第95話 イベント

 飛行艇の床って結構冷たい物なんだな。


 誰にも起こして貰えず放置された事でそれを初めて実感した。


 冷たいのは床だけじゃ無いけどな!


 時間が経って少しだけ動ける様になったので床を這いずりながら部屋へと戻る。


 情けない……


 部屋の扉を何とか開けてベッドへと潜り込む。身体が沈み込んで行く様な感覚を覚え、そのまま目を閉じていると眠ってしまっていた。


 朝になったのか、窓から差し込む日差しが眩しく、目が覚めてしまった。


「体、だりぃ。調子最悪だな」


 ゆっくりと身体を起こすと、そこかしこからミシミシと音が鳴る。


 スキル付与はこれがあるから簡単には使えないんだよね。前回よりも症状は軽いが、怠いものは怠い。


「まぁ、王都まではあと半日は掛かる筈だからのんびり休んでおくか……」


 そのまま二度寝を決め込もうと身体を横たえた時、部屋の扉が勢いよく開かれた。


「ハルトさん、ハルトさん!」

「フィンレイ、どうしたんだ? そんなに慌てて」

「ハルトさん、僕、あの、スキ、スキ……」


 えっ? 待て待て。何を言っている?


「ス、はぁはぁ、スキ、スキ……」

「ちょっと待て、いいから落ち着け。ほら、この水を飲んで」

「はい、ありがとうございます」


 手渡したコップの水をゴクゴクと飲むフィンレイの喉の動きが艶かしい。それにアレ僕の飲み差しの水だったよ。もしかして間接キス?


「ハルトさん、聞いて下さい。昨日僕、あまり眠れなくてハルトさんの事を考えていたんです」


 ほほう?


「そして、朝になって気づいたんです!」


 ふむふむ。


「僕……あの」


 顔を赤らめながら両手を胸の前で固く握り、上目遣いで僕を見上げて来るフィンレイ。


 これはアレか? 


 空の彼方で僕に愛を叫ぶ、ラブラブ告白イベントなのか?


 しかし、僕もフィンレイも性別は男。結果はどう足掻いても決まっている。その気持ちは嬉しく思うが、答えてあげる事は出来ないな。


 ボワワワーン!


 そう考えていると、突如おかしな音と共に紫色の煙が湧き出し、中から黒い悪魔が現れた。


 何だ?


(ふふふ、俺様はお前の本心だ。さぁ、早いとこやる事をやっちまえよ!)

(何を言っている?)

(そこの扉を閉めて今すぐにフィンレイをベッドに引き摺り込んでしまえば良いんだよ!)


 馬鹿な事を……大体、フィンレイは男だぞ?


(クックック、アイツの顔をよく見てみろよ。性別なんて些細な事だと思わんか?)

(うーむ、確かに……)


 ボワワワーン!


 またか? 今度は恐らく天使なんだろうな。


(何をグズグスしている。早く手篭めにしてしまえば良いんだよ!)


 まさかの二匹目!? 僕には良心は無いの?


(今がチャンスだぞ!)

(据え膳食わぬはなんとやらと言うだろう?)


 頭の周りをグルグルと回りながら急かしてくる、僕の顔をした二匹の悪魔。


 その言葉があまりにも魅力的に思えてしまい、身体が勝手にフラフラと動き始める。


 ボワワワーン!


 ええ? また? でも今度の煙は紫色じゃなくて真っ白だぞ?


(待ちなさい!)


 やっぱりか。フワフワとした白い羽を生やして頭の上には輝く輪っかが浮いている。僕の良心だな。


(こんな朝っぱらからそんな事をしてはいけません。今は告白を受け入れて、夜になってから部屋へ来る様に伝えるのです。そうすれば誰にもバレません!)


 見た目だけで、中身は邪心じゃねぇか!


(お前、頭良いな)

(よし、それで行こう!)

(((さあ、やれ!)))


 煩いわ! 浄化!


(ぐわぁぁぁ!)

(く、苦しい……)

(身体が消えていく……)


 何とか三邪心を消し去ったものの、問題は全く解決していない。


「あの? ハルトさん?」


 フィンレイは凄く悩んだ筈だ。それこそ、眠れなくなる程に。だが、そんな二人の間を性別が邪魔をする。しかもフィンレイは巨根だし……


 断ったら……


 フィンレイの顔をまじまじと見てみる。目が合うと、小首を傾げて愛くるしい笑顔を僕に向けて来る。


 ダメだ。僕にはこの笑顔を曇らせることなんてできないよ。


 そうさ、性別なんて本当に些細な事でしか無い。


 大切なのは、お互いをどう想っているかだよな?


 四人目の婚約者が男だって言ったらみんな、どんな反応をするだろう?


 レヴィは……怒りながらも渋々、許してくれそうだよな。


 風香は、間違いなくブチ切れて殴り掛かって来るだろうな。だが、どんなにボコボコにされても僕が意見を変えない限り、いつかは許してくれる。


 シャルだったら、それも面白そうとか言って自然に受け入れてくれるよな?


 何だ、三人とも大丈夫じゃないか。


 それなら、フィンレイの手を取っても良いよね?


 四人目の婚約者として……


 僕の腹は決まった。


 パァン!


 自らの頬を両手で叩き、気合を込める。


「ハルトさ……」

「フィンレイ!」

「は、はいぃ!」

「待たせて済まなかった。話を聞こうか」


 全てを受け止めてやるよ! さぁ、来い!


「あの、僕……スキ「喜んでぇぇ!」 ルが身に付いたんです!」

「えっ?」

「えっ?」


 告白じゃ……ない? スキルが身に付いた?


 そういうこと? 僕の勘違いかよ……


 差し出した右手の行き場がない。意味もなくワシワシと動かしてみる。


「ハルトさん、今、何て? よろこんで?」

「いや、違うよ。よろ、よろこ、喜ばしい事じゃないかって言ったんだ」

「そう……なんですか?」

「そうだよ! スキルを習得出来たんだろう?」


 何とかごまかして話を進めると、フィンレイはキラキラした笑顔になって早口で捲し立て始めた。


「そうなんです! 昨日ハルトさんの言った事が気になって、ずっと考えていたんです。朝になって、何となくライセンスを確認したらスキルがあって……念願の錬金術スキルを手に入れたんです!」


 そう、関係ないね ←

 殺してでも奪い取る


 ピッ


 そう、関係ないね

 殺してでも奪い取る ←


 ピッ、じゃねぇよ!


 大体、僕が付与したんだからね?


 勘違いさせられたからって、それはいくらなんでも大人気ないだろう!


 自分の中のモヤモヤを何とか抑える。


「良かったな。きっとフィンレイの今までの努力が報われたんじゃないか?」

「そうだと良いんですけど……」

「間違い無いさ。他のみんなには伝えたのか?」

「いえ、一番最初にハルトさんに伝えたくて……」

「それはいけないな。アリーセさんもロザリンドさんも、きっと喜んでくれるさ。早く伝えておいで」

「はい! 行ってきます!」


 満面の笑みを浮かべ、ペコリと頭を下げてからパタパタと足音を響かせ、フィンレイは部屋を出て行った。


「危なかったぁ。言い方が紛らわしいいんだよ、まったく……」

「何が危なかったのかしら?」

「うわっ、ビックリした!」


 部屋の中にはいつのまにか、アリーセさんが居た。


「ハルト君、何が危なかったの?」

「い、いえ、別に何でもないです。ただの独り言ですから、気にしないで下さい」

「へぇ、独り言ねぇ…………喜んで」ボソッ

「アリーセさん!? 聞いていたんですか?」

「うん、しっかりと聞いたわよ?」


 一番ヤバい人に知られてはいけない事を知られてしまったようだ……


「ハルト君、王子に手を出さない様に言っておいた筈なんだけど?」

「嫌だなぁ、そんな事しませんよ。僕には三人の素敵な婚約者がいるんですから……」

「婚約者ねぇ……今は確か、オウバイの王都に居るのだったかしら? 是非紹介して欲しいわぁ。喜んで! の下りなんかは詳細にお教えしてあげたいし……」


 ヤバいヤバいヤバい!


 どうする? 春人? こうなったらアレの出番か?


 新朝霧流奥義! 


 スライディング土下座with五体投地!


「すんませんでしたぁぁぁ!」

「あらあら、どうしたの?」

「誰にも言わないで下さい! 何でもしますから!」

「何でも?」


 アリーセさんの瞳がキラリと光る。


「あ、あの、命に関わる事とか、人としての尊厳に関わる事以外でお願いします……」

「うふふふふ、そう、良いわよ。じゃあこれにサインして頂戴ね」


 アリーセさんは一枚の紙を取り出して僕の方へと差し出している。


 誓約書だ。それも魔法による物でサインすると決して反故にする事が出来ない強制力を持った物である。


「どうしたの? サインしないなら……婚約者の方々に……」

「するする、今しますから!」


 そして、僕は悪魔との契約を結んでしまった。


「良いものを手に入れちゃったわ。精一杯働いてもらうわよ? ハルト君」

「うう、はい……」


 弱みを握られて仕方の無い事とはいえ、早まった事をしてしまった。僕、大丈夫かな?


 何をさせられるのか不安で仕方ないよ。とほほ。


 憂鬱な気分のまま部屋を出ると、中央のリビングでは大きな身振りで嬉しそうに話すフィンレイとその報告を聞いて祝福しているみんなが和気藹々と談笑していた。


「フィンレイさん凄いです! ついでに是非、塗る塗るピンクちゃんを作って下さい!」

「あはは、レスリーさん。僕じゃあそんな高度な物はまだ作れませんよ」

「いえ、大丈夫です。絶対に出来ますよ。だからお願い……」

「レスリー、フィンレイに無理を言うんじゃないよ」

「あ、ハルトさん」

「大体何でそんな物が必要なんだよ?」


 ふっと顔を晒すレスリー。その顔は、やや悲しそうに見える。


 塗る塗るピンクちゃんてアレだろ? 


 漆黒を漆黒で無くしてしまった秘薬。それを欲しがるって事は……


「元に戻ったんだな? 漆黒」

「ううぅ、何で分かるんですか?」

「ふふふ、いつかは戻ると思っていたけど、案外早かったな」

「私に何をしたんですか!」

「何もしていないさ。レスリーは元々色素が濃い体質なんだろうね」

「しきそ?」

「あー、色の素だよ。髪とか肌とかのね」

「体質……なんですか?」

「そう、だから美白効果がある薬剤を塗る事で一時的には色が落ちるけど、継続的に塗布しておかないと、すぐに色が元に戻るのさ」

「がーん、じゃあ私は……」

「ククク、漆黒の先端の復活だな。今日の夜は復活祭を開催してやるよ。良かったな、漆黒」

「嬉しくねぇぇぇ!」


 うん、やっぱり漆黒と言う呼び方はしっくり来る。


 おめでとう、漆黒!


 部屋の隅で膝を抱え、暗黒のオーラを出しながらブツブツと呟く漆黒を全員で見なかった事にして、朝食を頂く事にする。


(元に戻る……お嫁に行けない……)


 黒くなくても、残乳なんだからどっちにしろ行けないよ。諦めな!


「もうそろそろ到着しそうですね」

「あれ? 早く無いですか? まだ朝方ですよ?」

「風の影響じゃないかしら。今はこの辺りを飛んでいるから……あと二時間くらいで到着する筈よ?」


 空の旅も、もう終わりか。オウバイに着けばみんなに会える。気がはやるなぁ。


 オウバイの王都近くの発着場へ到着し、着陸も無事に終えた。


 飛行艇のタラップを降り始めると、その側へ近づいて来る一団が見える。その中から一人の女性が進み出てきて、僕たちへ向けてニコリと笑う。


 恐らく、フィンレイのお姉さんだろう。顔がそっくりだ。フィンレイをそのまま大人にした感じで、一言で言うと、美しい人。


 でも、何でここにいるんだろう? フィンレイのお出迎えなのかな?


「お待ちしておりました。オウバイへようこそ。ハルトさん」

「えっ? 僕?」

「はい。父王の命令でお迎えに上がりました。ミシェル=ブラックです。今後ともよしなに」


 レックスさんか……そこまでして貰う程の事はした覚えがないんだけどなぁ。


「姉上! お体は大丈夫なのですか?」

「フィンレイ、お役目ご苦労様。今日は調子がいいのよ」

「姉上、聞いてください! 僕、スキ……」

「フィンレイ、今は王命を遂行中です。話は後にしなさい」

「でも……」

「フィンレイ、聞き分けなさい」

「はい……」


 あらら、すぐに報告したかっただろうに……


 ミシェルさんはお堅い人なんだね。だけど今回は聞いてあげて欲しいなー。


「ハルトさん。王宮までご案内致します」

「その前に一つ、お願いがあります」

「はい、なんなりと」

「僕達はその辺で休んでいるので、五分だけでもフィンレイの話を聞いてあげてくれませんか」

「ハルトさん……」

「お願いします!」


 頭を下げて頼み込んでみる。


「おやめ下さい! 分かりましたから!」


 困った顔で慌てて了承してくれるミシェル。案外素直に聞いてくれたな。


 二人が僕達から少し離れた場所まで歩いて行った。


「ハルト君、優しいのね」

(感謝する)

「良いんですよ。それと、ロザリンドさん。感謝するならもう少しゆっくり投げて下さい。額を直撃してます」


 紙礫をぶつけられ、額から煙を上げながら苦情を言いつつ、フィンレイとミシェルの様子を伺うとミシェルが驚いた表情の後、フィンレイを抱きしめていた。


 ちゃんと言えたみたいだな。


 良かったねぇ。姉弟愛って良いもんだね。

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