第9話 ミロ森の魔女

11話 ミロ森の魔女


 ミロ森、またの名を「魔女の森」。魔女と言うとおどろおどろしいイメージがあるだろうけど、ミロ森は違う。

さえずる鳥たちの声。飛び跳ねる野うさぎ。

日の光が木々の隙間から差しこみ、とても神秘的。


「ミロ森の魔女がいますから、魔物たちも少なくて襲うこともありません。いい森でしょう?」


ミヤエルさんはにっこり笑って、森の奥へと進む。道らしい道があるので、迷うこともなさそうだ。

道端には小さなスズランのような花がぽんやり光っている。

夜になると足元を照らしてくれるそうだ。


ナランの町の西にある森、ミロ森。

そこには魔女が住んでいて、わたしはあいさつをする為に森へ足を踏み入れた。


「ミロ森の魔女って、どんな人なのかな?」


隣を歩いているリルラちゃんに聞く。

ミヤエルさんとミロ森に行くと聞いて、レストランを休んでついてきた。仕事は大丈夫なんだろうか。


「グロレアさんですか? 人が嫌いって言うわりに町の人を助けたり世話焼いたりする、不思議な人ですよ」


ツンデレ魔女ってことかな?

そう聞くと、リルラちゃんは小首を傾げる。


「ツンデレって何ですか?」


通じないんだね、この世界は。

わたしがツンデレについて説明すると、リルラちゃんが吹き出した。


「確かにそうかも」


でも、人嫌いって言ってるし、最初は距離ありそうな気がするなぁ。

あいさつ、上手くいくといいのだけど。


「確か、お弟子さんもいるんだっけ?」


「アーレンスさんって方がお弟子さんです。魔法士になりたくて、グロレアさんのとこで修行してるんです」


魔法士って確か、魔石を使って魔法を出す人たちだよね。魔女と一緒なのかな?


「魔法士と魔女は違うんですよ! 魔女は魔石がなくても魔法が使えるんです!」


なんで魔法士になりたいのに魔女の弟子になったんだろうかと不思議に思ったけど、言わないでおいた。


歩いて一時間くらいかな。木々が開けてきた。


「グロレアさんの家が見えましたよ」


アトラスに憑依する前のわたしなら、疲れて歩けなかったはずだ。今は一時間どころか三時間歩けそう。さすがアトラスの身体だね。


 魔女の家はとっても可愛らしい。

ドーム状のレンガ造りで、木でできたドアも丸い。ホビットの家みたいだ。

煙突からはもくもくと白い煙が浮かんでいる。

家の隣には、小さな池があった。反対側には羊が飼われていて柵の奥に真っ白でふわふわな羊がいる。可愛い。


ミヤエルさんがノックをする前に、ドアが開いた。青年が顔を出す。背中まである赤毛の髪はひとつにまとめ、スカイブルーの瞳がミヤエルさんを映している。その視線はリルラちゃんからわたしに移った。

歳は二十代くらいかな。

わたしを見て驚いていたようだけど、すぐに目を離してミヤエルさんに頭を下げた。


「……ミヤエル神父、お久しぶりです」


「どうも、アーレンスさん。町に新しい方が住み始めたので、ご挨拶と、私からグロレアさんへお願いをしにやってきました」


「そういうことか。どうぞ、入って下さい」


家の中を見て、わたしのテンションが上がる。

暖炉の前には黒いふわふわの猫が眠り、奥の書斎には本が所狭しと並んでいる。

左側には大きな釜に緑の液体がふつふつ煮立っていた。重そうな鍛冶台も置いてある。


そして何より、糸車が暖炉の側にあるのだ。


わたしはそれに釘付けになった。

ミロ森の魔女は糸紡ぎもするみたい。やりたい。わたしもやりたい。


「血の匂いがするね」


暖炉のソファからおばあさんが立ち上がる。

銀色の髪に、鋭い金の瞳。

眉間には皺が寄り、頑固そうな印象を受ける。


この人がミロ森の魔女、グロレアさんか。

刺すような視線が痛い。


「それにしては間抜けな顔だな。ミヤエル、誰だこいつは?」


「初めまして、アトラと言います」


わたしがあいさつをすると、ミヤエルさんが事の経緯を話す。

カルゼイン王国の出身で、帝国から帰郷したこと。ナランの町に来て、今はミヤエル神父の家に居候をしていること。


「ふぅん、あんた、人殺したことあるかい?」


「えっ! っとぉ……わたしはありません」


突然、人を殺したかと聞かれて動揺してしまう。アトラスは人をたくさん殺してきたのだろうけど、わたしがアトラスになってからはそんなこと一度もない。だからそう答えた。


「ふぅん、そうかい」


血の匂いがするって言ってたし、グロレアさんにはアトラスのことがわかるのかも。

でもわたしは絶対やってないって言う。

やってないからね?


「それで、ですね。グロレアさん、ちょっと二人でお話したいのですが……」


ミヤエルさんはリルラちゃんをチラッと見て、グロレアさんと奥の部屋へ入ってしまった。

残されたのは、わたしとリルラちゃんとアーレンスさん。


「あっ、そうだお姉様! アーレンスさんに頼みがあるんじゃなかったですか?」


「俺に?」


アーレンスさんは自分を指差し、わたしを見る。何の用事があるのかって顔だ。


「そうだった。アーレンスさんは魔道具が作れると聞いて、かぎ針を作って欲しくて」


「かぎ針?」


初対面にお願いして悪いんだけどね、とわたしはリュックからかぎ針を出す。

これはわたしの世界のかぎ針で、アトラスに憑依した時に一緒に持ってきた物。


 この世界のかぎ針は木製がふつうで、金属製は目にしたことがない。

仕方なく旅の途中に職人さんから木のかぎ針を作ってもらったのだけど、やっぱり使い慣れたものの方がいい。


アーレンスさんは魔法士を目指すかたわら、魔道具作りもしているそうなので、頼みたかったの。

鍛冶屋に依頼した方がいいかな、とは思ったんだけどね。ナランの鍛冶屋さんが頑固な人で、かぎ針なんて作らないっていうんだから。

アーレンスさんは見習いということで安く請け負うらしいし、魔道具のかぎ針ってのが気になったからもあるかな。


 わたしがかぎ針について詳しく話すと、アーレンスさんはわたしのかぎ針を食い入るように見つめる。しばらくして大きく首を縦に振った。


「これくらいなら俺にも作れるよ。でもアトラは魔道具士なんだよな? 自分で作らないのか?」


「わたしは編み物専門っていうか……編み物でしか魔道具を作れなくて」


「編み物専門? 変わった魔道具士だな」


アーレンスさんは不思議そうだ。

加護の力は編み物にしか発動しないからね、残念だけど。ここはアーレンスさんに頼むしかないもの。


「お願いします!」


わたしはアーレンスさんをじっと見つめてお願いをする。お願いします、これがあると編み物がはかどるんです!


「わ、わかったよ。わかったって」


「アーレンスさん顔赤いですよー」


確かに顔が赤い。

アトラスの顔でお願いされたらそうなるのかな?

アトラスってすごい。さすが美女。

わたしでも惚れそうなくらい美人だしね。

おまけに胸も……はあ、うらやましい。

って、今はわたしなんだけど。


「じゃあ、かぎが細めのと中間くらいと大きめをお願いします」


「ええ? そんなに?」


「お金はちゃんと払いますから」


欲を言えば十本くらい欲しいんだからね。

これでも気を使った方だもの。

かぎ針って、毛糸の細さによってサイズを変えないといけない。太いかぎ針なら編み目は大きくなって、小さいと細かくなる。

作る作品によって変えるのも大切なの。


作ってもらって使いやすかったら、また頼もうと思う。


「仕方ないな、わかった。作ってみるよ」


アーレンスさんが折れてくれる。

やった。これで作業効率もアップね!

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