第9話 人参を切る。ずっとカレーでいいのに
「まず、人参を切ってもらおうかな」
「了解」
台所の引き出しを開けて、包丁を掴む。
鋭い切先を見つめていると、自分の手を切らないか心配になるな。
画面の先では見慣れているのに。
そんなことを考えている間に、マヒロは手早く人参の皮を剥いて、上の食べれない部分を落として、まな板の上においていた。
は、はやい。
「包丁の使い方、分かる?」
「おいおい、俺の持ちキャラはナイフ回しが特技なんだぜ?」
「馬鹿なの? ふざけないで」
「はい……ごめんなさい」
素直に謝る。
まあそうですよね、料理はふざけたら普通に怪我しますよね。
大会の前に包丁で遊んで手を怪我したとかなったら、本当に目が当てられない。
真剣にしよう。
「包丁を切る時は左手を丸める……って一般的には言うんだけど、人参を切る時は私は掴んだ方が安全でやりやすいと思う」
「こう?」
「そうそう! 良くできてるね」
ニッコリと、人参を掴んだだけで褒めてくれるマヒロ。
男をヒモにする才能がありそうだ。
「次は切っていくわけなんだけど……ちょっと構えてみて?」
「はい」
一瞬、包丁を逆手に持ってファイティングポーズをして欲しいという意味かと思った。
まあ、真面目に考えるなら、人参を切れる状態になって欲しいと言うことだろう。
左手で人参を、右手で包丁を掴み、体をまな板に真っ直ぐ向ける。
首だけ隣のマヒロに向けて、
「これでいい?」
「うん、出来てる出来てる。じゃあ、輪切りにしていって。あ、輪切りは分かる?」
「大丈夫」
「あ、持ち手を引き気味に切ると楽に切れるよ」
軽く頷いて、作業を開始する。
刃物を扱うわけだから慎重に、真剣に包丁を人参に通していく。
しかし、慣れてないからか全然綺麗に切れず、厚さがバラバラになってしまう。
「じゃ、じゃあ、こうしよっか」
「何か秘密兵器が?」
「そんな大層なものじゃないけど……包丁、落とさないでね?」
そう言って、俺の右手の上に、自分の右手を重ねてくる。
!?
危ない、言われていたのにも関わらず、包丁を落としそうになった。
もう一度包丁を握りしめ、右側から手を伸ばすマヒロを見る。
すると、2つの意味で顔があった。
1つ目は、目線があったということで、2つ目は、物理的に顔が近くにあったということだ。
!?
マヒロの端正な顔をそのまましばらく見つめていると、マヒロの顔がどんどん赤くなっていく。
負けた気がするから本当は認めたくないけど、多分俺も似たようなものだろう。
恥ずかしさゲージが頂点に達した時、
「「ご、ごめん!」」
2人同時に、首を反対側に向けた。
……包丁を持った手はそのままだから、恥ずかしさゲージが下降していく気配は全くないけど。
そのまま、気まずい雰囲気というか、幸せな空間というか、とにかく今の状況がしばらく続く。
「き、切ろうか。人参」
「そうだな。うん、それが目的だった」
目下の目的が頭から抜けていた。
そうだ、人参を切らないといけないんだった。
「じゃあ、いくよ?」
マヒロの手に力が籠って、そっと下に押し出される。
そのまま手の指示に逆らわず何回か切っていくが、恥ずかしさやらなんやらで手がブレてしまって、結局できたのは俺1人で切ったものと変わらない出来だった。
マヒロが手を離す。
「あはは、あんまり上手く出来なかったね」
「そう、だな」
「じゃあ、ここからは私も一緒に作業するね」
お互い上擦った声で会話をする。
そして、マヒロがジャガイモを切っている間に、さっきのことを思い出す。
手……小さかったな。
そうやって右手をさすると、残った感触は新鮮で、暖かかった。
出来上がった、美味しそうなカレーを前にして、
「「いただきます」」
こうやって、マヒロと2人でいただきますをいうのは初めてなのに、それが当たり前のような安心感を覚える。
運命とまでいってしまうとロマンチストになってしまうのかもしれないけど、それに似た何か。
とりあえず、美味しそうなカレーを我慢するのも限界だ。食べよう。
「美味しい……」
「それは良かった。初めての料理が美味しくなかったら、嫌いになっちゃうからね」
「俺が作ったというより、マヒロが作ったようなものだけどな」
「ううん、それはタイキが作ったんだよ。それか、2人で作った!」
「じゃあ、2人で作ったってことにしてもらおうかな」
「うん! それと、ちょっと作りすぎちゃったから、明日のお弁当にしよっか」
「そうだな」
そんなことを話しながら、2人でカレーを食べる。
1番美味しかったのは、お肉でも、マヒロが綺麗に切ったじゃがいもでもなく、2人で切った不恰好な人参だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます