第6節(その4)
「暴いたわけでは無いでしょうね」
アドニスが、地面に穿たれた墓穴と散らかった残土を見やりながら言う。ベオナードも同じように土の具合をつぶさに観察しつつ、所見を述べる。
「埋めたはずの土を誰かがもう一度掘り返したというよりは、もぐらのように土から何か這い出してきたあとのように見えるな」
「何かが」
「我ながらどうかしている考えだとは思うが、ひとたび埋めたものが自分の力でまた這い出てきた、とみるのが一番道理にあうであろうな」
至極冷静な正騎士の言葉に、ルーファスは声を荒げて問いただした。
「では、ここに埋めた死者たちこそが、あの悪鬼どもの正体だった、とでも言いたいのか!?」
「……なるほど。これこそが、竜の呪いというわけだ」
ベオナードが一人納得したように頷くのに、声を荒げながらいかにも虫の居所の悪そうな形相のルーファスが、ことさらに眉間にしわを刻ませて、なんとも言えない渋い表情で正騎士をにらみつけた。同じ難題を突き付けられて両者の態度の違いがこのように出てくるのも興味深い話で、それを観察していられる程度には、アドニスは一連の成り行きを冷静に見守っていた。
寝息を立てる赤子の様子をうかがいながら、アドニスは周知の事実を今一度確認するために、二人に告げる。
「ここに埋葬した五人のうち、二人は最初に竜に遭遇したさいに命を落とした。一人は踏まれ、一人は炎に巻かれて命を落とした。それが、この暴かれていない方の墓石の二人。……そして、私たちがオルガノフを殺した後で、怒り狂った竜に踏みにじられて死んだのが、こちらの暴かれている方の墓に埋葬されていた三人」
「もう一人、負傷しているぞ」
「マーカスはでも、まだ生きている」
「……そのマーカスは、今どんな具合だ?」
近衛騎士の放ったその質問に、アドニスとベオナードは無言で顔を見合わせた。そんな二人に、ルーファスは詰め寄り気味に質問を重ねる。
「魔導士よ。お前が言いたいのはつまり、悪鬼として蘇るのは、オルガノフが絶命したのちに竜に刃向かうなり、竜によって絶命したりというのが条件であろう、という事なのか。となれば……」
まだ息のある者について、仮の話でも死んだ後のことを口にするのははばかられたが、誰しもの脳裏をよぎったのは同じ思いだっただろう。
いずれにせよ、その答えは時間が教えてくれるはずだった。容体が持ち直してくれるに越したことはなかったのだが、結局マーカスは一連の騒動で皆がくたくたに疲れ果てた、その明け方に息を引き取っているのが見つかった。
ベオナードがわざわざ手配した王国軍の医療班は結局その日の午後に村に到着したものの、そのまま引き返してもらう事になった。その際、ベオナードと近衛騎士ルーファス、そして供回りのわずかな手勢だけを残し、部隊の大半は医療班に同行する形で村を撤収、先に王都への帰途についてもらった。無論、そこに残った一同の中に魔導士アドニスの姿もあった。
息を引き取ったマーカスについて言えば、その後の変化ははっきりと顕著であった。医療班と部隊の兵士が撤収を終えた夕暮れ時には、皮膚がみるみるうちに固いうろこのような状態に角質化していくのが分かった。そのまま寝ずの番を続け、二日目の夜半過ぎには不気味な雄叫びとともに突然起き上がった。疲れ果て、うつらうつらとしていた三人は突然の金切り声に慌てて飛び起きる。アドニスが緋色の剣を構えマーカスだったものに相対すると、先だってと同じく剣は光を帯び、切っ先を押しあてるとマーカスはみるみるうちに灰のかたまりと化した。
「対処が分かっていれば、呆気ないものだ」
ベオナードが独り言のようにつぶやいた。それを横目に見やりながら、近衛騎士が問う。
「あらためて確認するが、オルガノフが死んだあとで竜に手をかけるなりしたものは誰と誰だ?」
「竜の首に剣を突き立てたのはおれだ。だからおれは確実だな」
横にいたベオナードが自嘲気味に、挙手をしてそう言った。
「ルーファス、あなたの部下の近衛兵たちは、竜を足止めしようと縄をかけようとしていたわよね。それとあなた自身も爪を持ち帰るために亡骸から指を切断した。作業をしたのは部下たちかも知れないけど、あなたもその時竜に触ったりした? そもそも血溜まりに足を踏み入れないと、爪までは近寄れなかったはずよね?」
「……だとしたら、俺にも可能性はあるのか?」
「おそらくは。それと、この私。雷鳴を呼んで竜にとどめを刺したのは私だし、剣と赤子を回収するために、私もあの血だまりに足を踏み入れた」
「……」
一同の上に重い沈黙が流れる。
ルーファスは納得がいかないのか、おのれの内からあふれ出る憤怒を必死に押しとどめるかのような形相で、眼前に立つ正騎士の姿をじっと睨み据えた。
「頼むから俺を睨むのはやめてくれよ。睨んだところで、一体どうなるというのだ」
「……!」
今にもベオナードに掴みかかろうというのを、ルーファスは必死に押しとどめた。ベオナードは涼しげに肩をすくめたが、彼にしても同じ末路をたどるかも知れぬという意味では同じ身の上だったはずだ。筋違いに怒りのやり場をそこに求めるのは愚かしいことだとどうにか言い聞かせ、ルーファスはどうにか理知的にふるまおうと立ち直る。
そんな近衛騎士を、見苦しいとそしる者もその場には誰もいない。おのれの将来に待ち受けているであろう運命に怯えていたのは、その場にいる誰だって同じはずであった。
(第7節につづく)
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