ヒップホップスマート

taiki

第1話 ヒップホップスマート

 型落ちしたiPhoneからミドルテンポのビートが流れている。

20人ぐらいの人だかりになっていただろうか。高卒フリーターみたいなエネルギーを余らせた若者達がリズムをとって韻を踏みながらラップをしている。

アイツらは、来る日も来る日もどこかの街中でフリースタイルのラップをしている。いわゆるサイファーってやつで、音楽で言えばジャムセッション。

誰でも飛び入り参加できて、ラッパー同士がスキルの鍛錬や交流を目的としたストリートで行われるものだ。



 俺の名前は賢人(ケント)。東大に通う大学生。

 高校生の時に、フリースタイルダンジョンという番組でみたヒップホップという自由でエネルギッシュな音楽に衝撃を受け、興味を持った。

そして、天才の名をほしいままにしている最強バトルラッパー『R指定』に魅せられた。彼ほど頭の回転が速い人は東大にはいない。


 本当の天才の前では、ガリ勉で積み上げた秀才など無力だ。本当の天才は東大なんかに来ないのだろう。そしてラップで踏む韻が気持ちよくて、気がつけば自分でもラップをするようになった。


 Youtubeで鍛えた俺のラップ力を試す時だと思い、俺もサイファーに参加した。

はじめてのサイファーは緊張する。言葉が出るか、韻が踏めるか、バイブスはあるか、アンサーは返せるか。


 不安で心臓のビートがミドルからハイに変わるのがわかった。それでもヒップホップは挑戦して失敗することも受け入れてくれるはずだ。



 2つぐらい年下のダボダボの服を着ているラッパーと対峙している。きっと高卒フリーターだろう。名前はトモ。非常にラップがうまく、韻もキレイで、オーディエンスを乗せるのがうまい。トモに対して俺は、必死に言葉をつないだが、韻が踏めない。バイブスもない。気の利いたアンサーも返せない。


 オーディエンスはしらけているのがヒリヒリと伝わってくる。


 気がつくと次のラッパーにマイクを渡していた。俺のサイファーデビューは散々だった。


 次の日、俺は大学で心理学の授業に出席していた。教授が講義を進める。


「知能は2種類ある。結晶性知能と流動性知能だ。


結晶性知能とは学校で受けた教育や、仕事・社会生活の中で得た経験に基づいた知能で、いわゆるアカデミックエリートと呼ばれる君たち東大生が得意とする分野。


もう一つの流動性知能は新しいことを学習する知能や、新しい環境に適応するための問題解決能力。ストリートスマートと言われている」


 普段であれば退屈な授業だが、その日は俺が欲していた知識と授業の内容が合致し、心を射止めた。


 高卒ラッパー達のラップ力の高さはその状況に応じた瞬発力や即時返答の即興力といった、流動性知能の高さに由来する。


 要はストリートスマートなのだ。


 真っ当に読書をして、勉強を積み上げてきたアカデミックエリートの俺に足りないものの正体がわかった。


 逆に言えば、流動性知能を鍛えれば俺の積み上げてきたものが強みになって俺だけのバイブスを作れる。

 

 ストリートスマートというとカッコよく聞こえるが、要はヤンキーカルチャーだ。

そんなものに俺のヒップホップは負けてたまるか。真っ当に勉強して知識と知恵を積み上げている一般人にもヒップホップは広がってもいい。ヒップホップが一般層に広がればヒップホップはキャズムを越える。きっとアイツらはキャズムなんて言葉も知らない。長期的には俺のヒップホップは負けない。


 むしろ、いつか『R指定』だって超えることができる。本気でそう思った。





 俺は大学卒業後、コンサル会社に入社した。

 入社後5年の月日が流れ、仕事にも慣れ生活が安定し、ヒップホップは趣味で聞く程度になった。そんな安定した暮らしに嫌気が差し、刺激を求めてベンチャー企業に転職することにした。


 最終面接で社長に会った。



「あれ?賢人さん、昔、渋谷のサイファーでご一緒させて頂いたことありましたよね?私は当時トモという名で活動していました。あれからヒップホップは鳴かず飛ばずで、趣味の延長で洋服の通販はじめたんですよ。それがこの会社『Tomo Town』なんですけどね」


 俺が高校生の頃から追い求めていたのは、生命力と刺激にあふれるストリートスマートであることにようやく気付いた。

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