ」

「そういうことならまあ……眼鏡の現物を今日中は無理だが、ちったあ役に立つもんがあるだろ」


 ああ、罪悪感……本当に、こんなによくしていただいているのに、嘘をついてしまった。今からでも言った方がいい? でも、舌がうまく動かない。


 まごまごしている間に、店主が怪しげな布をどこかから出してきてくれた。

 なんでも、魔力遮断効果があるらしい。


「寝るとき被っといたら、多少は目が休まるだろ?」


 なるほど、簡易アイマスク。お値段も手の届く範囲だったので購入した。何も買わずに帰るのも悪い気がしたし。


 ちなみに地下一階で合流したところ、クリスタは魔力を流すときらきら光るおもちゃを貰ってはしゃいでいた。クリスタがキャッキャと笑うと、隣で超良い姿勢で立っている真顔の兄がピカピカ照らされるのが、見ていてなんかじわじわくる。


 ロジェは光るおもちゃを羨ましそうな目で見ていたが、


「買います?」

「いや……学園に持ち帰ったら、色んな意味で言い訳ができねえ」


 と断念することにしたようだった。五歳児と同じ趣味の特待生……。

 代わりに手に取ったのがぱっとしない手袋だったからどうしたヤケかと思ったが、これは実用目的だったようだ。


「魔法薬は調合の時、地味にこういうの消耗するからなー。ちょっと値が張るけど、安物一回で駄目にするより、ちゃんとした奴のが最終的なコスパがいいんだよな」


 なんて庶民の知恵も授かってしまった。なるほど……。


 ちなみに殿下はニコニコ歩き回って楽しそうに悩まれた後、最終的に分厚くて古そうな本を購入されていた。


「魔道書、ですか……?」

「みたいに見える、白紙集なんだって!」


 魔道具店って本も売っていたっけ、と思って聞いてみたら、またなんともコメントしがたいものを……。

 白紙ってことはノートなのだと思うけど、そんな物々しい、いかにも呪いの本ですって雰囲気のノート(概念)に一体何を書こうと言うのです……?


「皇子サマってゲテモノっつーか、変なものが好きだよな。あんたとか」

「ロジェくんも結構変人ですよ」

「ああん? 俺は一番のまとも枠だろうが」


 軽口をたたき合っていたら元気も出てきた。

 ああ、やっぱり楽しい。

 ずっと続けば良いのに……。


「また来な。色々用意してやるからさ。次の合い言葉は、『ドブネズミは眠れない』だよ」


 我々がちょこちょこと買い物をしたためか(というかたぶん殿下が無駄に高い魔道書風メモを買ったせいだと思うが……)、店主は上機嫌に送り出してくれた。


 ようやく魔道具店から出られてほっとすると、気が緩んだせいか少し足下が怪しくなる。さっと殿下が手を出してくださった。


「大丈夫、シャンナ?」

「すみません、ありがとうございます」

「長い間付き合わせてしまったものね」

「いえ、こちらこそ……」

「……何をしているんだ」


 そのままぺこぺこ合戦を始めようとしたわたくし達に、ぬっとセドリックが顔を出す。

 ちなみに五歳児はついさっきエネルギー切れになったらしく、今は兄に抱きかかえられてすやすや寝ていた。子どもってオンオフ激しいですね……。


「セドリックもありがとう。いい店を知れた」

「次からは私がいなくても入れるはずだ。ちなみに暗号文は忘れたら、ジョークを言え。受けると入れる」


 早速殿下のノートにメモすることができたな……とかほのぼのしていたわたくしだったが、突如耳に金切り声が届いた。


「いやっ、だれか――だれか助けてー!!」


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