第38話 機関室
機関室
プリュムがアポロに案内されたのは機関室であった。途中武装した巨人兵器と数度すれ違ったがやはり何の攻撃もなくすれ違うことが出来た。
「ここが機関室だ。ここから先は今までのようにすんなりとはいかない。ここ専門の作業員ではないと進むことは出来ない。なんとかしてここを破壊しろ。そうすれば、この巨大船は火星へ帰還する」
アポロは通じにくい言葉の壁をゆっくりと丁寧に話すことで乗り越えようとしていた。
プリュムも確実に正確に理解しようと聞き返す。
「この機関を破壊しろと言うことか?機関が無くてどうして飛ぶことができるのだ」
「この船はある程度被害を受けると自動的に根拠地に帰るように設計されているらしい。そして機関室もここだけではない。複数が分散されて配置されている。ここはそのうちのひとつにすぎない。ひとつくらい壊れてもなんと言うことはないらしい」
「良く聞き取れなかったのだが、らしい、という意味の言葉をなんどか聞いたと思うのだが」
「そう、この話は私が実体験したことではない。祖先から引き継がれてきている話だ」
そういってアポロは事情をプリュムに語り始めた。
彼の家系は先祖代々この巨大船の作業員をさせられてきた。彼らは生まれてすぐに教育が始められる。脳に直接基本的な言語、作業をするための最低限でかつ最大の知識をすり込まれる。そして体が作業に耐えられるまでに成長するとすぐに現場に投入される。
親から技術指導を受け仕事を受け継ぐ。成長し子を作り、そして働けなくなると回収される。それが先祖代々受け継がれていく。アポロ自身もあと十年もすれば回収にされるだろうと考えていた。そして回収された後は機械の中に組み込まれていく。
胸糞悪くなる話だった。しかし、これはこの戦いに敗れれば地球人の未来の姿でもあるのだ。話を聞く全員が同じ思いだった。少なくともこの船をどうにかしておけば、しばらくの間は時を稼ぐことはできる。しかし、この機関室を破壊するにしても戦力不足は目に見えていた。敵巨人兵器がうようよしている空間に歩兵が突入したところで、できることは目に見えている。すでに潜入しているであろう味方重機を誘導することが重要な転機となる。一部の兵を重機誘導のために戻し、他は観察に従事する。
「機関室を破壊できたとする。その後の段取りはどうなる」
プリュムにとっては重大な質問だった。アポロの話が本当だとして、破壊行動を起こした後ですぐに敵艦に飛び立たれては、部下ともども宇宙へと連れ去られてしまうことになる。
「おそらくは、発進までに3~4時間の時間が必要だ。私たちが火星を飛び立つときも発進準備にまる1週間かかり、機関に火を入れてからも飛行開始までに6時間かかっている。
機関は温まっているが飛行準備と味方の収容にその程度の時間はかかるはずだ」
だとしても、脱出までの時間はぎりぎりしかない。破壊してから収容口までの移動に1時間はかかる。そこからこの人数を脱出させる手段があるのか、も問題である。回転翼機を呼んでも一度に乗れる人数は限られている。死を覚悟しての出撃であったが、部下を生き延びさせることができるのならば一人でも多く生き延びさせてやりたい、それは指揮官たる者の心情であり責任でもあった。指揮官の最大の責任は戦闘に勝利することであるが、上官としての責任は部下を家族の元へ生きて帰してやることであると、プリュムは考えていた。部下の命を使い捨てにする戦法など統率の外道である。であるから大日本帝国の行う「特攻」を心底軽蔑していた。そして、ナチスドイツの行うホロコーストは軽蔑や嫌悪という言葉では言い表せない心情も持っていた。そしてそれと同等、もしくはそれ以上のことが火星では行われている。地球でも火星でも知的生命体とはこんな程度か、とも思う。所詮他人の不幸の上に己の幸せを築き、他人の命を犠牲にして己の命を繋ぐ、その程度の事しかできないのだ。科学の進歩、文明の発展、そんなものがいくら増進しても人間などいくらも変化しない、進化もしない、進歩もしない、そんなものだ。だから、そんな人間の世界でも他者に思いやることのできる者がいてもいい、他人の幸せのために生きる者がいてもいい、他人の命を繋ぐために生きる者がいてもいい。ゆえにシュナイダーや同朋を一人でも多く生かすために、敵船内への侵入部隊を志願した。数十人の部下の命を失うことを覚悟して。しかし、生かせるものならば生かしてやりたいのだ。そういう部下への思いをもっているからこそ、彼の心を感じ部下も死地へと赴くのだ。
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