三人目 肉好き悪魔は育てた野菜も好む その四

 復讐実行日。


 ただ呼び出すのは味気ないと、バアルは金色と紺色のオッドアイで黒猫の姿に化ける。


「アスモデウス、以前に言った通りに頼んだ」

「は~い。任せて、夏目ちゃん。お姉さんがバッチリ、化けて騙しておくから~」

「主、お気をつけて。バアル、主のこと頼みましたよ」

「ったく、そう何度も同じこと言うなよグレモリー。夏目のことは俺がちゃんと護るっての」


 以前、指示した通りにアスモデウスは僕に化け、グレモリーはそのそばにいる。僕は、バアルの能力で不可視になり、悪魔にしか認識されなくなった。


 裏口から黒猫に化けたバアルと共に家を出る。玄関からは、やはり張り込みをしている刑事の車が確認できた。


「これで、アリバイ工作は問題ないな」

「くくっ。まさか、自分たちが見張っている間に三件目の失踪事件が起きれば、夏目がしたという疑いが消えるだろうからな。夏目の身辺調査も、抜かりなくしているだろうよ。夏目に協力者がいるなんて情報はない。失踪事件に夏目は関わっていないと思わせることができる」


 そう、そう思わせることが今は重要。僕を疑って、復讐の邪魔なんてされるのはごめんだ。だからこそ、疑いの目を潰す。


 僕とバアルは、山内真理子が通う大学へと向かう。その通学途中で、復讐相手に遭遇。


「夏目、姿は視えないとはいえ声は聞こえるから喋るなよ」

「分かった」


 黒猫ことバアルが近づく。猫に気づいた山内は、


「あら、可愛い黒猫。野良かしら。ほら、おいで」

「んなぁ~」


 明るめの茶髪ボブ、調べた通りのブランド物のバッグやアクセサリーを身に着けている。服装にもこだわりがあるのかお洒落に。


 黒猫は、足元に擦り寄り甘えてみせる。その頭や顎を撫でる山内。


「にゃぁん」

「あっ、行っちゃた。オッドアイの黒猫なんて初めて見たわ」

「みぃ~」

「何かしら?」


 黒猫は少し先で立ち止まり、背後を振り返り山内に向かって鳴く。まるで、ついて来てほしいと言うように。

 実際、そう言っているのだが。


「ついて来てほしいの?」

「にゃ!」

「あっ、待って!」


 短く鳴くと、とてとて先を歩いて行ってしまう黒猫のあとを慌てて追いかける山内。僕もそのあとをついて行く。


 黒猫が向かう場所は、僕も聞かされていないから分からない。

 バアルの奴、どこへ連れて行く気だ?


 黒猫のあとを追いかけ辿り着いたのは……。


「ここって……。神社……?」


 そう、僕を突き落としたあの神社の石段の前だ。


 その石段を登り、振り返っては鳴く黒猫。こっちだよ、と言わんばかりに。


 山内は一瞬、強張った表情で躊躇ったが石段を登って行く。登る間、黒猫は一言も鳴かずただただ石段を登り切りその先で山内を待つ。そうして、石段を登り切った山内。


「はあっ、はあっ……。どうして、ここへ連れて来たの? 黒猫ちゃん」

「そりゃあ、小娘にも関係がある場所だからに決まってんだろ」

「――っ⁉ だ、誰⁉」


 唐突に男の声が境内に木霊する。僕の姿が視えない山内にとって、ここにいるのは自分と黒猫だけ。辺りを見渡しても男の声を発する人物は見当たらない。


「どこから声が……」

「さあ、楽しい遊戯の時間だぜ」

「ひっ⁉ ど、どういうことよ! いるなら出て来なさい!」

「いるだろ、目の前によ」

「はあ? 何を言って……」


 声がする方へ、いや足元へ視線を向ける。そこには、オッドアイの黒猫が不気味な笑みを浮かべ山内に話しかける。


「いやああっ⁉」


 驚き、その場に尻もちをつく山内。喋る黒猫に恐怖し、尻もちをついた状態で後退る。


 黒猫は、口から紫色の煙を吐き出す。


「なっ……。げほっ、ごほっ。こ、これなに……」


 煙を吸い込み咳き込んで意識を失った。

 ちなみに、僕には効かないよう調整してくれたお陰で山内を見下ろす。


「さて、連れていくか」


 黒猫の姿から人の姿へ戻り、山内を担ぎ上げ予め創っておいたバアル専用の異空間へ移動する僕ら。


 異空間の中は、終わりが見えない石段が続く頂上。


「バアル、ここは?」

「あ? ああ、復讐を始める前に夏目にしたことをこの女にも同じ目に遭わせてやろうって思ってな。夏目がその身体になったのはこいつらが原因だろ? なら、それ以上の苦痛を味わわせる」

「そこまで考えていたのか」

「夏目との契約があるからな。それじゃあ、さっそく起こすか」


 契約があるとはいえ、バアルがここまで僕に合わせてくれるとは思っていなかった。ただ楽しいから、面白いからの理由で苦痛を与えるのかと。


 意識がない山内にビンタを張り叩き起こすバアル。


「いたあっ! な、なによ! 急に!」

「よう、目が覚めたか?」

「えっ……? だ、誰よあんた?」


 痛みで飛び起き、目の前に紺色の髪に金色の瞳を細め笑うバアルに怯える。


「俺か? 名は、バアル。今から、お前を突き落とす悪魔だ」

「は? なに言ってんのよ。突き落とす? どこから?」


 バアルの言葉の意味が理解できず質問ばかりする山内。


「周りをよく見ろ」

「え? って、ここどこよ⁉」


 バアルに言われようやく自分がいる場所に意識が向く。霧に覆われ、元いた場所とは異なるこの空間に戸惑う。


「霧? え、どういことよ⁉ ここはどこなわけ! さっきいた神社は⁉」

「くくっ。ここは俺専用の異空間だ。で、お前はこの石段から落ちていく」

「意味が……ひっ⁉」


 バアルが指差す方向を見て悲鳴がもれる。終りが見えない石段。永遠に続く石段を指され、本能で感じ取った恐怖でバアルから距離を取る。


「おいおい、どこへ行く気だ? お前はこっちだうが」

「い、嫌! そ、そんなところから突き落とされたら、あたし死ぬじゃん! 嫌よ、そんなの! 死にたくない!」


 そう言って、視えない僕の隣を横切り後ろにあった黒い扉を押し開けそこから逃げていく山内。


 僕は扉の方へ振り返り呟く。

「ここから、出るのは不可能だよ」

「ああ、そうとも。すぐ、ここへ戻ってくる」


 バアルの言葉通り、閉じた黒い扉が内側から開き山内が戻ってきた。


「う、嘘でしょ⁉ な、なんで戻ってきてるわけ!」

「諦めろ。ここから出ることなんぞ、人間にはできねえよ。お前の選択肢はただ一つ。ここから、俺に落とされ激痛を味わい泣き叫ぶことだけだ」


 笑いながら言い放つ。そんなバアルに山内は、首を何度も横に振り泣きそうな顔で訴える。


「い、嫌よ! あたし、何もしてないのにどうしてそんな目に遭わなきゃいけないのよ!」

「あ? 何、言ってんだよ。お前と、もう一人がしたことだろ。なあ、夏目」

「ああ。そうだな」

「えっ……」


 僕にかけてあった不可視を解くバアル。背後に現れた僕を見て腰を抜かす山内。


「あっ……、あ、あんたは……」

「へー、僕の顔、覚えていたのか」

「ひっ……!」


 もう自分の前には現れないと思っていた顔だな。残念だったな、貴様らに復讐するためこうして会いに来たぞ。


「あの怪我の後遺症で左腕にはほとんど力が入らない。それに、車椅子ほどではないが杖なしで歩けない身体になったんだよ。口封じのために、あの神社の石段から突き落とされ運悪く車に轢かれて」

「そ、それは……あ、あたしのせいじゃないでしょ……」


 怯えきった表情で、震える唇から必死に言葉を紡ぎ否定する。

 確かに、貴様が突き落としたわけではない。だが、あの場にいてあの男に助けを求め、僕を消そうとしたことに変わりはない。


「貴様がしたわけではないな。だからといって、僕が貴様を許す理由にはならない」

「ま、待って! それだけは……! お願い、謝るから! ごめんなさい! 本気じゃなかったの! ただちょっと、脅しのつもりで! あんなことになるなんて思ってもいなかったの! ごめんなさい!」


 土下座する勢いで謝る山内。


 脅しのつもりで、な。その結果がこの身体というわけか。……ふざけるなよ! 何が本気じゃないだ! 思いもしなかった、だ! バレることが怖かっただけだろ! 僕が、貴様らの虐めを公表し姉さんを死に追いやった事実が公になることを!


 そのために、事故に見せかけ僕の口封じをしようとしたんだろ!

 だから、僕も貴様らの思惑に乗ってやったよ。警察にも、ってな! 


 貴様らに復讐するため、無能な警察の介入を阻止するために!


「ふー……。謝罪なんていらない。僕が、貴様に望むのは死のみだ。バアル、やれ」

「おっ、やっとか。待ちくたびれたぞ」

「まっ、待ってよ! お願い、許して! いやっ、死にたくない! やめて! お願いだから!」


 バアルは、命令通り、山内の項を片手で掴み上げ石段のそばまで来るとゴミを捨てるかのように放り投げた。


「いやぁあああああああああああああああああああっ!」


 耳障りで頭に響く叫び声、そのあとから聞こえる悲鳴と苦痛の声、石段を転がる音、身体を打ち続け骨が砕ける嫌な音だけがこの空間に木霊する。

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