第4話 穴蔵のホーク
降りた直後は真っ暗だったが、固く冷たい壁に手を付き数歩進むとパッと光が生まれた。
動体感知式のライトに照らされた通路はすぐに終わり、四方5m程度の箱のような空間が広がった。
正面にはスライド式のドアがあり、その上に小さなカメラが取り付けられている。
2人が並んでカメラに立つと、部屋の上四隅から赤い光が放射される。危険物を探知する簡易スキャンだ。ジョニーはちょっと居心地悪そうに身じろぎした。
「やぁダニエル。ひと月ぶりくらいだね。とりあえず入ってきなよ」
カメラに併設されたスピーカーから若い男の声がして、ドアが自動で開かれた。
「行くぞ」
ダニエルがジョニーに呼びかける。おう、と答えて歩き出そうとしたとき、再び男の声が響いた。
「悪いけどバットは持ち込み禁止だよ。そこの傘かけにでも置いといて」
顔を見合わせた2人は揃って左手に置いてある傘立てに視線を移す。
「そういえばそのバットは何代目なんだ?」
「18代目」
「覚えてんのかよ。……まさか名前とか付けてないよな?」
「は? 付ける訳ねぇだろ。バットはバットだ。それ以上でも以下でもねぇ」
「おぉ……。驚くほどまともな意見だ。すげー違和感ある」
「頭かち割られてーのかコンニャロウが」
不満とともに金属バットは傘立てに雑に突っ込まれた。
自動ドアからもう一枚、今度は手動の鉄扉を開けると雰囲気がガラッと変わった。
柔らかそうな絨毯が床に敷かれ、温度と湿度は最適に保たれ、吊り下げられた植木鉢には緑すら見られる。
大きなモニターに繋がったデスクトップPCをいじっていた人物は2人の入室に気づいて椅子を180度回転させた。
アロハシャツにハーフデニムとラフな格好で、裸足にサンダルを履いている。
赤みがかった茶髪をうなじの辺りで1つにまとめ、顎には剃り残した無精髭。インテリっぽい顔付きに似合った四角いフレームの眼鏡の奥の黒い目はどこかのほほんとした余裕があった。
情報屋のホーク。名前とは違ってその佇まいには雄壮さをかけらも感じない。
「いらっしゃい。今日は仕事? それともプライベート?」
「仕事以外でこんなところに来る趣味はねえよ」
「ハハハ。こんなところとはご挨拶だねぇ」
ダニエルの突き放しに気分を害した風もなく、ホークは明るく笑った。
「パンダくんもようこそ。飴でも食べるかい?」
「ドーモ」
差し出された棒付きキャンディを口に入れ、ジョニーは緊張感なく絨毯の模様を眺める。
「いくつか確認したいことがある」
「いいよ。答えられる範囲で答えよう」
ダニエルは自分たちの事情を説明せず不躾とも言える切り込み方をした。ホークの方もまず説明をしろとは言わない。
ダニエルとジョニーがここに来た経緯など、わざわざ説明せずともこの男なら既に知っている可能性が高いし、情報屋に砂粒でも情報を与えるとそこから連鎖的に情報を繋げてこちらの弱味にまで辿り着くかもしれない。
ダニエルはホークをことさら警戒するつもりはなかったが、探られるきっかけを無駄に増やすのはスマートではないと思っていた。
「ツインスネークのバックにどこかの企業が付いた、なんて可能性はあるか?」
「それは今のところ確認されてないな」
「後ろのマフィア組織からそれ系の仕事の依頼があったなんてことは?」
「ないない。そういうデリケートな案件を任せられる連中じゃないよ。知ってるだろ?」
「まあな」
とすれば今回は場当たり的な窃盗。奴らに言わせれば小遣い稼ぎといったところか。ダニエルは最悪なケースの1つが潰れたことに内心で安堵した。
「ライラニアンカンパニーの裏に何か動きは?」
「ライラニアン? ちょっと待って」
ホークはPCを軽くいじって出てきた情報を精査する。ライラニアンカンパニーというのは今回の仕事の依頼者が勤めている会社のことだ。
「ん、ん〜。特にこれといってなさそうだね。もうちょっと時間かければもっと詳しく調べられるけど?」
「いや、その必要はない」
どうやら当初に考えたよりはリスクが小さい案件のようだ。取り返して欲しいと言われたデータも所属先企業に関連したものではなくもっとプライベートなものかもしれない。
そう当たりをつけたダニエルは今後の動きを考え始める。
「ツインスネークの今のアジトは分かるか?」
「ちょっと待ってね〜。……ここだ。ここから15km南東の倉庫街」
モニターに地図データを映してポイントを示すホーク。
「俺の端末に今のデータ送ってくれ」
「あいよ。他には?」
「この男について軽く調べておいて欲しい。不審な点がなければそれでいい」
依頼主から貰った名刺をホークに渡す。
「報酬はまとめて事務所に請求しといてくれるか」
「分かった。そうするよ」
「助かる」
「毎度!」
情報屋というだけあってホークとの会話はことさらスムーズに進む。1人置いてけぼりを食らっているジョニーは不服だろうか。そう思って目を向けると呑気に欠伸をしている。そもそも話を聞く気がないらしい。
「ん? 終わったのか?」
「ああ、大体な。一旦事務所に戻るぞ」
そう言うとジョニーはちょっと不思議そうな顔をした。
「どうした?」
「アジトが分かったんだろ? 行かねーのか?」
「なんだ。少しは話聞いてたのか。まるっきり右から左だと思ってたのに」
「細けェことはさっぱり分からん。けどアジトが分かったってのは分かった」
こいつも聞く気がゼロという訳ではなかったようだ。意外だ。しかし悪いことではない。
「心配するな。ちゃんと行くさ。ちょいと準備してからな」
「……準備??」
肩に手を置かれたジョニーは今度こそ大きく首を傾げた。
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