君がいてくれたから
はる
第1話 出会い
ボールペンの走る音がする。並行してパソコンのキーボードで文字が打ち込まれていく。私は迷いのないその音に驚いて立ち尽くしていた。すると、
「あの人はね、小説を書いているのよ。」
と、病院のナースの日比谷さんが教えてくれた。
日比谷さんはこの病院に務めて八年目のナースらしい。ベテランではあるものの誰にでも気さくで優しいその性格で周りの新人のナースからとても慕われている。もちろん患者さん達からの支持も厚くお手紙を山のように貰っているらしい。
「小説…?」
私はてっきり会社の仕事を病室でしているのかと思っていたからあまりピンと来なかった。
「そう、小説だよ。貴方より一つ歳上のお兄さん。どんな小説を書いているかは私もまだ教えて貰ってないの。」
一つ歳上かぁ。歳が近いとどんな人か気になってくる。
窓から吹く風で揺れるカーテンの隙間に目を凝らしていると、病院のゆったりとした服を来た華奢な青年の姿が少し見えた。青年の顔が気になってもう少しもう少しと近づいていたら、サッと外を伺うようにカーテンが開き、すぐに閉まった。
「あら、閉められちゃったわね。少し話してみれるか聞いてくるわね。ちょっとそこで待っててね。」
と優しく笑って日比谷さんはその閉まったカーテンの向こうへと話しかけに行った。
暫くすると、嬉しそうな日比谷さんと一緒に眼鏡を掛けた華奢な青年が手招きをしてくれた。
ベッドの上に取り付けられた簡易的な机の上には手帳サイズのスケッチブックとボールペンとノートパソコンが置いてあった。点滴で繋がれた彼の細い腕は白く病弱そうに見えた。
「初めまして、かな。僕、この病院に10年以上前から入院しているから色んな人とすれ違い過ぎてよく分からないんだ。前に会っていたらごめんね。滝川 緑(たきがわ みどり)です。今年で22歳になります。あまり外に出ることもなくて面白い話とか出来ないかもしれないけど、こんな僕で良ければよろしくお願いします。」
少し緊張しながらも柔らかく響くその笑みはまるで太陽のようだった。眼鏡をしていてもわかるその綺麗な瞳にはこの世界がどれだけ色鮮やかに映っているのだろうか。
「えと、鈴木 蛍(すずき ほたる)です。この病院には先月から入院しています。少し前まで会社で働いていました。今は怪我をしてるから休んでて…あとは、昔から怪我をすることが多くて、入院することには慣れてます。えと、そうじゃなくて、えと、今年で21歳になります。私もあまり面白くは無いかもしれないけどよろしくお願いします。」
青年とは比べものにならない程にカチカチに緊張して自己紹介をしてしまい恥ずかしくなった。
日比谷さんは「二人ともそんなに改まらなくていいのに」と面白そうに笑っていた。
青年も恥ずかしそうに苦笑いをしながらパタパタと手で顔を仰いでいた。
ひとしきり笑い終えると日比谷さんは「急ぎの仕事を思い出したから」と楽しそうに病室を出て行った。
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