第31話 ダンジョン探索 下

 

「流石にありがち過ぎるだろ……」


 古びた洋館。迷路の庭。この二つが揃う事で嫌な予感が止まらない。


「何でこんな場所に家が建っているのよ……」

「誰が建てたにしろ、あそこに行かないって選択肢は無いだろう。行くぞ!」


 うん、やっぱりそうなるよね。


「本当に行くんですか?」

「当然だ」

「よく考えて下さい。こんな場所に家を建てるような人がまともな人間のはずが無いでしょう?」

「それで?」

「僕たちの目的は外へ出ることです。あれはスルーして出口を探しましょうよ」

「それは出来ない相談だな。俺の勘が言っている。あそこにはかなりのお宝が眠っているとな。今回の件で俺はパーティーメンバーを失った。新たなメンバー募集もしなくてはいけない。その間、俺一人ではまともに依頼をこなせないだろう。だから稼げる時に稼いでおきたい。悪いが付き合って貰うぞ?」

「悪いなんてこれっぽっちも思って無いですよね? ちなみに僕達が二人とも断ったらどうします?」

「それは……」

「一人であそこに行きますか?」

「一人では無理だな」


 それじゃあ、レヴィ次第か。


「レヴィ、どうする?」


 振り返ってみると、レヴィの目がキラキラと輝いている。


「お宝……」

「レヴィ!」

「な、何よ?」

「あそこに行くかどうかの相談だけ……」

「行く!」

「危険だとはおもわ……」

「絶対に行く!」

「アッハイ」


 ダメだ。説得する余地すらないよ。


「ハルト。決定だな」

「分かりました。だけど条件を付けさせて貰いますからね?」

「どんな条件だ?」

「僕が危険だと判断したら撤退します。これは絶対です」

「意見が別れたらどうする?」

「レヴィは僕の判断に従ってくれるはずです。その時はお一人で探索を続けて下さい。レヴィはそれで良いだろう?」

「ハルトの判断には従う。だけどダンジョン探索には少しの危険はつきものだからね?」

「そこは考慮する。だけど絶対にダメだと思ったらすぐに撤退。二人ともいいね?」

「「分かった」」


 必要最低限の撤退のラインはなんとか確保した。後は慎重に進むだけ。


 植木の迷路の正解ルートは上から見下ろした時に把握してしてあるはずなんだけど、進めど進めど館に到着出来ない。


 これは何かおかしい。


 想定していたルートではここは十字路になるはずなんだが、今進んでいるのは真っ直ぐな一本道になってしまっている。


「二人共、一旦止まって」

「どうしたのよハルト?」

「この迷路、道が変わっている」

「何だと?」

「さっき一度、上から覗いたでしょ? その時に道順を覚えておいたんですけど、ルートが変わっています」

「どういう事だよ?」

「この辺りで十字路のはずなんですよ」

「覚え間違いの可能性は?」

「無いです。何度も確認してみましたよ」

「十字路ねぇ…」


 今しがたまで植木の壁を調べていたエドさんか不意に姿を消した。


「エドさん?」

「どこに行ったの?」


 返事は無い。


「消えた……」

「レヴィ警戒! 離れ離れになるのはマズイ」

「おけ」


 エドさんは何故、急に消えた?


「レヴィ! これは異常だ。一旦撤退しよう」


 返事は無い。


「レヴィ?」


 後ろに居たはずのレヴィが何処にも居ない。


「何だ? レヴィ! どこだ!」


 僕の声だけが虚しく響く。


 どうする? 一人でここを逃げ出すか?


 レヴィを置いて? エドさんならまだしもレヴィを置いて離れる事は出来ない。却下だ。


 さてと、どうするかな。このまま進むか? そう考えた瞬間に視界が変わる。


「何だ? ここは……」


 さっきまで見ていた緑色の植木の壁は消え、どこかの室内に居る。


「ようこそ、実験体君」

「誰だ!」

「名乗る必要は無いよ」


 左右に別れた階段の上から一人の男が姿を現した。真っ黒な服を全身に纏い、赤色のコートを羽織っている。


「レヴィとエドさんは?」

「君の連れの二人の事か? あいつらも大切な実験体だからな、俺が預かっている」

「大人しく返すつもりは?」

「あると思うかな?」

「目的は何だ?」


 僕が言葉を発した瞬間にまた視界が変わる。得体の知れない男を見上げていたはずだが、今は同じ高さに立って相対したいた。


「ほう、動じないか」

「何をした!」

「君が知る必要など無い!」


 また視界が変わる。男の顔が目の前にある。


 反射的に左拳を男の顔に叩き込んだ。


「ぐあ!」


 顔面のど真ん中に命中し鼻血を出しながら男はよろめいた。


「貴様ぁ!」

「油断をしすぎなんだよ!」


 コイツは間違いなく敵だ。ならば手加減する必要も無い。


 男に向かい走り出す。


 先制攻撃だ。見えないパンチ!


 が、拳が空を切った。


「えっ?」


 見えないパンチが外れたのは初めてだ。


 突然背中から衝撃を受けて吹っ飛ばされる。


「何だ⁉︎」


 受け身を取り、体制を整えて、後ろを振り向いた。


「誰も居ない?」

「どこを見ている!」


 またもや背後からの攻撃に、なす術もなく転ばされた。


「ぐっ、あ」


 正体不明の男に足で喉を踏まれて、声を上げる事も出来ない。


「さてと、それじゃあ頂くぞ!」


 右手で顔を鷲掴みにされ、宙に吊り上げられる。握られた頭からミシミシと音が鳴る。


 なんて馬鹿力だよ。


 痛みに耐えきれず男の腹に蹴りを入れ、怯んだ隙に何とか逃れる。


「ちっ、ハズレか」


 ハズレ? 何の事だ?


「次は全て頂くぞ!」


 どこから来る? 後ろか?


 壁を背後にし、防御体制を取る。


「こっちだよ!」


 あれだけ警戒していたにも関わらず、喉を掴まれ壁に頭を打ち付けられる。


 衝撃で意識が軽く飛ぶ。


「くっ、あがっ」

「ほらほら、少しは抵抗してみろよ」


 これはマズイな。出し惜しみしてる場合じゃない。


 義手に仕込んだ刃を出し、男の顎を目掛け突き上げる様に拳を繰り出す。


 しかし至近距離で、しかも完全に不意をついた攻撃も簡単に躱わされてしまった。


「危ない危ない。お前中々物騒な物持ってるな?」


 今そこにいるはずの男が一瞬で離れた場所に立っている。


「ハァハァハァ」


 身体が酸素を求めている。荒い呼吸を何とか整え、男を見据える。


 アイツは何をしている?


 何故突然現れるんだ?


 良く考えろ。


 目で追う事すらできない速さで動いているのか?


 いや、それなら何となくでも、気配くらいは感じるはずだ。


 相手を良く観察しろ。


 半身で左手を前に出し構える。


 全身の力を抜いてリラックスし、神経を研ぎ澄ませ、前後左右全ての方向へ意識を向けて、全てに対応しつつ男に視線を集中する。


 まだ動きは無い。


 アイツはそこに居る。


 男は右手を後ろに引いた。


 視界から男が消えた。


 一拍置いて右手を地面に突き水面蹴りを放つ! 近くに現れた男の両足を薙ぎ払った。


「何だと⁉︎」


 尻餅を突いて、驚いた表情で僕を見ている男に向け蹴りを入れるが、また男は消えた。


 少し離れた場所に立っている男。


「お前何者だ?」

「さぁ?」

「良いぞ! 気に入った!」


 男の目が真っ赤に染まる。


「決めた。お前はここで殺す!」

「その目は……人じゃ無いのか?」

「クックック、そんな物はとうの昔に辞めている!」


 一瞬で距離を詰められる。両腕で顔をガードし、防御体制を取る。


 男の拳は重い。ガードしている腕の骨が軋む。時折繰り出される蹴りを足で捌く。


 反撃する隙すら見えず、防御に徹する。


 猛烈な速さの左右の連打を両腕で頭を庇って耐えながら、冷静に男の異常なまでの速さの移動方法を考える。


 恐らくは、何らかのスキルを使用している。


 何かヒントでもあればと鑑定を使用するが、その鑑定も何かに弾かれたようで、何一つ判らない。


「さっきまでの威勢はどうした! 少しは反撃して俺を楽しませてみろよ」


 何かヒントは無いか?


 視線を床に落とすと先程男が流した血が目に入る。単純に速く移動しただけなら血の跡が付くはずだが、床に付いた血痕は完全に途切れている。


「おらおらおら! どうした! そんなもんかよ!」

「調子に乗るな!」


 一瞬の隙を突いた反撃はまたしても空を切る。男は数メートル離れた場所に立っている。


 もう考えられるのは一つだけ。男は空間を転移している。


 それなら最初に転移させられた時にラーニング出来ているはず。


 チャンスは一回のみ! 相手が何も知らない今しか無い。ぶっつけ本番になるけどやってみる価値はある。


「どうした、手も足も出ないか? 中々楽しませて貰ったが、遊びはここまでだな」


 男も本気を出すみたいだな。


 自分に今出せる最大の技を叩き込んでやる!


 腰を軽く落とし、呼吸を整える。


 左足を踏み込む瞬間に男の背後に転移する。


 成功した。


 踏み込んだ足から螺旋の動きで腰を捻り、力を余す事なく右手に伝え、背後から発動!


 発勁!


「ぐぁぁ!」


 ドン! という音と共に男が吹っ飛んでいく。


 左手の掌に右拳を当てて一礼。


「押忍!」


 強敵と戦った後のせめてもの敬意を表した。


 男の腹には大きな穴が開いていて、大量の血が流れている。


「テメェ、何者だ?」

「まだ、生きてるのかよ」

「名を……名乗れ」

「ハルトだ。でも死んでいくアンタには関係ないだろう?」

「俺はヒューイ。俺たちはいずれこの世界を滅ぼす。忘れるなよ? 貴様の顔と名前はこの身に刻んだ! お前は必ず、この俺の手で殺す!」


 そう言うとヒューイは霧のように掻き消えた。


「また面倒な奴に目をつけられたな。あれで死なないなんてな」


 さて、これでヒューイはしばらくの間は戻って来る事は無いだろう。レヴィとついでにエドさんを探さないとな。


 全身の治療をしつつ、手近にある部屋を片っ端から開けて行く。勿論お金になりそうな物は有り難く貰っておいた。二階の部屋には誰も居ないが、高価そうな装飾品が数多く置いてあり、ホクホク顔になる。


「いくら位で売れるかな?」


 鑑定を使用して確かめてみる。


「あれ? 何でだ?」


 いつもならすぐに鑑定出来るはずなんだが、何一つ出てこない。もう一度試してみるが結果は同じ。


「おかしいな?」


 ライセンスを出して確かめてみる。


名前 ハルト


種族 人属


年齢 17


職業 無し


技能 

光魔法LV2 格闘術LV1 聖魔法LV1


特殊 物理耐性LV1 空間転移


固有 ラーニング


「何でだ? スキルがほとんど無いぞ?」


 幸い、光と聖、二つの魔法はそのままだったが他にも色々あったはずだぞ?


 鑑定以外は全然使わなかったけど……


「もしかしてヒューイか? あの時ハズレだの全て貰うだの言っていたよな?」


 という事はヒューイは人からスキルを奪う事が出来るのか? 


 あれだけ強いのに更にスキルを奪えるなんてなんて迷惑な存在なんだよ!


 それに気になる言葉を残して行った。


 いずれ世界を滅ぼ者だと。ヒューイがそうなのか?


 あの憎しみに満ちた真っ赤な瞳。アイツに何があったかは知るよしも無いが、世界を滅ぼすなんてさせる訳には行かないな。


 僕にはまだやらなくてはいけない事が沢山ある。あの怪我だから今すぐに何かをやる事は無いとは思うけど、頭の片隅にでも入れておく事にする。


 二階の探索を終えて一階に取り掛かるが、ここでもレヴィとエドさんは見つからなかった。


「どこにいるんだか……」


 更に一階を探索すると、地下へと続く階段を発見した。


「地下ね……どうやらこの先に居そうだな」


 光源!


 暗い階段を照らしながら慎重に降りる。


 なんだか変な匂いがする。物が腐っている様な嫌な匂い。


 階段を降りきって辺りを観察すると、やはりというか地下牢へと辿り着く。


「レヴィ? 後、ついでにエドさん? 居るー?」


 すると奥の方から怒鳴り声が聞こえた。


「ついでとは何だついでとは! お前ハルトだろ? さっさとここから出してくれ!」

「何だエドさんか。レヴィは?」

「知らん! なんで俺がこんな場所にいるのかもさっぱりなんだからな」

「あー、鍵が掛かってますね」

「持って無いのか?」

「今来たばっかりなんですよ。あるわけないでしょ」

「その辺に無いのかよ?」

「レヴィも探さないといけないし、辺りを確認してきますね」

「なるべく早く頼むぜ」


 怪我もしていない様だしエドさんの事は放っておいて大丈夫そうだな。


 地下牢を更に奥へと進む。いくつかの牢は鍵が掛けられておらず扉が開いている牢まであった。


 中には住人が居たが、何年も放置されているらしく白骨化している。


「どのくらいここに入れられていたのだろう?」


 浄化!


 念のため魔法を掛けてみると、骨は崩れ去り瞬く間に消えて行った。


「僕に出来る事はこれだけです。どうか成仏してください」


 何もない空間に一礼して、探索を続ける。


 鍵らしき物は見つからないまま、最奥までたどりついてしまった。


 その突き当たりには牢では無い、両開きの扉がある。


「開けるしかないよな……」


 警戒しながらゆっくりと扉を開ける。


 キィィィと嫌な音たてて扉が開いていく。


 部屋の中を覗いた瞬間に後頭部に何かが降ってきた。


 ゴン! という音と共に鋭い痛みを受け、思わず、床にうずくまってしまう。


「ふん! このレヴィ様をいつまでもこんな場所に閉じ込めておけるとでも思ったの? 残念ね」


 頭を抱えて痛みに耐えていると脇腹を蹴り上げられた。


「さあ! さっさとこれを外しなさい!」

「レヴィ……酷いよ。せめて確認してから殴ってくれない?」

「ハルト⁉︎ やだ、ホントに? ごめんなさい! あの男だと思ったのよ」

「うん、事情は大体分かっているから良いけどさ。手加減くらいしないと普通は死んでるからね?」

「やあねぇ。ちゃんと殺すつもりで殴ってるわ。ハルトは丈夫よねー」


 ニコッ、じゃ無いんだよなぁ。可愛いから許すけどね。


「あの男は?」

「なんとか撃退はしたけど逃げられたよ」

「ハルトはいつも美味しい所を持っていくのよね。私にも少しくらい残しておいてくれれば良かったのに」

「でもヒューイは凄く強かったよ? 最初は手も足も出なかったしね」

「へぇ、ハルトがそう言うなら私じゃあ足手纏いになってたかもね」

「そこまでは言わないけど怪我くらいじゃ済まなかったかもね」


 ヒューイの最後に残した言葉、いずれ世界を滅ぼすと言った事はまだ僕の胸の中だけに留めておこう。レヴィに余計な心配はさせたくないから。


「それにしてもこの部屋、何にも無いんだね」


 レヴィに付けられている手枷を外しながら室内を観察する。


「ふふーん。全部根こそぎ頂いたわ!」

「レヴィは逞しいねぇ」

「お金になるなら貰っておかないと損をするだけでしょ? 人の事をこんな場所に閉じ込めるような奴なんだから何をされても文句は言わせないわ」


 気持ちは分かるけど、何も机とか椅子まで持っていかなくても良いんじゃ無いの?


 そう言おうとしてレヴィの顔を伺ったがどうやら本気で怒っているみたいで何も言えなかった。


「レヴィ、牢の鍵とか無かった?」

「鍵? これの事かしら?」


 レヴィがバッグから鍵の束を取り出してくれた。


「うん多分これだね。エドさんを出してあげないと」

「何よ? 牢に入れられているの?」

「うん。まあエドさんは怪我もなさそうだし、もう少しこの部屋を調べてみるかな」


 レヴィが見事に奪い尽くした後に残されているのは本棚にある書籍くらいだ。パラパラとめくってみるとヒューイの独白が綴られている。


 その内容は思わず同情してしまう程で裏切りに次ぐ裏切りで世界全てを呪う言葉で埋め尽くされていた。

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