エピソード4 電脳地獄(サイバーヘル)


 「ちょっとアキマサ!! 待ちなさいよ!!」


 無鉄砲にケンジたちのいる場所へ走っていくアキマサを追いかけるシンディ。

 しかし足が前に進まない、身体がいつものように動いてくれない。

 未だかつてリゾートエリアで起きた事のない未曽有の事態に困惑と恐怖を抱くのは当然だ。

 それにホオジロザメの脅威はまだ去っていない。

 水面から鮫特有の背びれを出したままゆっくりとプール内を周回している。


「一体どうなっているんだ!? こんな人の膝辺りしかない水位でどうやってあんなに巨大な鮫が泳いでいられる!?」


 アキマサは走りながら思う。

 どう考えても鮫の腹がプールの底に着き半身が水上に出るはずだ。

 しかしここはネット空間のバーチャルリアリティである、そんな現実世界の常識は通用しない。

 そんな時、アキマサの目の前の水面が急激に盛り上がる。

 そこからホオジロザメが上空に勢いよく飛び上がり、鋭い歯が並んだ大きな口を開けながらアキマサ目がけて落下してきたのだ。


「うわあああああああっ!!」


 余りに突然の危機に対応できず立ち尽くすアキマサ。

 このままでは頭から丸呑みだ。


「アキマサーーーーー!!」


 シンディが叫ぶ。

 するとシンディの両手の拳に光が宿った。


「光華拳奥義!! 閃空波動掌!!」


 両手を合わせそのまま掌を上空に向かって突き出す。

 すると掌から発射されたエネルギーが光の束となりホオジロザメを撃ったのだ。

 そのままホオジロザメは吹き飛び落下、プールの中に姿を消す。


「これは……?」


 自分の手の平を見つめ何が起きたか分からないシンディは放心状態だ。


「おいシンディ!! 今のは何だ!?」


「分からない……アキマサを助けようと無我夢中で……」


 シンディが見つめる彼女自身の両手は震えている。


(今のはまるで格闘ゲームの必殺技みたいだった……)


 アキマサは思う、有り得ない、ゲームが出来るエリア以外でここまで攻撃力のある行動が出来るとは思えない。

 しかしそれによって命を救われたのは事実、しかし今はその事を熟考している暇はない。


「シンディはプールから上がれ!! 俺は二人を助けにいく!!」


 アキマサはケンジたちが居るあと僅かの場所まで来ていた。

 水に足を取られながらも必死に二人の元へ駆け付ける。


「ケンジ!! キャシー!! 無事か!?」


「ア……アキマサ……」


 キャシーは半ば放心状態のままアキマサの腕に縋り付く。

 彼女の顔は青ざめ顎が震えによりガチガチと鳴っている。


「しっかりするんだキャシー!! 俺と一緒にプールから出るぞ!!」


「……うん」


 キャシーの両肩に手を置き軽く揺さぶるとやっと彼女は正気に戻り、アキマサに付き添いながら歩き始めた。


「ケンジ!!」


 水に半分沈みかけているケンジを引っ張り起こす。

 そして彼の傷口を見ると、まるでポンプで押し上げられているかの様に鮮血が湧き上がり、どうやったらここまで鋭く肉を抉れるのだろうかという程鮮やかに肉が削ぎ落されていた。

 込み上げる吐き気にアキマサは思わず口を押さえてしまう。


(ううっ……しかし妙だな、アナザーリアリティのアバターは所詮コンピュータプログラムにより入力されたデータを元にCGで作り出されている謂わば虚像……ここまで本物の肉体を再現していなかった筈だ)


 何とか気を取り直し気を失ったままのケンジを引き摺りながらプール岸に向かう。


「アキマサ!! 後ろだ!!」


 対岸からコウの叫び声がする。

 首だけで横を向き、視線だけで後ろを向くと、背後には背びれで水を切りながらあのホオジロザメが迫っていた。


「ったく、しつこいな!!」


 岸まではまだ少し距離がある、このままでは逃げきれない。


「キャシー、ケンジを頼む」


「えっ? はい……」


 アキマサはケンジの身体をキャシーに預け、コウの方へ向き直る。


「コウ!! パラソルを閉じてここまで投げろ!!」


「何だって!? そんな事が出来るはずがないじゃないか!!」


 アナザーリアリティ内の構造物や備品はアバターが持ち運ぶことが出来ない仕様になっていた。

 しかし何故だかアキマサには今ならそれが出来るのではないかと言う予感がしたのだ。


「いいからやってみてくれ!!」


「仕方が無いな……あれ? パラソルが抜けた……」


「急げコウ!!」


「あっ、ああ!!」


 コウは急いでパラソルを操作して閉じた状態にし、槍投げ宜しくアキマサに向かって投げつけた。


「よっと!! さすがエースだな、いいコントロールだ」


 アキマサがパラソルをキャッチ、身体の前で高速で回転させたのち、身体の横で構える。

 それはまるで槍を扱うかのような所作だ。

 ホオジロザメはもうすぐそこまで迫っている。


「ファイティングアーツ……」


 アキマサの持つパラソルの先端に光の球が宿り眩く輝き始める。


「グレートチャーーーーージ!!」


 気合と共に突き出されたパラソルは先ほどの光の球を高速で発射、それはホオジロザメの鼻先を捉え、そのまま身体を突き抜けていった。

 鮫の身体は消し炭の様に真っ黒に焦げ上がるとボロボロと崩れて水に中へと落ちていった。


「みんなーーー!! 無事か!?」


 コウとシンディ、少し遅れてミカがアキマサ達に駆け寄る。


「アキマサ、今のは何だ!?」


 コウがアキマサに興奮気味に問いかける。


「ああ、俺がやっているSF風RPG【ネヴュラレイ】のキャラが使う必殺技みたいなものだ」


「いや、そうじゃなくて、何であんな攻撃がここで使えたかを聞いてるんだけど……」


「ああ~~~そういう事か……使える気がしたんだよ、さっき見たろう? シンディがアニメやゲームみたいな気弾を手の先から出して鮫を撃ったのを……だからもしかしたら俺も自分がプレイしているゲームの技が使えるんじゃないかと思ったんだよ」


「うん、そう!! さっき私が使った技は私がやってる格ゲー【電影闘士パート100】で私がマイキャラにしているシュンディっていう女拳士が使う技なのよ」


「そうか、どっかで見た事ある技だと思ったよ!!」


「でしょう!?」


 シンディが興奮気味にアキマサに同意する。

 アキマサとシンディは拳と拳をコツンとぶつけた。


「そんな不確定な直感で……君らには敵わないな」


 やれやれ、と呆れた顔でコウが片を竦め頭を振る。


「おっと、そんな事よりケンジはどうなった?」


「無事よ、アキマサ君、君のお陰でね」


「ミカさん」


 ミカはケンジに寄り添い傷口に手を当てている。

 そしてその手を退けるとケンジの深い傷は跡形もなく消え去っていたのだ。


「あれ!? ケンジの傷が無い!?」


「だから君のお陰って言ったでしょう? 君が今言った話を聞いて私もやってみたの、ゲームで使っている癒しの秘術をね」


「マジですか!?」


 集っているクランメンバーは一様に驚いている。


「あれ……俺は……?」


「おおケンジ!! 気が付いたのか!?」

 

「あれ? みんなどうしたんだ? 何で俺、こんな所で寝転がってるんだ?」


 ケンジがきょとんと辺りを見回す。

 どうやら自分が先ほどまでどうなっていたのか分かっていない様だ。


「無事でよかったなコイツ!!」


「おい……説明しろよ……」


 アキマサがケンジの首に手を回してヘッドロックを仕掛ける。


「はいはいそこまで、一度このエリアから離れてラウンジへ戻りましょう、何かが起きているならARアナザーリアリティ運営が何かしらのメッセージを挙げているはず」


「はい!! さすがはミカさんですね!! 早速そうしましょう!!」


 パッとケンジの頭から手を放すアキマサ。


「こいつは……」


 ミカさん至上主義のアキマサの態度にケンジも苦笑いをするしかない。


「じゃあ早速……あれ? ラウンジに移動できない?」


「そんな馬鹿な、あれ?」


「どうしたの二人とも?」


 狐に摘ままれたような顔をするアキマサとケンジの顔を見て不思議がるシンディ。


「どうしたも何も、ムーブコマンドを使ってもラウンジに移動できないんだよ」


「やっぱりこのエリアには何かしらの不具合があるのよきっと、あっちのゲートから直接移動しましょう」


「そうだな」


 一行はこのエリアへ入って来た時のゲートを潜りラウンジへと戻ってきた。


「よっと……おや? 随分と騒がしいな」


 アキマサを出迎えたのは異様な光景。

 ラウンジ内は普段からは考えられない程の大勢の人々によって埋め尽くされている。

 

「おいおい、俺もAR歴は長い方だが、ここまでラウンジが込み合うのを見た事が無いぜ」


「だな」


 ケンジも同意する。


「みんな、あれを見るんだ」


 コウが指さす上空に浮かぶ掲示板のスクリーンに何かが書かれている。


「え~~~と何々? 『アナザーリアリティ内に予測不能の不具合が発生しております、現在全力を挙げて調査を行っております。

 それに伴い大規模な緊急メンテナンスを行います。

 緊急メンテナンスの間、アナザーリアリティに対してログインもログアウトも出来ませんのでどうかご了承願います。

 皆さまの本体の身体の健康に関しましては運営が責任を持って維持いたしますのでパニックなど起こさない様お願い申し上げます……』だとぉ!? ふざけるな!!」


 アキマサは近くにあった鉢植えを蹴飛ばすと宙に跳んでいき、床にぶつかると破片をまき散らしながら割れてしまった。


「危ないわね!! 何すんのよ!!」


「悪かったよ!! まさか跳んでいくとは思わなかったんだよ!!」


 シンディとアキマサはいがみ合う。

 そう、これも以前なら起こり得なかった事だ。


「みんな落ち着け、こんな時こそ冷静さを欠いてはいけない」


「コウ、そうは言うけどよ、俺、身体の栄養投与の余分が五日しかないんだぜ?」


「大人しく運営の対処を待つしかない、もしかしたらそう時間が掛からずにメンテが終わるかもしれない、焦ったって今の僕たちにはどうする事も出来ないだろう?」


「まあそうなんだが……」


 頭では分かっていてもアキマサの心中は穏やかではない。

 当然周りの人々からも不満が沸き起こりラウンジ内は怒号に包まれていく。

 そんな時だ、ラウンジ全体に一瞬だが立っていられない程の振動が起こった。


「地震か!?」


 地面に伏せた状態で辺りを見回すと、丁度ラウンジの真ん中に何やら大きな突起が生えているではないか。

 その姿は例えるなら植物の、花のつぼみの様でもあった。


「今度は何だよ……」


 もうウンザリといった表情のアキマサ。

 当然だがアトラクションでもない限り地震などアナザーリアリティで起こるはずが無い。

 しかもこういった時の事態は悪い方に働くものだ。

 そのつぼみの様な突起が徐々に開き始めたのだ。

 程なくして出来た空洞から何やら音が聞こえてくる。

 中から何かが出てこようとしている。

 そして飛び出て来た物は脚のたくさん生えた昆虫によく似た異形の生物であった。

 蟹の様な固そうな甲羅と外殻、前足は鋸の様なギザギザの付いた鎌のになっている。

 そして長く飛び出す眼、グチャグチャと蠢く口元。

 どう見ても危険な生物にしか見えない。

 しかもそれは一匹では無かった、次々にゾロゾロと同様の姿をした生物が穴から這い出てくる。


「何かヤバいぞ……みんな逃げるんだ!!」


「きゃああああああっ!!」


「うわああああああっ!!」


 アキマサの一声でロビー内の人々が悲鳴を張り上げ一斉に動き出した。

 しかしそれなりに広いとはいえ規模に限りのあるラウンジだ、避難しようとした人々はすぐにラウンジの載っている円盤の端に追いつめられる。

 そして蟹とも昆虫ともつかない怪物は見た目に反して素早く動き、次々と人々に襲い掛かり捕食していく。


 それはまさに阿鼻叫喚の地獄であった。

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