第36話 サターン
サターン
黒く輝くボディに、二本の角のようなものが生え、真っ赤な大きな一つ目を顔の中心に備えた頭部、そして大きな翼を有していた。それが、FDGをめがけて飛行してきた。
フォッケウルフがそれに向かって攻撃を仕掛けた。機銃弾が黒い機体に吸い込まれるかと思ったとたん弾かれる。敵は意に介す様子もなく真っ直ぐにFDGに向けて飛行している。
その様子はFDGの艦橋でも確認していた。艦長のグランス・フェシアンは高角砲、対空砲の斉射を命じるとともに、主砲の照準を変更、黒色の敵へと砲を向けた。
幾百幾千もの対空砲弾が黒色の機体に向かう。それだけばらまいても、通常は的に命中するのは数発から数十発がせいぜいである。が、敵は尋常ではない。まず回避運動が小型飛行物体と同等以上に機動的だった。加えて機体を守るための障壁も存在した。当たるであろう数十発の弾丸はすべてが弾かれていた。敵飛行巨人は艦砲の射程に入らないように気を付けながら残存の戦闘機も狙撃する。飛行型巨人は光学兵器を放ち、打ち払おうとするが、打ち払うべきフォッケは多く艦砲射撃も煩かった。そこに僅かな隙が生まれた。動きが単調になったのだ。フォッケを狙い撃つために安定した直線的な飛行を取ったのだ。そうなれば見越し射撃がしやすくなる。FDGの主砲副砲が一気に火を噴いた。
それは残念ながら敵を撃破することはなかった。しかし、障壁を打ち破り敵の機体寸前までに迫った。その衝撃は機体の前進を止め、逆に後方へと弾き飛ばした。
「やはり、出力か!あの障壁よりも出力が高ければ突破できる」
グランス・フェシアンは悟った。FDGの主砲よりもより出力の高い攻撃ができればあの機体は撃破できる。すなわち日本の戦艦信濃に搭載された46cm砲である。そして同時にそれはFDGの主砲では敵に勝てない、FDGは敗北する、ということでもあった。
それを悟ったグランス・フェシアンはコリブリの帰還と空母GTの退避を命じた。
「主砲の次弾の装填を急がせろ、弾幕切らすな!艦の動きは絶対に止めるな」
矢継ぎ早の命令である。しかし次第に敵は接近してくる。そして敵の反撃が始まった。
敵の胸部が左右に開き、ルビー色の半球が現れた。そしてそれが強烈なルビー色の光を放った。その光は一瞬でFDGに直撃した。
FDGの艦首付近に直撃した光は装甲表面をとかし、艦内部に侵攻した。艦首付近にいた兵はその光自体が持つ熱と鉄の熔解したガス、熱で一瞬で死んだ。熱で焼かれ、ガスで肺を侵されて苦しみながら死ぬよりも、即死したほうがはるかに幸せだった。熱は通路を熱風となって駆け抜け、兵をなぎ倒し可燃性物質を次々と発火させた。その危機を救ったのは浸水だった。耐浸水構造のない装甲部分への浸水という通常ならば絶対に避けたい状況がFDGの命を引き延ばした。艦首付近にかかった波が溶解した装甲から艦内に入り、溶けた金属を冷やし、火災を鎮静化させた。
状況を知らされた艦橋では衝撃を受けていた。たったの一撃で受けた損害の大きさとこちらがあれだけ砲弾をばらまいて与えた損害の差が開きすぎていた。
この先の自分たちの運命を改めて強く察したグランスは帰還したコリブリに全ての戦闘資料を持たせ信濃に向かわせた。
信濃は全力で戦場へ向けて航海している。FDGの発砲音は戦場から遠く離れた信濃のところまでも届いている。それは早鐘のように早くやって来いとせかしているようだった。
そこへFDGを飛び立ったコリブリがやってきた。
田代、島村ら司令部はその映像記録を検討した。予想もしない敵の正体に驚愕しない者はいなかった。
「聖書に登場するサターンそのものですな」
島村の一言は敵の容姿をずばりと当てていた。
「FDGの予想から言えば、敵の持つ障壁よりも大きなエネルギーを当てれば、敵を撃破できるようですが、あの素早い動きに対応できるのでしょうか」
気の小さい航海長の速水の発言だった。
「あれの動きを止める切り札があるのですよ、我々には」
仁科が返答した。
「いずれにしろ当面我々の出番ではないようですな」
発言したのは海軍陸戦隊で重機部隊の指揮官金大佐である。元々陸上兵器の重機を艦内で運用することは無理がある。対空兵装の少ない信濃のせいぜいが砲座代わりに配置する程度だ。だが、田代は重機を休ませるつもりはなかった。彼らには彼らにしかできない任務がある。敵母船へ突入して中から破壊活動を行うことだ。ドイツ軍がやったことをそのまま日本軍も行おうというわけである。だが、問題がないわけではない。疲労の極度に高い重機に長時間搭乗したままになる。そして、一度敵に侵入してしまえば、補給が極めて困難になる。ドイツのそれに比べて命中率の低い日本軍の機関砲ではすぐに弾丸が尽きる可能性が高い。弾がなければパワフルな重機とはいえ素手ではできることは限られてしまう。そこで、通常の甲種兵装に加え、扱いの極端に難しい特殊装備の丙種兵装の装備も決めた。
敵の中に侵攻するということ自体は重機部隊に反対の声はなかった。むしろ漸くの出番に喜びの声が上がった。問題は丙種兵装と敵地までの移動だった。丙種兵装はその扱いの難しさからまともに扱えるものは部隊の中にもほとんどいなかった。日本人兵の中に使える者がいる程度で指揮官の金をはじめ朝鮮族、モンゴル人、満洲族にもいなかった。それはすなわち重機用に特別にあつらえられた巨大な日本刀。同じ操縦をすれば、全く同じ動きになるはずの重機が扱う者によって全く違った動きになった。明らかに生身の時から日本刀の稽古を積んでいる兵の方が扱いがうまい。部隊の副官、帯刀少佐などは訓練時一人で七機の重機を倒したほどである。兵たちはその力量の差について、気合の問題だなどとのたまっていたが、事情は深刻である。車両の個体差ではなく、気合の差などで性能に違いが出るなど兵器としては欠陥であるからだ。しかし、補給の困難さを考慮すれば、繰り返し使用できる日本刀は当然の選択、というよりも他に手はなかった。信濃から敵母船への距離を考慮すれば一度しか移送の機会はない。自然、突入部隊のメンバーも丙種兵装を使いこなせる者を優先することになる。
敵前上陸には、重機の運用をあらかじめ想定して設計されたツインローターの回転翼機が三機が予定されていた。ドイツ軍回転翼フォッケ・アハゲリスFa223「ドラッヘ」を参考に設計され、人型重機を懸架可能な様にエンジン出力を強化されていた。しかしながら、その目論見は簡単に崩れ去った。その大きさに比し異様に軽い重機とは言っても乾重量4トン。発展途上にある回転翼機のエンジン出力にはあまりに重く、懸架することは不可能だった。試験の段階では浮き上がることすら出来ず、重機の重量に負けて回転翼機が地面にたたきつけられるという失態も犯していた。そのため、回転翼機による敵前上陸を想定していた海軍軍令部は急遽別の策を講じねばならなくなった。そこで注目されたのが開発中だったロケット戦闘機「秋水」である。元々はドイツのロケット戦闘機「コメート」を技術供与を受け日本国内で研究が進められていたものである。そのロケットの強力な推力を利用して重機を輸送しようというのである。元々秋水もコメートも強力なロケットの力を利用し一気に高度を上げ、燃料が切れた後はグライダーのように飛行しながら攻撃するという極めてコントロールのしがたい代物であった。そのコントロールの難しいロケットで精密な飛行計画など立てられるはずもなく、これを持って輸送機の代替に当てるなどと言うのは愚者の発想か、初期の計画を無理矢理にでも推し進め自己の責任を回避しようとする役人の発想であった。だがそれでも上から与えられた兵器を使い、命令に従わなければならないのが兵士の悲しさだった。
秋水は卵形のボディに両翼がついているのがオリジナルの機体であったが信濃に積み込まれた機体は、ボディ下に重機を懸架する必要があったため卵を半分に切ったような形状をしていた。その容積の減った結果、積み込める燃料が減り、当然の結果として航続距離が縮む事となった。
本来ならば艦上戦闘機の滑走路として使用されるはずだった後部甲板にはいくつもの発射機が設置された。この発射機を使い、腹の下に重機を接続した秋水を打ち上げる。
第一弾で八両の重機を飛ばし、残りの重機は待機になるか、対空砲代わりに残留する。
もう一つの問題、搭乗員の疲労をどうするか、ということであったが整備兵の極めて消極的な提案が採用された。考えてみれば最も合理的で効率の良い方法だった。すなわち操縦桿や座席にカバーをして直接肌が触れないようにする、ただそれだけのことだった。飛行中は操縦する必要はないから、疲労の原因、操縦桿との接触を防げばいい、それだけの発想である。しかしそれで全てが解決した。目的地にたどり着けばすぐにカバーをはずして戦闘行動に入れる。極めて合理的な発想だった。そして選択の余地無く決まったメンバーはすぐに準備に入った。
一方で島村の言葉より仮称「サターン」と称された敵黒色の機体についての対処策も講じられた。課題は二つ。敵の速度にどう対応するか、ルビー色に輝きFDGの装甲に一撃で穴を開けた光学兵器による攻撃をどう防ぐか、である。
「手はある」というのが技術陣の回答である。が、その言葉を司令官の田代は半分も信じなかった。科学技術の万能という物をまるで信じていなかったし、科学者は嘘をつくという事も知っていた。そして機関もまともに扱えない連中が何を言うか、という気持ちもある。だが、彼らの説明は納得のいくものだった。作戦に応用するのに十分なものといえた。
その説得力には、少し見直したところもある。トップである技術大佐の仁科の力量によるものだろう。組織はトップの力量でその力を発揮できるかどうかが決まる、そう考えつつ己の事をかえり省みた。果たして自分は良い指揮官であるのか、部下が十分に力を発揮できる指揮を執っているのか、と。そんなことを考えても詮無いことはわかっていた。しかし考えざるを得ない心境に彼はあった。実戦に乏しい者、素人の民間人、効果もはっきりしない新兵器、それらを十分な訓練も積めずに実戦に突入しなければならないのだ。
しかも敵のまともな資料もない。多少は彼の性格にも責任はあるが、不安にならないはずがない。だが、考えていてもことは始まらない。事を始めるきっかけを作ってくれたのは副官の島村だった。
「重機の即時発艦と全艦の攻撃準備を命じる。各員奮闘努力せよ」
田代の不安を読みつつ、決断を代弁したものだった。
「提督、迷っている暇はありません。死にゆくであろう部下の命を無駄にしないためにも我々はより有効な指揮をとらねばなりません」
島村の言うとおり、田代がやるべきことはわかっていた。FDGから送られた資料を見る限り、戦えば相当の戦死者が出る。その未来に生まれるであろう死者のことなど考えるべきではなかった。戦わなければならない。敵を討ち果たさなければならない。それが今やるべきことなのだ。
「機関全速、FDGを支援する」
艦橋は緊迫感が漂い始めていた。FDGの砲撃音がどんどん大きくなり戦闘が継続中、そしてFDGが健在だということを示していた。
電探のオペレーターが声を上げた。
「電探に感。水上艦のようです。方向から推察するとグラーフツェッペリンと思われます」
生き残ったフォッケウルフを収容したGTは戦場を離脱していた。仮称「サターン」に対しては戦力不足の空母と艦載機を退避させたのは少しでも戦力を残したいというグランス・フェシアンの判断である。その判断は正しい、と田代も考えている。必要な情報を得ればこのままGTは退避させるのが正しい。無駄に兵を消耗するよりも次の戦いに備えるべきである。
砲戦を展開するFDGをかすめ、秋水は飛行した。FDGの艦体の各所に穴が開き、砲塔もいくつか折れている。白煙が立ち上りもはや戦闘の継続は不可能に見えた。苦境の味方を見過ごすのは心が痛んだ。が、彼らにはどうすることもできない。FDGを救う手段は敵母船内部から破壊をする、自分たちにできることをかたづける以外にない。彼ら以上に悔しい思いをしたのはフォッケウルフ隊だった。何もできなかった。サターンに対して何の有効な手も打てなかった。FDGの護衛どころか、サターンに傷一つつけることができなかった。対してフォッケウルフはサターン一機のために9機を失った。
エースパイロット、「ラインヴァイスリッター」白騎士オット・バウリはかろうじて生き延びることができた。サターンに肉薄した瞬間、サターンの胸が光り至近を飛行していた僚機が一瞬で消し飛んだ。その僚機が撃墜される様を見た瞬間、オット・バウリの機体が大きく揺らいだ。片翼がちぎれるように変形している。真っ直ぐに飛行することすらできない損傷である。攻撃を受けたわけではない。僚機を消し飛ばした攻撃の衝撃波だけで機体が損傷したのだ。
一戦も交わることなく撤退を余儀なくさせられるのは屈辱以外の何物でもなかった。
彼は特攻も一瞬考えた。しかし、素直に敗北を認めることも勝利への第一歩、ここで安易な死を選ぶよりも捲土重来の道を選んだ。
信濃は着実に戦場に接近していた。次第に敵母船の姿が大きくなり、FDGの砲撃音も大きくなる。次第に発砲の数が減り、間隔が開いているのが気になっていた。
「電探に感。高速で飛行しています」
オペレーターが再び叫んだ。
田代の発令が飛んだ。
「主砲を電探に連動。主砲だけでいいぞ。各対空砲、両用砲は水平方向に照準して待機」
技術陣のサターン対策の案を受け入れてのことだ。
島村が田代の命令の補足をし各所に細かな指示を出していく。
「ぎりぎりまで引き付けろ、好機はそう何度もやってこない。少しくらいの損害を恐れるな、我々は確実に敵を撃つ。地球の興廃、この一戦にあり。総員奮闘せよ」
再び田代の指示が飛んだ。全艦戦闘態勢に入る。緊張感が艦内を走り抜ける。軽口をたたく者はいない。皆最低限の会話で黙々と自分の任務をこなしていく。時折怒声が飛ぶのは兵員の習熟不足が故である。習熟するには経験を積むしかない。進水から短期間で実戦に投入された信濃にはどうしようもないことである。
接敵まであと数分。全艦戦闘態勢は整っている。全員が固唾をのみ開戦に備えている。
主砲はすでに電探と連動しサターンの反応に合わせて微妙な方位修正を行っている。
「電探連動」。大日本帝国軍にはなかった技術である。本来、アメリカ軍の秘密兵器であったが、高性能な電探とともに、信濃の偽装中ツングースカ協定に基づき提供されたものである。最もその段取りをつけたのは百目と冷泉院財閥であったが。この技術を知った時、戦術科の科員は「日本はアメリカに絶対に勝てない」と悟ったという。
「まだだ、まだ撃つな!ぎりぎりまで引き付ける」
田代は耐えた。敵の先制攻撃を受けるということは損害を受けることになる。犠牲者が出ることにもなる。その恐怖に耐える。サターンは艦橋から視認できるまでの距離に達していた。その瞬間ルビー色の光が放たれた。直後、艦体に激しい振動が響いた。
「被害状況知らせ!」
島村が叫んだ。
サターンの放った光線は、信濃の左舷装甲吃水線直上に突き刺さった。FDG同様、装甲は燃えるように真っ赤に染まり溶けだしていた。しかし46cm砲の直撃に耐えるように設計された信濃の装甲を破ることはできなかった。艦の内部の温度は急上昇し、付近にいた兵が熱でやられはしたが致命的な損傷には至らなかった。覆いかぶさる波が艦の熱をすぐに奪い去り戦闘に大きな支障は発生しなかった。
サターンはさらに接近してくる。艦橋でその接近を見る兵は恐怖した。装甲は貫けなくとも、あの熱量が艦橋に直撃すれば、中にいる者は蒸し殺されるのが眼に見えている。
その時、田代から指令が下った。
「各両用砲、対空砲は水面を撃て。主砲発射準備!」
島村は復唱する。次々と水柱がたちあがり水煙が舞い上がった。周囲はあっという間に水のカーテンが閉じられたように世界は水に没したようだった。そこにサターンの第二撃が襲いかかった。しかしそれは信濃に到達する前に、その進路を水のカーテンに阻まれ、信濃を傷つけることはできなかった。水面を撃つ、などという行為は接近する魚雷を破壊するためにする程度だ。しかし今回のそれは目的が違う。水面を砲撃し、無数の水柱を立てる。その水柱と水煙でできたカーテンでサターンの光学兵器の熱を分散、減殺する、それが目的であった。そしてそれは見事に成功した。
「主砲、撃てっ!」
46cm砲6門が一気に火を噴いた。主砲の射程にサターンは十分に接近している。が、問題は敵を覆う防壁である。果たして、世界最強の艦砲46cm砲でそれを貫けるかがどうかが戦闘の分岐点となる。46cm3連装砲が一度に発射されると、その衝撃波が強すぎ互いに干渉しあい、砲弾の弾道に影響を与えるため、わずかに時差を置いて発射される。その特異なシステムが功を奏した。わずかに先行した一弾がサターンの障壁の出力を上回り、突き破って肉薄した。それはサターン本体に直撃することはなかったが46cm砲弾が十分に通用することを証明し、障壁の防御力を弱めた。そして、コンマ数秒遅れて届いた砲弾はその威力をほとんど減殺されることなくサターンの黒く巨大な翼に突き刺さった。そして黒く輝く装甲を貫き、内部の機械類を露出させた。
そしてその飛行速度は落ちた。が、僥倖はここまでだった。サターンはスピードが落ちてもジグザグ飛行に変え、照準をつけることがより困難となった。そのジグザグ飛行の間にもサターンは光学兵器を使用したが、水のカーテンに阻まれ信濃に届くことはなかった。
双方、手詰まりとなった。先に動いたのはサターンだった。突如水中に突入したのだ。
「いかん、吃水線下を狙われる」
艦船の弱点は装甲の薄い水面下にある。故に魚雷という兵器が開発され、艦の装甲を突き破り浸水させ撃沈するという戦法が生まれた。それをサターンがやろうとしているのだ。
「主砲、仰角マイナス、水面下を撃て」
大日本帝国海軍で開発された砲弾は水中を進む。水中を進み敵艦の喫水線下の装甲を破壊する。いわば、魚雷の砲弾版といえる兵器だった。その砲弾が水中を進む。サターンにとっても水中は大気中に比してはるかに巨大な抵抗を受ける。障壁を形成していた電磁力を水力に応用し、水を押しのけながら進むにしても、通常の潜水艦に比べればはるかに速いが、大気中に比べれば止まっているに等しい機動性しか発揮できない。そうなれば磁気探知機との連動で主砲弾で狙い撃つことも不可能ではない。水中砲弾、戦艦信濃に搭載された一式徹甲弾は水中を走破する。かといって、簡単に直撃するわけではない。あくまで攻撃できる、という程度である。未だ同等の戦いといってよかった。
水中では光学兵器はあっという間にそのエネルギーを分散され、意味をなさない。サターンの攻撃は肉弾戦のみであった。サターンは水中砲弾をかいくぐり信濃に接近する。砲弾は避けても砲弾の衝撃波はサターンを襲う。サターンのボディは振動し、第二波第三波の砲撃による衝撃波はついにサターンに水中を進むことをあきらめさせるにいたった。
先ほどの攻撃で破損した翼が、衝撃波に耐えられず崩壊を始めたのだ。速度が落ち続け、ついには維持できずに水中から脱出せざるを得なくなった。
サターンは水中から飛び出した。これを予測しての水中への攻撃だった。しかしそれはサターンに光学兵器を使用することを許すことでもあった。しかも速度が極端に落ちたとはいえ、至近でのジグザグ飛行には主砲の旋回が間に合わず攻撃がより困難なものになっている。しかし信濃には秘密兵器があった。莫大な電力を必要とするため従来の機関を搭載した艦では運用できなかった極秘兵器、それの出番であった。
サターンの攻撃が始まった。さすがに距離を詰められただけあって、光学兵器は水のカーテンだけでは防ぎきれず信濃の艦体を焼いた。
島村は田代を振り向き、指示を仰いだ。どのような指示が出るかは先刻承知ではあったが、その指示が田代の口から発せられることによって、各員の士気が高まることも予想していたのだ。
「テスラコイル発動、艦中央、怪力線照射装置展開、続いて全主砲、砲門開け、総員、対衝撃、対閃光防御!」
途端に艦橋は活気づく。続いて機関部への電力供給の指示が飛び、火器管制の要員は改めてあわただしい動きになった。
前部甲板では本来副砲の搭載された位置にあったドーム状建造物に動きが始まった。
ドームのシャッターが開き、その中からパラボラアンテナを思わせる円形構造物が現れた。
円形構造物の中央には円筒が張り出している。それがゆっくりと旋回し、サターンの方向を向いた。サターンも再度の攻撃をかけようとしている。胸が赤く発光を開始した。
しかしその光が放たれる前に信濃から幾筋もの稲妻がサターンに向かって落雷した。
稲妻と障壁、その激突は双方のエネルギーを放出させ爆発した。光と光の洪水が周囲を照らす。その光を直視すれば失明は避けられないレベルだ。司令が対閃光防御を指示した理由がこれだった。打ち破ろうとする力、守ろうとする力、双方全エネルギーを投入しての攻防である。互いが互いに負けじと持っているエネルギーを放出した。
「電力が不足します。怪力線照射装置、稼働限界まであと10秒」
信濃の新機関原子力エンジンの発電する莫大な電力でもこの兵装を支えるには限界があった。一方でサターンも障壁の維持だけで手一杯で攻撃どころか、飛行すらままならなかった。これが信濃の狙いだった。この飛行停止状態になったサターンならば簡単に狙い撃てる。45口径46cm三連装砲2基、計6門の砲がサターンに向けて火を噴いた。
金属と金属の激突音、砕け散る鋼、散らばる破片、爆音、吹き飛ぶ首。
サターンの最後だった。胸部に円形の穴が開き、衝撃で吹き飛んだ首は水中に没し、肩部の関節部品は折れ曲がり、あるいは砕け、ゆっくりと海面に落下した。サターンが落下した水面はゆっくりと赤く染まっていった。人の鮮血。それが水面を真っ赤に真っ赤に染めていった。そしてサターンの破片とともに人の死体が浮かび上がってきた。無数の骸。人であった物。サターンのエネルギー供給源として利用された物。それが浮いてくる。この世に最後の別れを告げるように。そして静かに海中に没していった。
艦橋にいたものはサターンを撃墜したことに喜びの声を上げた。しかし、浮き上がってきた血や死体を見て顔をしかめた。女性オペレーターの中には胃の内容物を吐くものもいた。
田代はその光景を一瞥した。一瞬眉をひそめたが、ここで司令官が勝利に喜ぶわけにもいかなかった。戦いは始まったばかりなのだ。本番はこれからなのだ。
「被害状況知らせ。進路敵母船、本艦はドイツ艦隊に合流する」
素早く次の指示を出し、乗員に心の隙を生ませない。適度な緊張感を維持し、即座に対応できる状態を保っておく。と同時に損傷個所の応急処置を命じる。次の戦闘まで数時間の余裕しかない。打てる手はすべて打っておく。
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