第5話 似た者同士と決着のとき
思いのほか読んでいただけているようで、嬉しい限りです。今後とも拙作をよろしくお願いします。 10/2 加筆修正
__________________
大狼に再び挑み始めてから五日ほど経ったろうか。風を裂く音と直後に続く、金属が何かとぶつかり合って弾かれる音。それは激しく、そして速い。
滴る汗は、体中の切り傷からにじみ出る血ですっかり濁っていた。これでも随分慣れた方だ。最初の頃はダメージを受けるとその度に苦痛に顔を歪ませ、攻撃を防ぐだけでも精一杯だった。
何故五日たった今もなお、俺が生きて立っていることができているのか。まずはそこから説明しよう。
覚悟を決めて再び戦地足を踏み入れたあの日。大狼は、戻ってくることを確信していたかのように、俺が出てくる入り口を凝視していた。目が合った。だが、中心で座していて微動だにせず、一向に動く気配がない。
その光景に呆然とした。敵ともみなされていないのか。踏んだり蹴ったりだ。もはやここまでくるとすがすがしいまであった。しかし、この程度で折れるメンタルは生憎持ち合わせていない。
そして何度目になるか、あの音が聞こえる。この場所で吹き抜ける風はすべて、ひとつひとつがやつから繰り出される不可視の攻撃である。下手に動けば、その分あたる可能性は高くなる。動かないのが得策とは言えないが、ここは攻撃を受けるしかないだろう。
刀を体の前でぎこちなく構え、耳を研ぎ澄ます。後ろから僅かだがひゅっという音がはっきりと聞こえる。必殺ならば絶対に首を狙ってくるはずだ。慣れない刀で、勢いよく振りぬく。引き裂かれたのは脇腹だった。
「え? 」
わざと外した。そんなはずがない。そもそも脇腹と首では位置が違いすぎる。となると残る可能性は、遊ばれているか...まさか。
脇腹へと落としていた視線を大狼へと戻す。大狼は察したようにゆっくりと一回、目を閉じて、開けた。獣というにはあまりに人間らしい仕草だった。
『見切ってみろ、付き合ってやるから。』
聞こえるはずのない声が、確かに頭に響く。人、なのか。いつ殺されようとおかしくない状況下で、目の前の敵への注意よりも困惑が勝ってしまう。
「人ならばなぜ、攻撃してくるんだ。言葉がわかるんだろ。そこを通してくれ。」
必死に訴えかけるが、声は無念にもあたりに霧散する。狼は沈黙を貫き、代わりに風を起こす。
「くそっ。問答無用か。」
<
スキルを発動させた途端、狼のオーラに明確な怒気が混じる。そして、さっきよりも強力な斬撃が、一寸違わず先ほどと同じ側の脇腹を抉った。
スキルを使うなってことか。とんだ鬼畜だ。怯んでいる暇も与えられず、三発目。鈍い音が響き渡り、衝撃が骨の髄にまで伝わってくる。
初めて弾くことができた。左腕があればもっと楽に反動を吸収できただろうに。刀を握る指は細かく痙攣していた。
弾いて、切られて、弾いて、切られ、切られて、切られて、弾いて、また弾く。
切られるたびに、規則的にしていた呼吸は乱れ、息苦しい中での戦闘を強いられる。ただそれでも、必ず一つずつ、捌けない量の斬撃を飛ばしてくることはなかった。
そして、血だらけになりながら背中を向け、安全地帯へ逃げ帰っていく俺を攻撃してくることもなかった。むしろ、我が子を見守るような優しい眼差しを、背後から感じるだけだった。
二日目の終わりには完全に慣れて、気配でどこから次の攻撃が来るのか分かるようになった。最初に比べてかなり強くなった。
驕りである。自分が恥ずかしい。次の日には一つだった斬撃は二つや三つに変わっており、振出しに戻った。感知することはできるが体が追い付かない。圧倒的な経験不足にあらわれる典型的な例だ。
三日、四日と続くのに呼応して、日に日に斬撃は増えていった。しかし、逆に切り傷は、日を跨ぐにつれ、段々と減っていった。
時は戻り五日目の朝。部屋へ入ると、いつもは座っている大狼が立っていた。攻撃をしてくる気配はない。
これまでは考える余裕などなかったが、改めてみると、汚れ一つなくて本当に美しい毛並みだ。それに比べてこちらは、びりびりに破けた服。そこから、部屋の回復力をもってしても直しきれなかった傷が、ちらほらと見える。その身はしゅっと引き締まっており、無駄な肉は一切ついていなかった。
息を整え、まっすぐ大狼を見据える。なるほど、卒業試験といったところか。
数秒間見つめあい、どちらともいわず同時に駆け出す。いや、そうは言ってみたが、やつのほうが少しだけ早かった。先手を取られる。数十もの風刃が明確な殺意をもって放たれる。
ぴたりと立ち止まり大地を踏みしめる。刀を下に向けてから斜めに切り上げ、間合いに入った刃を弾いていく。振り上げた隙を狙ったように右の脇へと刃が近づくが、右向きに体をひねり、勢いをそのままに一回りして横薙ぎして残りの攻撃を捌き切る。
若干三秒。飛び散る火花をその場に置き去りにする。一気に間合いを詰め、大狼を半身から叩き切るように刀を振りぬく。当たったかに思えた一撃は、気持ちの悪い挙動をしながら受け流されたのだ。
どちらかというと、空間が捻じ曲げられたイメージに近かった。訓練の際には一度として引き出したことのない技が、目の前で披露された喜びとともに、確信めいたものを、意図せずして感じ取った。
自然と笑みが零れる。なるほど。似た者同士なわけだ。要するに同じようなスキルを持っているということだ。
大狼が一度離れる。暗に、『つぎで終わらせよう』そう言っている気がしてならなかった。やつの威圧感がさっきよりも強まったのがはっきりと感じとれた。なるほど、そっちがその気ならこちらも応えるのが流儀というもの。
<
<
<
修行のさなか、並列詠唱とはまた違ったタイムラグのない多重展開を編み出した。もちろん一度に莫大な精神力を消費する。しかし、それも今では全く苦に感じない。
絶えず身体が回復される
それでも、おとぎ話のように永遠に成長し続ける、なんてことはなくて、頭打ちは存在した。良くても中の下といったところか。
大狼は風を体に纏わせて、やつを中心に風は吹き荒れる。ときおり顔や腕に切り傷ができるが、既に意識は思考の奥深くに沈み込んでいた。
静かだ。暗闇の中に刀がふたつある。片や一流の職人が打った切れ味抜群の刀。対するもう片方は、研磨もされず錆びついている。そんなふたつがぶつかりあったらどうなるか。
力の差は歴然。後者が折れ、前者が勝るに決まっている。では、前者が勝ちを確信した直後、どこからともなく別の刀が襲ったならばどうだろう。
大狼に向かって走り、やつが纏う風の鎧へ会心の一撃を叩き込む。鎧を打ち砕き、刀は根元から綺麗に折れた。大きすぎる隙を逃す相手では無い。素早く追撃を仕掛けてくる。生身の体であればどちらが勝つか、予想は容易い。もとより勝つつもりなどなかった。
計画には一寸の狂いもなかった。大狼の首が宙を舞う。一瞬何が起こったのか大狼は理解が追い付いていなかった。
<
風の鎧に叩き込んだのは刀ではなくその鞘だった。存在を消した刀を大狼の真上に投げ、気付かれないように鞘に最大限の殺気を込める。そうすることで初めてやつを騙すことができる。
切られたことを知覚する前に、勝負は決していた。最初の左腕の意趣返しである。そして右腕には、今さっき折れたはずの刀が握られていた。
鞘を振り抜いた体勢から落ちてきた刀を握り直し、腰を捻り回転をして繰り出したのは最速不可視の一撃。
大狼を第二の刃が切り裂いたのである。
『見事。』
そう言って、大狼は最後と言うには案外呆気なく、光とともに粒子となって消えていった。後に残るキラキラとした粒子は、さながら勝利を祝福してくれているようだった。
「ありがとう。」
不思議と口から最初に出たのは、感謝の言葉だった。ここまで自分を鍛え上げ、根気よく付き合ってくれたのだ。最初は恐怖の対象でしかなかったが、今ではすっかり畏敬の対象だ。
奥の扉がゆっくりと開く。
そこにあったのは、机や本棚、暖炉にキッチンといったものが最低限そろっている誰かの住居のような部屋だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます