第4話 募るうた

 船から降りて、石畳の街道へと場所を移す。見事なまでにまっ平な街道である。本来凸凹の多い道をならし、石畳を敷くと言うのは並大抵の技と努力ではできないだろう。感嘆に値する。この道で一つ詩が作れそうだ。


 俺は街道を眺め、歩きながら詩を作り始めた。詩を作るときには視点が重要だと師匠が言っていた。いろんな視点から物事を見るのだ。例えばコップに入った水を見るとする。普通に見ればただの水の入ったコップだろうが、海を一部くり抜いたみたいだとか、波打つ透明だとか、いろんな見方ができるのだ。街道一つとってもさまざまな視点から見ることでひとあじもふたあじも面白い伝え方になるのだ。


 しかし理論は分かっていてもいざとなると思い付かないのが詩作というものだ。歩きながら俺は頭を捻るがいいフレーズが思いつかない。

そうこうしているうちにあっという間に街道は終わりを見せた。すなわち街のお出ましである。魔法産業が盛んなグリンの街は入るや否やじょうろが空を飛び、畑に水を撒いている。


「すっげ……」


 詩人といえども言葉を失うことがあるのだ、多分。その一言だけを捻り出すのにかなりの労力を使った気がする。それほどまでに町の景観は見事で、奇天烈なものだった。


 まず俺は今一歩も歩いていない。なのに街中を進んでいる。なぜかと言うと石畳が勝手に前へ前へと俺を運んでくれているのだ。動く床など思いつきもしないし、思いついたとしてもどうやって作るのだろうか。


 お次は街の至る所にいきなり人が現れている。師匠から聞いた瞬間移動の魔法であろうが、突然何もない空間から湧くように人が出現するのには驚くしかない。


 さらに不思議なことに道を馬車が走っている。馬車のみが走っているのだ。もうこれは奇術師の類じゃないかと疑いたくなるくらいだ。しかし街の人々はそれを当然だと言うように馬のいない馬車に乗り降りしている。


 師匠と数年旅をしていたが、こんな魔法だらけの街は初めてだった。いや、今ならわかる。師匠はあえて俺と一緒に行動していた時は魔法の街を避けていたのだ。おそらく俺に驚き、感動を与えるためだ。感動や驚きは新たなるひらめきを与えてくれるものだ。その証拠といえばいいのだろうか、俺はひとつこの街の詩を思いついた。無論見直しは必要だろうが、一つ詩が増えたのは喜ばしいことだ。これをグリンの街の歌と名付けよう。


 ふとした瞬間に石畳が止まった。動く石畳から降りると街の散策を始める。グリンの街は異郷という言葉がよく似合う。俺と同じ船に乗ってきた人たちもおそらくグリンの街に驚いているだろう。


 しかし楽しんでばかりはいられないのが詩人の辛いところである。詩を街中で歌い、食べ物やお金を貰わねば生きてはいけない。多少の貯蓄と食べ物は持っているが、それは稼がないことの言い訳にはならないのだ。俺は師匠からもらった羽根つきの帽子を被り、人通りの多い商店街近くの道に陣取った。


 しかしここでふと気づく。楽器がないのだ。そして楽器があったとしても俺は弾けない。一人で詩の発表をするのは初めてであるから完全に放念していた。


「やばいやばい……どうしよう」


 俺の詩はまだ拙いから音楽の力を借りねばならない。しかしその音楽がないというのは大問題だ。ジャムのないパンである。いや、まぁ、パンはパンで美味しいのだが。


 とにかくだ。俺は音楽がないと詩を歌えない。このままではそのうち貯蓄が尽きる未来しか待っていない。詩人として名を挙げる前におしまいである。


 俺は必死に考えを巡らし、あたりをキョロキョロと見渡した。


 ふと緑色の掲示板に何かを貼っている男の人がいることに気づいた。その大柄な男の人に俺は近づいた。なんとなくそうすべき、と思ったのだ。勘である。


「それは何を貼ったのですか?」


「ん?この張り紙かい?これは魔力宝玉の採取団の募集だよ」


「魔力宝玉……魔法道具の動力源になるやつですか?」


「そうそう。最近魔法道具の生産に宝玉の採取が追っ付かなくてね。一般人からも有志を募ることにしたのさ。見たところ君足腰強そうだね。挑戦してみるかい?」


 詩人と魔力宝玉の採取は全く関係がないだろう。しかしお金を稼ぐ手段が今ない以上生き延びるためにやるしかない。それに詩を作るヒントだって見つかるかもしれない。前向き思考は重要だ。俺は大柄な男の人の目を見てコクリと小さく頷いた。


「やります!」


「お、いいね。じゃあ1週間後に市役所においで。そこに有志は集まることになってるから」


 1週間。師匠からもらったお金を駆使すればなんとか生き延びることができる期間だ。


 俺は探し出した中で言っちゃ悪いが1番ボロボロの宿へと泊まることにした。なんとお値段は銅貨2枚だ。これなら師匠から貰ったお金も十分に余らせることができる。食事はついてこないのは少しがっかりしたが、そこは自分で食材を調達し、なんとかやりくりすることになった。


 そんなこんなで1週間後、俺は宿屋の軋むドアを開け放ち、市役所へと出発した。今日でこの少し傾いた廊下ともおさらばだろう。そう言ってしまうとなぜだか寂しく感じるのが不思議だ。人間の感情とは人間からしてもよくわからない時がある。


 市役所へと着くと数人の筋骨隆々の男達が掲示板に張り紙を貼っていた人の周りに集まっていた。市役所の外観は見事なもので、白い壁はシミひとつなく、雲に触れるのではないか、と思うくらいに高い。そんな役所に集まった集団の中に俺も混ざり込む。


「こんにちは!来ましたよ!」


 魔法宝玉採掘隊の張り紙を貼っていた男の人に俺は元気よく挨拶した。これから一緒に採掘に行くのだから仲良くしたほうがいいに決まっている。俺はにこやかな笑顔を作った。しかし一方で張り紙をした男の人の顔はあまり明るいいものではなかった。


「どうしたんですか?」


「ああ……君か、来てくれてありがとう。でも……集まったの20人なんだよ」


「それの何が問題なんですか?」


「この街の魔法道具を賄うための魔法宝玉だよ?20人で集め切れるわけがないんだ。100人は集まると思ったんだけど……」


 男はため息をついた。

 俺は顎に手を当てて考える。この状況は一見すると俺たち採掘隊のピンチだ。しかし詩人としての俺にはチャンスではなかろうか。


「あの……あと80人ですね!1時間ください。集めてきます!」


「しょ、正気か?80人なんて……」


 俺はどんと胸を叩いて見せる。風の詩人の弟子として80人集められなくてどうする。偉大なる詩人の弟子ならば、人の心を動かして採掘に参加してもらうことは当たり前のようにできて然るべきだ。


 俺は男の人やその他の採掘隊の人々に待ってもらうことにした。どうせ20人ではどうしようもなかったのなら、と俺を信じて彼らは任せてくれた。


 見せてやるぞ、竜巻の詩人が人の心を巻き込むところを。


 市役所前には幸い人通りがとても多く、一分間に150人は通っているだろう。ならばそこで募兵の詩を歌い、人々に魔法宝玉の採掘への参加を訴えかけるのだ。


 俺は沢山の人通りの中、ひとりの少女に狙いをつけた。ポニーテールの彼女は背中にリュート、腰に剣というよくわからない組み合わせの装備だが、楽器を弾けるのは間違いなさそうである。


「ねぇ、君!一曲頼めないかな?」


「私が?」


「2金貨出す!」


「……のった。金に困っていたところだ」


 頼んでおいてなんだが現金な少女のようだ。しかし役者は揃った。俺は初対面の彼女と綿密な打ち合わせを行い、いざ市役所前の階段の上に陣取った。


 


 


 

 




 

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