第55話 贈り物と、交錯する思惑

「今回は、情報提供のお約束に加えまして、友好の印として、『灰の街』代表である、ルインバース議長からの贈り物を持って参りました」

 レバナスが笑顔のままで言った。

「贈り物?」

「はい。『灰の街』より、りり様に、これを献上させていただきます」

 その言葉に合わせて、随行員が机の上に何かを置く。

 ごとり、と音がして机に置かれたのは……頭の大きさ程の、金属の塊の様なものだ。

 その塊は、虹色が混じった様な、不思議な銀色に、きらきらと光っている。


「これは……?」

「これが、ミスリルでございます」レバナスが言った。

「魔法銀と呼ばれる、ミスリルの塊です」

「これが……?」

 初めて見る不思議な輝きに、わたしは興味深くミスリル鉱石を眺めた。

 文献では知っているが、実物を見るのは初めてだ。

 わたしの横で、コアクトも目を輝かせている。彼女も見るのは初めてのようだった。


「ヘルシラントの皆様からご提供いただいている『魔光石』も貴重な品物ですが、このミスリルも美しく、希少な金属です。是非お役立て下さい」

 レバナスの言葉に、わたしは改めてミスリル鉱石を眺めた。

 きらきらとした光を放つ、銀色に虹色が同居している様な輝きが、本当に美しい。これなら、どんな装飾品を作っても、美しく仕上がるだろう。

「ありがとう、レバナス殿。加工して何かに役立てさせて貰います。ルインバース議長にも、宜しくお伝え下さい」


 わたしの礼の言葉に、レバナスは続けて言った。

「お気に入っていただいた様で、嬉しいです。どうぞお役立て下さい」

 そして、笑みを浮かべたまま、続ける。


「……それに、この鉱石は、聖騎士サイモンへの対策検討にもお役に立つかと」


 この流れで唐突に出てきた、「聖騎士サイモン」の言葉。

「? ……どういう事ですか?」

 わたしの質問に、レバナスが答える。


「あらゆる魔力を弾くと言われる、このミスリルですが、聖騎士サイモンは、このミスリルで作った装備で全身を包んでおります。鎧も剣も盾も、ミスリル製なのです」


 その言葉にわたしは、改めてきらきらと輝くミスリルを眺めた。

 魔力を…弾く…ミスリル……。


 レバナスは表情を変えずに、続ける。

「そのため、彼には、あらゆる魔法攻撃、そして魔法的な力は効かないのです」

「魔力が……効かない……」

「ミスリル装備に守られているので、彼は魔法攻撃を恐れずに、直接攻撃で敵を圧倒する戦い方ができるのです」


 わたしは、レバナスの言葉を頭の中で反芻していた。

 サイモンには、サイモンの装備には、あらゆる、魔法が、魔力が効かない……?

 その言葉が、じんわりと頭の中に染みこんでくる。

「聖騎士サイモンはこれまでの冒険で手に入れた、様々なアイテムや魔道具を所持していますが、なんと言っても、このミスリル装備が最も貴重なアイテムです。

 彼の代名詞であり、彼の強さの源泉でもあるのです」

「……………」

「勿論今回もミスリル装備に身を包んでいる筈。なので皆様も、この鉱石を研究する事で、彼に対抗する手段も検討できるかもしれません」



 何気なく発言するレバナスを前に、ちらりと横に目を遣ると、コアクトの顔色が変わっているのが判った。

「……………」

 わたしと目が合うと、はっと気がついた様に、元通りの表情に戻る。

 だが、その態度を見て判った。

 コアクトは……わたしと同じ事に気がついたのだ。



「あ、そうだ」

 そんなわたしたちをよそに、レバナスが、ふと思いついたかの様に言った。

「いずれ来る、聖騎士サイモンとの戦いのために、参考になるかと思います。

 りり様。りり様のお力で、このミスリルを消してみていただけますか?」


「えっ?」

 思わず声を上げたわたしに、レバナスが続けた。

「りり様の持つ、消滅の能力……。

 聖騎士サイモンと戦うためには……まずは彼が全身に装備している、このミスリルを『消す』事が必要になりますよね? この鉱石で、是非お試し下さい」


「……………」

「さあ、遠慮なさらずに、どうぞ、りり様」


「……………」

 促されたわたしは、手をかざして、ミスリル鉱石の方に向けてみた。

 一切の魔力を無効化する、魔法の銀、ミスリル。

 この鉱石に意識を向けて、「掴み」、消そうとしてみるが……


「……………」

「おや? どうなされました?」

 手をかざしたまま止まっているわたしを見て、レバナスが不思議な表情を見せる。

「りり様の『スキル』で消さないのですか?」

「……………」

「それとも、もしかして……」



 その時、コアクトが横から口を挟んだ。

「そうですよね、りり様。折角の貴重ないただき物を、消してしまうのは勿体ないですよね」

 そう言って、ミスリル鉱石を抱え上げる。

「この鉱石は一旦保管しておき、後ほど、りり様のお力で『削って』、いろいろと加工品を作ってみるのはいかがでしょうか?」


「……………。……そうですね。一旦下げておいて、コアクト」

 コアクトの言葉に、わたしは頷いた。

 そして、改めてレバナスに告げる。

「レバナス殿、『灰の街』からのご厚意、感謝します。このミスリル鉱石は、これを使わせていただいて、何を作るのかをじっくり考えてから、加工してみる事にします」


「承知いたしました」

 レバナスはそう言って、頭を下げた。

 が、ふと気がついたかの様に尋ねる。

「……するとやはり、りり様のお力であれば、ミスリルも『削れる』と?」

「そうですね。りり様のお力は、全ての物を消す事ができます。魔法の炎や鍛えられた焔鉄も、易々と消してしまわれるのです。例外はありません」

 コアクトがわたしの方をちらりと見ながら、レバナスに素っ気なく答えた。

 わたしも、彼女に合わせて頷く。

「ですが、貴重な品物ですし、りり様の消滅能力で、考えも無く削ってしまうのは勿体ないです。どの様に削って何を作るのかは、じっくり考えてみる事にします」


「……………。

 ……そうですか。承知いたしました」

 そう言って、レバナスは頷いた。



「我々は当面、ヘルシラント温泉の酒場に滞在しています。

 聖騎士サイモンの情報が入りましたら、逐次使者を出して情報提供させていただきますので、どうかお役立て下さい」


 最後にそう言い残して、レバナスたち「灰の街」の使者たちは退出したのだった。




 ……………



「コアクト、さっきはありがとう」

 レバナスたち、「灰の街」の使節や、ゴブリンたちの主立った面々が退出してから、わたしはコアクトに言った。

 彼女のとっさの発言、フォローで助かった。

「いえ。りり様のお役に立てたのなら良かったです」

 コアクトが頷いた。

 ……そして、心配そうに言った。

「その……先ほどは、やはり?」

 コアクトの言葉に、わたしは頷いた。



「ええ。……ミスリルは、消せませんでした」

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