第弐章の壱【会議】3/3

「アマツビト様」

 レイガナとダイスマンの二人が大理石の廊下を歩いていると、後ろからタケミカヅチに声をかけられた。タケミカヅチの背後では、クザンが姿勢を崩さずに控えている。

「ああ、タケミカヅチ。すまない、会議はさっき終わったところなんだ」

 レイガナは近づいてくるシヱパアドシェパードたちに答える。タケミカヅチは声の調子を落として、教皇にそっと告げた。

「アマツビト様、先程は失礼いたしました。情報監査課から連絡が入りまして……昨晩、第八教区の森林公園で、保護士が一人、襲撃を受けて負傷したとのことです」

「襲撃……? 公園で? 一体何があったの?」

「いえ、その保護士本人は現在意識不明の重体で、詳細は未だ分かっておりません」

「……そう。では、現時点で分かっていることだけでいいから、教えてくれ」

「はい。襲撃があったと思われるのは昨日深夜遅く。場所は、森林公園の一角にある東屋になります」

 自分よりもずっと体躯の大きいシヱパアドに、全く動ずることなく、レイガナは耳を傾ける。

「負傷者の右腕には銃で撃たれた跡があり、左足首が、何か……万力のようなもので粉砕されていました。そして、頭部に埋め込まれた高度情報デバイス、こちらも修復の余地なく破壊されています」

「その保護士は何のために、そんな夜遅くに公園にいたの?」

「当直の記録を見る限り、その公園に似て非なる者の存在を確認したようで、恐らくその保護に向かったものかと考えられます」

「保護は結構だけどもね。どうしてそれが負傷に繋がるのか、私には今一つ理解が出来ないんだけど」

 タケミカヅチは何か言いかけたが、結局何も答えずに口をつぐんだ。レイガナが続ける。

「何もしないうちにこちらが襲われたのだろうか? それとも、こちらから先に手を出したのだろうか? それによって話が大分変わってくるよ」

「レイガナ、複写人からに決まっているじゃないか? 奴らは人ならざる者なんだぞ」

「ダイスマン、事実がはっきりしないうちから決めつけるのは、君の良くないところだ」

「……っ、そんな物言いはないだろう。私が今までどれだけお前のワガママを聞いてきたと思ってるんだ」ダイスマンが悪態をつく。

 レイガナが旧知の友人を見つめ――

「……済まない。言い過ぎたよ」と謝る。「で、タケミカヅチ、襲撃の犯人は?」

「公園の監視カメラの一つに、二人の男女が走り去る様子が映っていました。恐らくこの襲撃に関与している者かと思われます」

「……先日のアイゼン殺しと関係があるのか?」

 ダイスマンが勢い込んで尋ねる。

「いえ、まだそこまでは……」

「警察の捜査に介入は可能なの?」とレイガナ。

「先程、聖皇庁を通して合同捜査の依頼を首都警に投げました。アイゼン議員の事件から継続する形で承認がなされるはずです」

「レイガナ、これがもし組織的な犯行であれば、由々しき問題だぞ。複写人が我々に盾突くことはあってはならない。彼らのような存在があってこそ、この国の民たちが一つにまとまっているのだから」

「分かっている」レイガナは落ち着いて言う。「タケミカヅチ、取り合えず、事実の確認が取れ次第、逐次報告をしてくれないか」

「はい」

「あと、保護にあたっては、こちらから手を出すことはあってはならないよ。保護は迅速である事を要するが、穏便に済まさなくてはならない。分かるね?」

「理解しております」

 シヱパアド二人は深々と頭を下げた。その時、タケミカヅチの眉間には、反感とも苛立ちとも取れない深い皺が刻まれていた。

 タケミカヅチは思った――やはり、この教皇は事なかれ主義のただの代理人に過ぎない。これまでの偉大な教皇たちのような決断力も勇敢さも持ち合わせていない。国会議員が暗殺され、身内までもが負傷させられた今、問題を穏便に済ませることなど、絶対に不可能だ。

 教皇と議長が立ち去った後、クザンが上司に尋ねた。

「タケミカヅチ様。何故、ムドウは襲撃を受けた際、すぐに他の隊員を呼ばなかったのでしょうか?」

「単純なことだ。何か後ろめたいと思うことがあったのだ」

「後ろめたいこと?」

「間違いなく、今回の件、ムドウから先に手を出したに違いない」タケミカヅチが確信をもって答える。

 クザンが口を開きかけたが、タケミカヅチはそれを制して、続けた。

「だが、それで全く構わない。我々が真に仕えるべきは、臆病な代理教皇ではない。極東御十教の教えにある。そして、その教えは似て非なる者の存在を許していない。我々は、我々の持ちうる全ての力を使い、彼らを積極的に保護しなくてはならない」

 クザンは折り目正しく頭を下げ、タケミカヅチに応じる。

「仰せのままに……」

 クザンは顔を上げ、上官を見やった。その表情には、狂信的な笑みと邪悪な決意が表れていた。

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