王族聖女と魔導仕掛けの熊〜原曲:『森のくまさん』を異世界風にアレンジ〜
かるかん大福
1話 聖女様
ーこの国の言い伝え。『決して《魔導師の森》には入るべからず。』ー
ー昔々そのむかし、この国に、人々から畏れられた魔導師がいたそうな。その魔導師の"力"にかかれば、老若男女、獣、魔物、自然、国、もしかしたら世界だって思いのまま征服出来る、それはそれは恐ろしい魔導師だったそうな。しかし当の本人は、そんな"力"を持ちながら、今までも一切、"力"を使う事なく、国や人々の平穏の為、一生懸命働いていた。ー
ーでも、国王様は怖れていた。この魔導師が、いつか国を我が物にし、全てを支配しようと考えるのではないかと。そこで国王は、魔導師を国から閉鎖され、どんな者でも出る事が出来ない深い森の中へ追放する事にしたそうな。ー
ーその事に魔導師が怒り狂わないはずは無い。その"力"を使い、自分を邪魔者扱いした王国にいつか復讐をするべく、今もなお、その森で生き続けているそうな。ー
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「へぇー、…何だか悲しい言い伝えねぇ…。」
アリエッタは、持ったら重そうな、分厚い本のページを退屈そうにペラペラめくりながら、溜め息混じりにそう呟いた。
「どこをどう解釈して、《悲しい言い伝え》とお考えですか!?」
彼女のメイド兼家庭教師のリレイは、そんな主人の呟きに、呆れたように受け応えた。
「だって、今まで王国の為に尽くしてきたんでしょう?その方をいきなり追放するなんて、可哀想よ!」
「それはそうですが…。」
"力"を使えば、国が滅ぶかもしれない。恐ろしくないのですか!?…そう彼女の幼き主に言いかけて、リレイは止めた。何故なら、このもうすぐ12歳になる少女は、いづれ、この国の未来を背負う《王女様》だからだ。彼女の父君である国王からは、
『教育方法は任せる、ただし、王族としての1つの概念に縛られず、自分自身の意思で行動出来るように教育せよ。』
と命じられている。だが、彼女は教育係の任務を与えられている。主の表現・行動の自由は尊重させるが、王族としての最低限のマナーや知識は、しっかり、みっちり叩き込ませるつもりだ。
「それに、そんなのただの言い伝えでしょう?あの森にはすごく美味な山菜や薬草が豊富なんだから。」
「また"魔導師の森"に行ったんですか?何度も、危険ですので、決してあの森に入らないで下さいね、て、お願いしましたよね?」
「だって…。孤児院の年長の子達が、ご飯をいつも我慢するんだもん…。」
アリエッタは、しゅん、と落ち込む仕草をした。この国の貧困問題は幼い自分でも分かる。富裕層と貧困層に身分がはっきり分かれており、もちろん、富裕層は豪遊し、酒池肉林の限りを尽くしている。それにより、貧困層の者は金銭どころか、明日、もしくは今日の食料さえ手に入るかどうかの瀬戸際なのだ。
もちろん父である国王も、何らかの対策は打っていた。が、全て未だに何の解決にもなっていない。
「お気持ちは察します。しかしあなた様は、これからこの国を背負う大切なお方。何かあっては遅いのです!良いですか?王族に大切なのは、」
「あっ、いけない、もうこんな時間!早く着替えて急がなきゃ!!それではリレイ先生、ありがとうございました!次の政治学は屋外でしたよね?」
「あっ、姫様…!!」
リレイが言う前に、アリエッタは逃げるように本をバタンっ、と閉じ、庶民服に着替えるべく席を立った。このメイドは、この手を話し出すと果てしなく長いのだ。それに、急がなきゃいけないのは本当だ。だって、今日もまた、孤児院の子達と遊ぶ約束をしているのだから。
『政治学の屋外授業』と称して、アリエッタはいつも決まった時間に、城の厨房から余ったパンなどの食べ物を譲ってもらい、リレイと護衛役のアランを伴い、町外れの教会に隣接する孤児院へ行く。しかし彼女らは出掛ける時、いつもの、大金持ちです、と分かるドレスやメイド服、護衛服から、町人が着る地味な庶民服へ着替える。何故なら一度、リレイと二人で軽装の貴族服のまま街へ出掛けた際、人攫いに合いかけたからである。その時は偶然通りかかった、フードの大男に助けられたが、その時に母君がくれた、大事なイヤリングを無くしてしまったのを覚えている…。
「純白の綺麗な貝だったのよね…。あと、その時の大男さん、また会えると良いな。お礼を言う前に去っちゃったのよね…。」
その事を知った、普段は娘に優しい王様であるが、この時ばかりは頭を抱え、アリエッタが出掛ける際、次の条件を出した。
1.孤児院に、出掛ける時間は政治学の時のみ。
2. 服は地味な服を着ること。
3.外出時は護衛付き。
「…門限付きなのは、辛いわぁ…。」
「仕方ありませんよ。御身に何かあってはいけませんから。」
アリエッタの溜め息混じりの言葉にに、アランは微笑いながら、主人にそう窘めた。アランはアリエッタより2つ歳上ではあるが、剣技を始め、体術、槍などの武術にとても優れている。リレイも戦闘系には多少嗜みはあるが、男女の力の差は歴然ではある。それに、人数がいた方がアリエッタを護りやすい。まさに、"鬼に金棒"である。
「よう、アリー!それに、アルやリリィも元気だね!」
「ゼベットさん、こんにちは!腰はもう大丈夫なのかぁ?」
「あぁ、この通りさ、アル。アリーが作った薬、凄く効いてねぇ。これで、まだまだ、若い奴には引けは取らねぇよ!」
『…姫様、薬学の授業で作った薬、また街の人に渡したのですか…?』
『あ、ははは…。』
リレイはゼペットに聞こえないように、アリエッタに説教をし始めた。ちなみに、街の人達からは、『アリー』、『リリィ』、『アル』と呼ばれている。一度人攫いにあった以上、王族の人間と分からないように、父君から偽名を名乗るように、との絶対命令だからだ。
「アリーや、庭の畑に撒いた肥料と農薬、凄く役に立ってるよ!」
「アリー、またあの塗り薬お願いね!弟の腫れ物に凄く効いたの!」
『姫様…。』
アランの呆れた声が、後ろで聞こえる。リレイの突き刺さる視線を受けながら、アリエッタは声を掛ける街の人々に向かって、気不味そうな笑顔で手を振った。
他者から見れば、良い行いをした、と思われるアリエッタの行動に、リレイとアランが呆れている理由。この国では本来、魔法薬は出回ってはいけない代物だ。又、魔術をおいそれと見せびらかすものではない。魔術が使えると分かれば、それは人々の《脅威》になる。時にはそれを利用しようとする者達もおり、それらの者は、反乱の材料にしたり、金儲けの為、人身売買をしようとするので、昔アリエッタ達が、人攫いに合いかけたのはその為だ。
しかしアリエッタは、目の前の悲しい顔の人達を見捨てる事は出来ない。自分の命が危うくなるのは分かっているし、もちろん怖くないと言えば嘘になる。しかし、それらと天秤にかければ軽いものである。それに『王族は、国民の平穏を守るのが仕事』、と父や母から教わっている。もちろん、リレイやアランも同じ考えで、どんな自分の我儘でも、呆れながらもついて行ってくれる。
彼女達が王族という事は、街の人々は知らない。しかし、アリエッタ達のどんな身分の者達も平等に接する《優しさ》、そして、人々を守る為なら危険を顧みない《強さ》もちろん、他にも色々理由がある。それらを含め、彼らはいつしかアリエッタを《聖女様》と呼ぶようになった。
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