第23話 脅迫には屈しない!

「ヘルシラント族よ! 我がイプ=スキ族に服属し、貢納を差し出すべし!」

 イプ=スキ族の使者、コランがわたしたちに命令する様な口調で、大声で叫んだ。

 その声が、「族長の間」に響き渡る。


「……服属? 貢納?」

「そうだ! お前達のものは、我がイプ=スキ族のものなのだ!」

 わたしの疑問の声に、使者はふんぞり返った姿勢のままで言った。

「最近はずいぶんと景気が良い様だし、いくらでも出せるだろう?」

「……………」

「手始めに、今日は供物を受け取りに来た! 魔光石を荷車にありったけ乗せろ! 全部だ!」

 偉そうに言い放つ使者。


 わたしはため息をついた。

 一緒に来た連中がからっぽの荷車を引いてきたのは、そのためだったのか。図々しい事に、わたしたち「ヘルシラント族からの貢ぎ物」を乗せて帰るつもりだった様だ。それも、手持ちの魔光石で満載しろとのご注文付きだ。……図々しい。

 更に、彼らの要求はそれだけでは止まらなかった。


「あと、貴様は一緒に来るんだ!」

 使者がわたしを指さして言った。

「な、なんですと、りり様を!?」爺が驚いて呻く。

「そうだ! イプ=スキまで来て、スナ様に臣下の礼を取って貰うぞ!」

 そう言って、何かをわたしの方に投げる。

 わたしの目の前で、ころころと地面に転がったそれは……首輪だった。


「その首輪をつけろ! 我がイプ=スキへの、スナ様への服従の印にな!」



(ああ、これは……「そういうこと」なのね)

 わたしは密かに納得した。

 要するに、何か交渉しに来たわけではなく、「ケンカを売りに来た」のだ。または、もしかしたら本当におとなしく服属すると思っているのかもしれない。


 要求が自分たちへの服属……全面降伏という事は、従えば部族全体が軍門に降る事になる。そして、最初の要求が「魔光石」全没収という事からも、この要求を呑めば、その後は酷い収奪の日々が待っているだろう。

 そんな事を受け入れる選択肢なんて……ありえない。


「さあ、首輪を拾え! 『ヘルシラントのリリ』よ!」

 使者が勝ち誇った様な表情で言った。

「どうした! 『ヘルシラントのリリ』! まずはスナ様の代理人である、この俺様に跪かないか!」

「……………」

 わたしは言いたい放題の使者を眺めていたが……いい加減許せなくなったので、すうっと彼の方に手を伸ばした。


 次の瞬間、ボシュッ、と小さな音がして、使者のズボンがすぽっとずり落ちた。わたしが「採掘マイニング」の能力で、ズボンの紐の部分を消してやったのだ。

「!!!??」

 このタイミングで急にズボンがずり落ちたので、慌てて持ち上げながら目を白黒させる使者。

 そして、その更に次の瞬間、彼はバランスを崩して、ズボンを持ち上げた体勢のまま、派手に後ろに尻餅をついて転がった。

 わたしが、足下の地面を「採掘マイニング」で消してやったのだ。


 その滑稽な様子に、ギスギスしながら使者を見ていた、部屋の中の者たちがくすくすと笑った。爺もリーナも笑っている。

 そして、転がした当の本人であるわたしも、間抜けな様子に思わず笑ってしまった。


「くっ……」

 使者の表情が、みるみる真っ赤に染まる。

「『ヘルシラントのリリ』!! イプ=スキ族の正式な使者である俺、コラン様に、こんな非礼な態度を取って許されると思うな!」

 使者がわたしに指を差して叫んだ。

「服属しないなら、攻める、とスナ様も仰っている! 覚悟はあるのだろうな!」


「さっさと帰りなさい。……消されたくなければね」

 喚いているイプ=スキ族の使者、コランに、わたしは、ぴしゃりと言った。

 そして、使者に指先を向けて、今度は耳飾りを「採掘マイニング」で消してやる。

 ボシュッという音と共に、顔のすぐ横で耳飾りが消えたので、使者が「ひいっ」と悲鳴を上げて尻餅をついた。

 その様子を見て、ヘルシラント族の面々から、失笑の声が上がる。


 続いて、先ほど使者が投げてよこした首輪も「採掘マイニング」で消してやる。

 尻餅をついている使者の目の前で、音を立てて、跡形も無く首輪が消滅した。


「これが、わたしの答えです」


 次の瞬間、使者は真っ赤になって叫んだ。

「次の満月の日だ! イプ=スキ騎兵で踏み潰してやる! 今更後悔しても遅いぞ! 覚悟しておくがいい!」

 そう叫んで、わたしを含めたヘルシラント族の面々をぐるりと見るように睨み付ける。

「『ヘルシラントのリリ』! お前も、ヘルシラント族の連中もみんな、イプ=スキ族の弓騎兵で矢を打ち込んでやる! ハリネズミに変えてやるぞ! 楽しみにしておくことだな!」

 捨て台詞を残して、使者が靴音高く、「族長の間」を出て行く。


 わたしたちはため息をつきながら、その様子を見送ったのだった。


 静まり帰った「族長の間」の中で。

 爺が、ぽつりと、

「イプ=スキ族が攻めてくる事になりますな……」と言った。

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