第57話 挑戦のうた
心を盃だとする。喜びが溜まり、溢れることは幸せだろう。しかし盃がかけて仕舞えば喜びはこぼれ出てしまう。そして困ったことにその盃は鍛冶屋が治すのは難しいという。
俺のカナメの眼前には可愛らしい子供達が椅子に座っていた。子供特有の宝石のような目で俺たちに奇異の目線を向ける。
彼らを笑顔にできるだろうか。千金のイーティングにさえできなかったことだ。簡単に言えば俺は千の金貨が払われる芸よりも難しい芸をしなければならない。
いや、やるしかない。心を動かし、心を満たす、そんな詩を歌い師匠を超えることが俺の目的なのだ。そして俺の目的もそうだが、笑顔が少ない子供を笑顔にしてやりたいという思いの方が今俺の中では優っていた。
「皆さん、こんにちは。竜巻の詩人トルバトルと申します。皆さん龍の剣士の物語をご存知でしょうか?」
子供達はコクリと頷いた。俺はそれを確認すると頭の中で歌う詩を決めた。俺の中には本棚の本のように多くの詩がある。そしてそれをその場所に合わせてアレンジして歌うのだ。
「ここに歌いますは……龍の剣士に憧れた一人の少女の物語……」
今から歌うのはキールの詩である。俺の知る中で誰よりも努力し、前を向き、可愛らしく、強く笑うのは彼女だ。それが子供達に伝播すれば良い、そう思ってキールという戦士の詩をセレクトした。
「その剣士の名はキール!
彼女の剣は無謬なり
昔々の その昔
竜の剣士は そこにあり
後の世の中 言い伝え
感銘受けた 少女一人
剣振り鍛え どこまでも
鷹より鋭く 熊より強く
剣を振れば 風が鳴る
風が鳴れば 彼女あり
風切る斬撃 岩を断つ
可憐だからと 侮るな
魔獣の長をも 打ち倒し
随一の剣士を 打ち倒し
その剣岩断ち 全て断つ
負けて折れても 手を繋ぎ
仲間と共に 歩む道」
俺は息を吸った。ここからが真価だ。リズムを変える。散文体だ。
「岩を砕けと言われれば
その手岩をも砕くだろう
人の手砕けと言われれば
否 人の手は砕かない
守るべき人の手繋ぐだけ
そんな彼女 魔獣の首魁と相対す
一つ魔獣の爪おると
彼女の剣は一つ速く
二つ魔獣の爪おると
彼女の剣は二つ速く
一つ彼女が振り下ろす
魔獣の背中に土ががつく」
キールと魔獣リーブスの戦いを勝手ながら詩にさせてもらった。そしてアーツリングで学んだ知識を基にリズムを変えた。
俺にできることは全て詩に込めて歌った。俺は歌っている最中に閉じていた目をパチリと開けた。本当は開けるのが少し怖かった。しかし俺は彼らの評価を受けなければならない。無関心ならば俺の詩は届かなかったのだろう。少しでもワクワクしてくれたなら良い。
歌い終わった後、拍手はなかった。静寂のみがそこにあった。俺は表情には出さないものの、悔しかった。彼らの心に響かせられなかったことが歯軋りしたいほど悔しい。
「ありがとうございました」
俺がペコリとおじぎをする。そうするとトコトコと一人の男の子が近づいてきた。男の子はあどけない顔を傾けて訪ねてきた。
「楽しかった。本当にキールはいるの?」
「あ……あぁ!いるよ!俺の自慢の友達だよ」
たった一言だった。それも笑顔もなかった子供達の中からひとりだけだ。しかし少しでも俺の詩を楽しんでくれたようだ。他の子も互いに顔を見合わせてつまらなかったというような様子ではない。俺は内心胸を撫で下ろした。
「すごい剣士……僕会いたい」
男の子は俺の服の裾をグイグイと引っ張ってそう言った。俺は一瞬逡巡した。キールが良いと言うだろうか。しかし悩んでいても始まらない。俺はその子の手を引いて外で待っているキールの元へと向かった。
「キールっていう人すごい?」
「あぁ、すごいよ」
「つよい?」
「うん、すっごく」
ドアまでの廊下を歩く最中男の子の疑問は止まることを知らなかった。そしてそれを見てお婆さんは目を丸くしていた。
「その子、昨日まで何にもほとんど興味なさそうにしていたのですよ」
お婆さんは少し嬉しそうに俺に耳打ちした。それを聞いて俺は心がじんわりと温かくなった。それどころか目頭も熱くなった。心を少しでも動かすことができたのだ。その実感が湧いてきた。
ドアを開けて庭で待っているキールのところへ向かう。
「あの人がキールだ!」
俺はキールを失礼ながら指差させてもらった。キールはノリがいいとは言えないが、子供が駆け寄ってくるのに無視をしたりする人ではない。彼女は駆け寄ってきた男の子に目線を合わせるようにしゃがみ込み、彼の話を聞き始めた。後でキールにはお礼を言わねばならない。
詩で聞いた剣士の実物とあえて男の子の目は少しだけ輝いているように見えた。
後ろからカナメを始め他の子供達も恐る恐る続く。皆興味深げに男の子とキールの会話を見つめていた。そんな彼らに向かってカナメが珍しく大きな声を出した。
「じゃあ……みんな。お姉さんも……見せてあげる」
カナメはそういう時庭先に置いておいた黒光りする大きなハサミを手に取った。子供達は何を彼女が始めるのかと興味津々だ。
カナメのハサミはイーティングに取られていたが、後に地下牢の隅に保管されていたのを見つけたのだ。
「じゃあ……この木……お手入れ……してもいいですか?」
ここの管理者たるお婆さんは戸惑いながら了承する。子供達の心を動かすことと木の手入れがどう繋がるのかわかっていないようだった。
カナメの庭の手入れ技術は芸術そのものだ。彼女は凄まじいスピードで植木にハサミを入れ始めた。彫像が石から削り出されるかのように、木の形が段々と変わっていく。
そして完成した植木の作品は植木であることを忘れてしまいそうなものだった。
「これ……なーんだ」
カナメは子供達に微笑むと、ハサミを自分の後ろに隠し、植木を指差した。子供の二、三人が手をあげたり、指を刺したりしながら答える。
「鳥さん」
数人の子供達が鳥を模した植木に駆け寄った。四方どこから見ても羽ばたく鳥の出立だ。それを見る子供達の目は俺の詩を聞いた男の子と同じようだった。
残った子供達も恐る恐る鳥を模す植木に近づき始めた。そして口をポカンと開けたりしながらそれを見つめていた。一つ言えるのは絶対に彼らの感情が無関心ではないということだ。心が少なからず動いたのだと思う。
子供達との触れ合いも終わりの時が来た。夕暮れの庭先でお婆さんは深々と俺とカナメに頭を下げる。
「あの子達のあんな顔を見たのは久しぶりです。トルバトルさん、カナメさん、本当にありがとう」
立っていながら地面におでこをつけるほど腰を曲げた彼女。頭を上げると頬には光るものが一筋あった。
「イーティングのやろうとしたことを……引き継いでくれてありがとう。なんとお礼を言ったらいいか……」
「気にしないでください。心を動かすのが俺たちの仕事なので……それに全員、完全に笑顔にできたわけじゃなかったし……」
全員完全に笑顔、とはいかなかった。やはりイーティングができないものを俺たちのような若造が簡単に成せるわけがないのだ。しかし確実に種を蒔いたと言えるだろう。
「また会えたら……もっとすごいの……見せてあげます」
カナメはお婆さんに力強く言う。ならば俺も負けていられない。
「俺ももっと感動する詩を歌えるようになって見せます」
「頼もしい限りです。では……お気をつけて」
そんな言葉をもらって、俺たちはイーティングの願いのこもった家を後にした。
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