引退・手作り・公園

「引退したと思っていたのだけれどね。まだいたんだね。噂のキス魔」


 スッとひとりが一歩前に踏み出して泣いている女性に近づく。


「襲ってきた人は、20代前半くらいで背はそんなに高くなくてちょっとだけ太っているひげ面の男性で間違いない?」


 流れるようにそばにかがみこむとのぞき込むように女性に話しかけるその図は不謹慎だけど絵になった。

 こくこくと頷く女性に声を掛けた男性はなにかに納得したように見えた。


「だれなんだよ。そのキス魔」

「少し前に話題になったの知らないのか?まあ、そうか語り部が犯人なんだ。そもそもニュース自体の露出が少なかった気がするね。関係者以外は知らなくても無理はないか。語り部としての媒体がマイクであるのと、あとは先ほどの特徴くらいしか情報がない愉快犯だ。アイドルに興味があるみたいでその周辺に事件が起きることくらいしか関連性もない。場所もばらばらホール近くの公園だったり駅だったり」


 そこまで話してもらってようやく昨日の衣装泥棒と人物像が重なる。


「その人なら昨日もみました。マイクを使ってアイドルに変身できるみたいです」

「それは随分と変態みたいだな。変身できるとなるとこの中に居てもおかしくないってことか?」


 売れ残りの若手俳優は見定めるように辺りをくるっと見渡す。

 夏希なつきたすくに売れ残りの若手俳優に犯人像を知っている彼。アイドルが複数人。この中に犯人がいるのだろうか。昨日盗んだ衣装を着ている人はいないのは確認した。でも、あの様子だと何着も持っていてもおかしくない。


「えっ。怖い」


 誰かがその言葉を発したのを起因してざわつき始める。よくない状況。犯人がこの中に居たら思うつぼなのかもしれない。


「ねえ。その衣装なんで手作りなの?」


 しかし、そう夏希が指摘した瞬間、その場の空気が変わった。

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