第25話 熱い視線の意味するもの 

「風音くん、あの歳でもうプロとして働いているのですか。立派ですねえ」

「祓い屋は万年人手不足だからね。情けないけど、子供にも頼らなきゃいけないんだよ」

「なるほど、それでこれ以上祓い屋の数を減らしてはいけないと、結婚を急がされているわけですね」

「ま、まあね。親はとっくに死んじゃってるけど、代わりに面倒見てくれた人達がお節介焼きばかりでさ。まったく嫌になるよ」


 せめて兄か姉でもいたら、もうちょっと風当たりも弱かったのかもしれないのにね。

 だけど何の気なしに言ったこの言葉に、御堂君は眼鏡の上の眉を動かした。


「ご両親は、亡くなられているのですか?」

「あれ、言ったことなかったっけ? うちの親も祓い屋だったんだけど、この仕事をしてると強い悪霊と戦うことだってあるから、珍しい話じゃないよ。あ、けどさっきも言った通り、里の人達が良くしてくれたから、寂しくはなかったよ。結婚を急かされるのは、ちょっと迷惑だけどね」


 お見合い写真を並べる爺ちゃん婆ちゃん達のことを思い出しながら、苦笑いを浮かべる。

 そういえば御堂君に、こんな風に身の上を話したことってなかったっけ。


「そういや、君の所はどうなの? 早く結婚しろとか、言われてないの?」

「はい。うちの両親は、僕に興味がありませんから」


 ん? なんか今さらっと、重たいこと言わなかった?


「興味が無いって、どう言うこと?」

「そのままの意味です。僕の家は、地元ではちょっとした名家でして。立派な跡継ぎを育てるために、代々長男は英才教育を受けてきました。その反面、次男は自由に好きなことをやれば良いって方針だったんですよ」


 そんな彼の下の名前は『竜二』。次男であることが伺える。


 自由に好きなことを、ね。

 そこだけを聞くと良いことみたいに思えるけど、その前に言った『興味がない』を合わせて考えると、とたんに印象が変わってくる。

 それは自由と言うか、ほったらかしってこと?


「ご両親と、上手くいってないの?」

「いいえ。上手くいくも何も、お互い不干渉が当たり前になっていますから、何も問題ありません。実際そのおかげで、今の仕事に就けましたし。もしも僕が長男だったら、こうはいかなかったでしょう」


 御堂君は「ははは」と笑ったけど、やっぱりちょっと考えちゃうなあ。

 親や親戚でなくても構ってお節介を焼いてくれる人がいるあたしとは正反対。そのお節介をたまに疎ましく思うこともあるけど、今の話を聞いた後では、色々考えてしまう。


 だけどついついしんみりした気持ちになっていると、彼は慌てて付け足してくる。


「あんまり気にしないでくださいね。本当にこれで良かったって思っていますから。おかげで、火村さんとも会うことができましたし」


 またも意味深なことを言われて、思わず身構える。

 今日の彼はいったい何なんだ? 冗談なのか本気なのかはわからないけど、やけにグイグイ来るじゃないか。


「どうした御堂君? 何か変な物でも食べた? それとも旅行で、変にテンションが上がっちゃってる?」

「いいえ、そういうわけではないのですけどね。すみません、少し焦ってしまいました」

「焦る?」

「はい。さっき担当の方と話して、風音くんと会って思ったのです。僕はどこまでいっても部外者でしかなく、火村さんの事だって全然知らないんだなって」


 彼が何を言いたいのかが今一つわからない。

 あの担当が暴言を吐いたのは悪かったって思うけど、風音がどうしたって?


 首をかしげていると、御堂君はじっと。本当に穴が開くくらいじっと、あたしを見つめてくる。


「もっと貴女の事を、たくさんの事を知りたいんです。火村さん、今は事件解決が優先ですけど、すべてが終わったら大切な話があります」

「えっ?」

「冗談で言ってるわけじゃなく、とても大切なお話です。聞いていただけますか?」

「う、うん……」


 熱のこもった声に、メガネの奥の澄んだ瞳。見つめられると、心臓がバクバクしてくる。

 彼が言ってい事が何を意味しているのか、わからないような子供じゃない。

 話というのやっぱり、男女のあれこれ的な?


 いや待て。確実にそうだとは限らない。もしこれで違ったら、メチャクチャ恥ずかしいじゃないか。

 こんなモヤモヤした状態で、おあずけ食らわなくちゃいけないの? なんだその生殺しは!?

 それならいっそ今言ってーっ!


 ——ガチャ


「お待たせしました。書類が用意できたのでご記入を……どうかされました?」


 部屋のドアが開いた瞬間、あたしは椅子から跳ねて御堂君から距離をとっていた。

 そういえばここ、祓い屋事務所の一室だったんだっけ。ついラブシーンの一歩手前になっちゃってた。


「何でもない」と答えながら席り、渡された書類に記入を始めたけど、隣に座っている御堂君の視線がやけに気になる。


 もうさっきみたいな熱い眼差しではないのに、見られていると思うだけで胸が高鳴ってしまう。

 よーし、こうなったら早いとこ事件を解決して、話とやらを聞いてやろうじゃないの!


 決意を胸に、書類を書きなぐるのだった。




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