婚約破棄されてヤケ酒したらお忍び中の王弟殿下が釣れました
朝霞 花純
第1話 婚約破棄
「シルヴィア・ローランズ! 貴様とは婚約破棄する。私はエミリー・ハーマン男爵令嬢との間に真実の愛を見つけたのだ!」
「国王陛下と王妃殿下はこのことをご存知で?」
シルヴィアは婚約破棄を突き付けて来た婚約者――フィリップ王太子殿下――に淡々と冷静に問い返す。
「勿論だ! 父上も母上も貴様と婚約破棄後、エミリーと新たな婚約を結ぶことを了承してくれた」
「フィリップ様ぁ~! エミリー、嬉しいなぁ!」
エミリーはフィリップの腕をぎゅっと掴み、ふんわりとした嬉しそうな満面の笑みを浮かべるが、一瞬シルヴィアの方を向いてニヤリと唇を釣り上げてふふんと勝ち誇った顔をする。
しかし、それは一瞬のことで、エミリーがシルヴィアにそんな表情を向けていたことに気づいた者は当のシルヴィア以外にはいなかった。
「そうですか。国王陛下と王妃殿下が既に納得されているということであれば私に否やはございません。了承致しましたわ」
シルヴィアが了承すると、フィリップの指示を受けた文官が婚約破棄の書類をすぐ持って来た。
サインする前に内容をしっかり読むとそこには慰謝料について言及されていなかった。
「フィリップ殿下。婚約破棄は了承致しましたが、此方の書類に慰謝料について記載がありませんわね。明らかに殿下の有責での婚約破棄なので、慰謝料を請求したく思います」
「(チッ、気づいたか……)あっ、ああ。慰謝料は後で必ず払うから、とりあえず書類にサインはここでしてくれないか?」
フィリップは慰謝料について記載しなければ払う必要がないと考えていた。
それに彼は誰が婚約破棄の慰謝料を支払うのかわかっていなかったので、万が一自分に請求された時のことを考え、わざと記載を省略していた。
記載していなければ相手が気づかない限り、ちょろまかすことが出来る。
だからシルヴィアが慰謝料の記載について言及した時、舌打ちしたのだ。
「お断りですわ。はっきり言って信用出来ませんもの。書類はきちんと慰謝料のことまで記入した上で、また後日、日を改めてローランズ公爵邸に持ってきて下さいな。その場で私のお父様と共に確認させて頂いてからサインしますわ」
「わかった」
この時のフィリップは、公爵家の方から押し付けて来た婚約なのに慰謝料を支払うことに納得出来ないでいた。
「それでは、私は失礼します」
シルヴィアはローランズ公爵令嬢の名に相応しく優雅にカーテシーをして、背筋を伸ばして堂々とした足取りで王城のホールから退出する。
***
今日、フィリップの18歳の誕生日パーティーが王城のホールで主催された。
招待客は国内の有力な貴族のみならず、付き合いの深い同盟国や友好国等からも要人が出席する盛大な誕生日パーティーだ。
シルヴィアはフィリップの婚約者なので、婚約者枠として招待され、参加した。
彼女はフィリップの誕生日パーティーに彼の婚約者として招待されたのに、彼はパーティー用の装飾品の一つも贈ってこなければ、衣装についての打ち合わせ、当日のエスコートについて何も説明がなかった。
婚約者同士ならパーティーに一緒に参加する際、パーティー用の装飾品を贈り合ったり、お互いの髪の色や瞳を色を使った衣装を着たり、対になるようなデザインの衣装を着たりするものだが、シルヴィアとフィリップはそんなことはこれまで一度もしていない。
また、エスコートもローランズ公爵邸までフィリップが迎えに行くのか、現地集合なのか、仮に現地集合だとした場合、どこで待ち合わせるのかという連絡があってしかるべきなのにこれもまた無しだ。
シルヴィアは仕方なく自分で決めた衣装――淡い水色のマーメイドドレスに真珠をあしらった銀色のティアラ――を身に着け、一人でパーティー会場に入る。
彼女のドレスは細かい宝石が沢山縫い付けられており、それがシャンデリアの光を浴びる度、きらきらと反射して輝いている。
パーティーは国王陛下の開催の挨拶から始まるが、シルヴィアは早めに会場入りしたので、まだその時間ではない。
なので、シルヴィアは誰かに絡まれたり、挨拶で捕まっていない今のうちに先に軽く何か口に入れておこうかと思い、料理やお菓子が用意されているテーブルまで行こうとしたところ、エミリーを連れたフィリップに捕まり、あの婚約破棄という名の茶番劇が始まった。
フィリップとエミリーはお互いの髪と目の色を取り入れた衣装を身に着けており、正式な婚約者であるシルヴィアよりも二人が婚約者同士だと言わんばかりだ。
フィリップはエミリーの髪の色であるピンク色のクラヴァットを巻き、エミリーのドレスはフィリップの髪を思わせる淡い金色を基調とした色合いである。
それだけでなく、エミリーが着ているドレスは大振りの宝石や沢山のレースがたっぷりと使用されており、それでいて生地自体も手触りの良い高級なものだ。
単なる男爵令嬢が用意出来るドレスではないことが傍目にも明らかだった。
誰が代金を支払ったのか言うまでもない。
ローランズ公爵家の意向としてはシルヴィアとフィリップを婚約させたいとは思っておらず、婚約は王家側によって半ば強引に結ばれた。
国王は無理強いしてこなかったが、王妃のごり押しが酷く、如何にローランズ公爵家が名門公爵家と言えども王家からの要求を突っぱねるのは難しかった。
望んでいない婚約だったのに、シルヴィアは幼少期からつい最近までずっと勉強やマナーのレッスンに毎日明け暮れ、上手く出来なければ厳しい叱責が飛んで来る。
婚約者であるフィリップが一緒に頑張ってくれるような人物であったらまだいくらか救いはあったのかもしれないが、厳しい状況なのはシルヴィアばかり。
シルヴィアの置かれた状況とは違い、フィリップは勉強やマナーのレッスンをさぼって遊び惚けていても誰にも何も言われない。
何故なら彼は国王夫妻が結婚後五年も経ってからようやく生まれた子で、王妃が彼をデロデロに甘やかしているからだ。
当然講師達もフィリップの態度には思うところがあり、彼のレッスンの進捗状況の報告と共に王妃に相談に伺うも、彼に無理矢理勉強させる必要はないので好きにさせてたら良いの一点張りで聞く耳を持たない。
フィリップが何も勉強しなくても、彼を支えることになる周囲の者がしっかりしていれば問題ないと王妃が主張したせいで、婚約者であるシルヴィアだけには厳しいレッスンが課せられている。
叱るべき親が何も注意をしないし、現場の講師達の声に耳を傾けないのでそんな状況が出来上がっていた。
因みにフィリップには二つ下に弟のエドワード、三つ下に妹のエリザベスがいるが、彼らはフィリップの状況に危機感を覚えた乳母によって王族に相応しい知性と品格溢れる者になるよう厳しく育てられた。
理不尽に長年ずっと耐えてきたのに、それに対する仕打ちが浮気と公衆の面前での婚約破棄なんて。
シルヴィアは内心怒り狂っていたが、皮肉にも次期王妃としてのレッスンの賜物で感情は一切表に出さなかった。
***
シルヴィアはホールを退出後、王城に向かう際に乗って来たローランズ公爵家の馬車に乗り、王都にあるローランズ公爵邸に帰宅した。
「おや。シルヴィアお嬢様、お早いお帰りで。まだ王城でのパーティーは終わっていないような時間だと思うのですが、パーティーで何かあったのですか?」
家令のジョナスに優しい声で出迎えられたシルヴィアは疲れ切った表情で彼の問いに答える。
「パーティーでちょっとあって。詳しくはまた明日にでもお父様とお母様に話しますわ。今日は疲れちゃったからもう部屋に戻ります」
「畏まりました。ゆっくりお休み下さい」
ジョナスはシルヴィアの疲れた様子に気づいていたので、余計なことは追求せず今はゆっくり休ませることを優先した。
シルヴィアはそのまま屋敷の二階にある自室に向かい、自分の専属侍女を呼び寄せる。
「カレナ、ドレスを脱ぎたいから手伝ってくれる?」
「畏まりました」
カレナは手際よくドレスを脱がせ、ドレスを室内のクローゼットに丁寧に収納する。
「ありがとう、カレナ。今日はもう寝るから下がっていいですわ」
「お休みなさいませ、シルヴィアお嬢様。もし何かご用命がありましたらお申しつけ下さい」
カレナはシルヴィアに命じられた通り、部屋から退出する。
カレナが退室した後、シルヴィアはクローゼットからお忍び用の商人の娘が着るようなワンピースを取り出して着用し、誰にも見つからないように裏口からこっそりと屋敷を出て、王都の商業地区にある酒場を目指した。
――ヤケ酒をする為に。
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