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第21話
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すぐに踵を返した人狼に続いて、ハリエッタもまた大急ぎで階段を駆け下りていく。一行が向かった先は中庭を見下ろせるバルコニーだった。ハリエッタ達が先にこの城砦にたどり着いたおり、伯爵とリリーベルが立っていた場所だった。
そこにハリエッタが立って様子を伺った時点で、すでに軍服姿の騎馬の一団が、死せる兵士達の軍勢の列を突破し、一斉に中庭になだれ込んできた、まさに丁度その瞬間であった。
騎馬の一団が一気呵成になだれ込んでくる中、死せる兵士達は隊列を崩し押されるがままに後退し……中には騎馬の突進に踏みとどまれもせずに転んだり突き飛ばされたり、地面に投げ出され馬蹄に踏みにじられる者もいた。これが人間の兵士であれば無残で哀れな光景にも見えたかも知れないが、死せる兵士どもは骨の一片一片にばらばらになって散らばってしまい、挙句はさらさらと砂になって消えていくばかりだった。そして行く行くは、一度帰した砂塵のひとかたまりから、あらためて人型をなし全く新しい兵士たちが姿を見せるのだった。気がつけば中庭への進入を食い止めようと隊列を組んでいたよりもまさに倍の頭数が、侵攻してきた部隊の騎士達を押し包んでいた。
「一体どういうこと……? あれはもしかして、王国軍の兵士では?」
その混乱を見守りながら、ハリエッタが思わず疑問を漏らす。確かに、騎馬の一軍が身にまとっていたのは王国駐留軍の軍服だった。よくよく見やれば軍服の意匠の異なる一団が後続にいて、それがよく見知った荘園の騎士団であることが分かった。
ガレオンの手勢がいるのは分かる。でも何故王国軍まで……?
そもそもガレオンは手勢をこんな目に合わせたくないからと救援を拒んだのに、彼女らを追ってここにやって来るのは本末転倒ではないか。それでも敢えて乗り込んできたからには死せる兵士達と対峙するのはやむを得ないとして、王国軍の兵士までもが一緒に危機に晒されようとしていた。そればかりか、実際にはそんな王国軍の方が先頭なのだ。これを黙って見過ごすわけにはいかなかった。
「伯爵、死せる兵士たちを止めないと」
「無理だ。彼らのあるじは、厳密に言えば上で眠っているエナーシャなのだ。彼らは誰の命令も受けられずに頑なにこの城砦を守っているだけなのだ」
「そんな……!」
見れば、中庭の木立に手綱をもやいだだけだったミューゼルがうろたえて浮足立っているのが見えた。
いても立ってもいられずに、ハリエッタは我知らず駆け出していた。手に愛用の剣がある事を確認しつつ、大慌てで階段を下りていく。何が出来るというでもなく、とにかく馬だけでも安全なところに誘導しようと、機嫌をなだめながら手綱を引いて屋内へと引き入れようとする。
だがもやいを解かれたミューゼルは、逆に興奮したままあらぬ方向へと駆け出していくのだった。
「ちょ、ちょっと!」
ハリエッタは慌ててミューゼルの馬首にしがみつき、その背に飛び乗った。
こうなってしまっては、なるようになれと思うしか無かった。
興奮したミューゼルは安全な場所へ退避するどころか、騎士達と死せる兵士どもがもみ合っている混戦のさなかへと突進していく。こうなって来ると兵士どもの方でもミューゼルとハリエッタとが伯爵の客人であるとかないとかを識別するいとまも無かっただろう、向かっていくところをとにかく足止めせんとばかりに兵士が立ちふさがるので、ハリエッタも剣を抜いてこれを薙ぎ払っていくより他になかった。彼女としてはとにかく混戦を抜けて安全な場所へ避難したかったが、ミューゼルも行く手に待つ兵士の姿にいちいちびっくりしては進路を変えるものだから、ハリエッタもどうなだめてよいかもわからない。振り落とされないようにしがみつくだけで手一杯であった。
当然、行く先にいるのが死せる兵士達とは限らない。騎乗した騎士団の誰かしらとぶつかりそうになる事もしばしばで、とくに王国軍の兵士達は戦場にハリエッタの姿を見つけてはどの兵士も一様に驚いた顔を見せるのだった。無理もない、味方以外で死者でも兵士でもない者にこの混戦の中、遭遇するなどと思っても見なかっただろう。それが王国軍の兵士ではなく、ガレオンの手勢であったとしても、彼女とここですれ違えばやはり驚いた表情を見せざるをえないのだった。
では、それがガレオン当人であったならば、どうだっただろうか。
ハリエッタはミューゼルが突進していく真正面に馬影を見て、思わず手綱を引く。行く手を遮られたからといって、死せる兵士達のように無造作になぎ倒してしまうわけにはいかない。
だがその時ばかりはむしろ間違えて打ち込んでしまっても良かったのかも知れなかった。お互い正面からの衝突を避けようと無理に馬首を転じようとしてバランスを大きく崩しそうになる。馬の姿勢を立て直しながら相手をあらためてまじまじと確認して、彼らはお互いにあっと声を上げたのだった。
「あなたは……!」
「貴様……!」
そのように声を上げたのは、誰であろうガレオン・ラガン当人であった。
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