第40話 フリードリヒデアグラッセの最後

フリードリヒデアグラッセの最後


 傷ついたFDGに、もはや一欠けらの戦闘能力も残されてはいなかった。まともに舵も効かず、流されるままになっていた。しかもわずかずつではあるが、浸水も発生し、徐々にFDGの艦体は傾きつつあった。

艦長グランス・フェシアンは断腸の思いで総員へ退艦命令を出した。とはいっても艦内にはどれほどの生存者がいるとも知れなかった。サターンの光学兵器によって発生した熱は見た目以上にFDGに深刻な損害を与えていた。艦内を走り回った熱により、直接損害を受けた場所以外の兵も死に追いやられていた。

世界最強を目指し、ドイツ海軍の名を世界に知らしめるために建造されたFDGであったが、ただの一度の戦闘で、しかも勝利することなく廃艦とせざるを得ないことは屈辱以外の何者でもなかった。しかし、先ずは兵の脱出である。負傷者の数は無傷のものの数を上回り、死者の数はそれを遥かに上回った。死者の回収まではとても手を回すことなどできず、キングストン弁を抜き自沈することも叶わないほどの状態であった。

グランス・フェシアンは艦とともに死ぬことを覚悟した。せめてもの死者への手向けのつもりだった。わずかに残った救命ボートで兵が命をつなぐ為に降りてゆく。しかし彼らの顔に生き残った安堵は無い。敵の力を思い知った今、人類の明るい未来など誰も信じることはできなかった。わずか一時、命を延ばすことができたに過ぎない。そういう状況故、艦長とともにFDGに残ろうとする者もいた。しかし、グランスはそれを許さなかった。生き残った者には生き残った者の責任というものが生まれる。例え明日のない星であっても、運命に抵抗し、切り開いていく努力を求められるのだ。

艦は舵の損傷で完全にコントロールを失っている。静かになった艦橋でグランス・フェシアンは艦の行く先を見つめていた。風や波に流され、FDGは次第に敵母船の方へ向かっていた。未だ敵船には輸送船が吸い込まれている。一体どれほどの船が呑み込まれたのか。

このまま艦が進めば、敵船に吸い込まれることになる。その先に彼の死はある。そう予感していた。

彼は懐から一冊のメモ帳を取出し、頁をめくった。中には一枚の写真がはさまれていた。

女性が二名映っていた。一人は彼と同年代に見える年配、一人はまだ十代前半に見えた。

「二人とも幸せになってくれよ」

思わず独り言を呟いていた。彼の妻と娘だった。戦場に出てすでに数年の歳月がたっている。連絡も取れていない。実際のところ二人の息災も定かではない。だが、人として、夫として親として、二人が無事でいることを信じ、そして幸せな人生を過ごすことを願わずにはいられなかった。一方で、死を覚悟した軍人としては、果たしてあの敵船の中はどうなっているのか、それを知り友軍へと連絡をしたいとも考えていた。

また、シュナイダーとの打ち合わせでは重機と一部歩兵が侵入しているはずである。

彼らの力になれることがあれば良いが、とも思うがFDGにできることと言えば、食料の提供と砲弾の補給程度だった。しかもサターンの光学兵器の攻撃による熱で焼かれ、残った食料は少なく、多くの砲弾も熱で誘爆していた。

突然艦橋横に爆音が鳴り響いた。一瞬敵小型飛行物体がとどめを刺しに来たか、と思ったがそれは友軍の回転翼機コリブリだった。パイロットは無線で呼びかけてきた。救助を申し出てくれたのだ。艦の長として一度運命を艦とともにすると決めた以上、ここで救助されるわけにはいかなかった。静かに敬礼で返答する。パイロットも敬礼の意をくみ返礼をする。そして、コリブリはFDGから離れていった。

FDGは敵母船の直下に流されていった。

今までの輸送船同様、敵船に吸い上げられる運命をたどることになった。

が、突然艦橋の扉を開いて入ってくる者があった。ぷんとアルコールの臭いが拡がった。元皇帝ニコライ二世だった。足元はふらつき、顔は赤く染まっていた。それでもウオトカの酒瓶はしっかりと握りっている。あのドタバタの中でも酒に飲まれて眠り込んでいたのか、それとも兵に見捨てられたのか、結局FDGで生き残っているものは二人になった。

「艦長、ここはどこかね、みんなはどこへ行った」

うつろな目つきをしている。

この哀れな皇帝の最後を見届けようか、それとも不幸な死を迎える前に、自分の手でおくってやろうかと考えた。

「陛下、我々は未知の国へと向かうところです。陛下はその国で皇帝の座に再びおつきになられますか」

戯れてみた。

「なんだっていいさ。酒があるところならば」

そういいながら、酒瓶を傾けた。

壊れかけているな、この人は。グランス・フェシアンはそう感じた。


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