DAY23-2 ブラックギルドマネージャー、潜入捜査する

 

「にはは~っ♪ えっちな匂いがいっぱいだ~っ!」


「こっちはシチュエーション重視のお店、あっちはプレイ重視のお店、あそこは……あふっ! あぶの~まるっ!」

「ねえねえ、クレイ! 今後のえっちバリエーション開拓のためにも、あそこのお店に行ってみよ~よっ!」


「……まずは涎を拭きなさい、アル」


 ぺこん


「やんっ♪」


 私たちがターゲットとするマフィア幹部のシン。

 彼の担当する風俗街は、王都の繁華街の中でも特にディープなエリアにあるので……サキュバスちゃんであるアルは絶好調だった。


 頬を真っ赤に紅潮させ、涎まで垂らしている。

 興奮のあまり、ちらちらとケモミミと魔族の尻尾が見えてしまっている。


「今夜はアルが満足するまで何時間でもシテやるから、まずはそのだらしない表情を引き締めて……ほいっ!」


 むにむに


「むぎゅぅ……クレイ、やくそくだよ?」


 半アヘ顔のいたいけな少女、という大変教育に悪いアルを矯正すべく彼女のムチムチほっぺを引っ張る私。

 特大のエサを放り込んだおかげか、何とか正気に戻ってくれたみたいだ。


「ふぅ……レイトンさんから聞いたヤツらの”シマ”はこの辺りだが……」


 まだ宵の口だというのに、裏路地に拡がる風俗街はたくさんの男女でごった返している。

 薄汚れた建物の影で行為に及んでいる連中はまだしも、視線が定まらず、ふらふらと歩きながら奇声を上げている連中……アレは、魔麻薬か?


 読んで字のごとく、魔法的に強化されたドラッグであり、どの国でも禁止されているヤバい奴だ。

 いままでの”混沌の鷹”は犯罪組織ではあるが最低限の仁義は通す連中であり、薬物には手を出さなかったはずだが……。


 やはりボスが変わったことで方針転換したのかもしれない。


 そんな劣情と混沌が支配する風俗街の中心部、目立たない2階建ての建物の窓から興味なさげに通りを見下す一人の男。

 ざっくりと切りそろえられた蒼い髪、鋭いがやる気のない眼差し。


 彼がシンで間違いなさそうだ……私はアルに目配せし、建物の裏口に回る。


「ん~? この建物、中にさっきのおにーさんしかいないね?」


 不思議そうな表情を浮かべるアル。

 心眼を使うまでもなく、私もアルと同じ結論に達していた。


 マフィア幹部のアジトだというのに、見張りの一人もいないのだ。

 罠か? いや、もしかして……。


 それでも慎重に周囲の気配を探り、人通りが絶えた瞬間を狙いアルの開錠魔法で裏口のカギを開ける。

 シンがいるのは2階の角部屋。


 私とアルは足音を立てないように慎重に階段をのぼり、シンがいると思われる部屋のドアの両脇に控える。

 どうやってアプローチしようか……私が考えこんでいると、ふいに部屋の中から声が掛けられる。


「……そんなことろに隠れていないで入ってきなよ。 オレを捕まえに来たんだろう?」


「「!!」」


 思わず息を飲む私とアル。

 事務方とはいえ、ギルドマネージャーとしてこのような潜入任務は慣れているし、何よりアルの遮蔽魔法を使っているのだ。

 生半可な事でバレるわけないのだが。


 ……向こうが気付いているのなら仕方ない。

 私はアルと頷き合うと、ドアを開け部屋の中に足を踏み入れた。



 ***  ***


「それで……どの件だよ?」

「オレの店で発生した傷害事件? 組織的な脱税?」


「それとも”魔麻薬”の件か? 申し訳ないがアレはガイスのヤツが勝手にやっていることで、オレは詳しく知らないんだ」


 ”混沌の鷹”の幹部で先代の息子であるシンはやはり護衛の一人もつけず、薄暗い部屋の中気だるげに窓枠に寄りかかっている。

 右手に持ったグラスに注がれているのは度数の高いスピリッツだろうか。

 相当酔っているらしく、足元はおぼつかないが視線は鷹のように鋭い。


 ……なるほど。

 現在のマフィアに嫌気がさしつつも、内なる野心を抑えきれないという事か。

 彼にこちらを害する気が無いことを察した私は、警戒態勢を解くと慎重に”心眼”を発動させる。


 私の蒼い目がほんのりと赤く染まる。

 出力を抑えることで相手の心を読むことができるのだ。


 これは……私はちらりと部屋の隅にある本棚に目をやり、彼の想いが事実であると確信する。


「期待させてすまないが、私は警察の手下ではなく、ギルドのマネージャーとしてここに来ていてね」

「君たちマフィアの犯罪をどうこうする権限は私には無いんだ」


「それより……私は協力者を探している」


「どうだ? 勇者……とまではいかなくても、それらしいことを体験させてやれるぞ?」

「本当は子供の時からマフィアなどに興味はなく……正義の味方に憧れていたんだろう?」


「!? お前……一体?」


 ”本心”を見抜いた私の指摘に、大きく目を見開くシン。

 グラスをテーブルに置き、鋭い視線で睨みつけてくる。


「にはは~っ! クレイは凄いんだよっ! 話を聞いてみなっておにーさん!」


 高まりかけた緊張を、能天気なアルの声が吹き散らす。


「……っっ!」


 機先を制され、困惑の表情を浮かべるシン。


「まずは私の話を聞いてくれ。 実は……」


 イケる……そう感じた私は、シンとの交渉を開始するのだった。

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