第67話 映像化について

 ここは素人の僕が口を挟むことではないだろうが、『セクシー田中さん』の脚本トラブルについて。

 僕はこのドラマもコミックも読んだことはない。だけど、これで話題になっているからといって、ドラマを見たりコミックを読んだりするのは少し躊躇してしまう。

 今回、原作者さんがお亡くなりになってしまうという悲しい結果を生んでしまった。ご冥福をお祈りします。


 このニュースで最初に思ったのが、出演者の方々の心境だった。原作が好きで出演されている方もいるだろうし、脚本を面白いと思って出演を決めた方もいるだろう。仕事だから、オファーを受けたからという役者さんもいるだろう。でも、関係者が亡くなったことを聞けば、少なからずみんなショックを受けたと思う。

 役者さんは脚本や監督の指示かなんかで撮影を進めていたんだと思う。多分、みんな面白い作品にしたいと思って取り組んでいたはずだ。視聴者の人が『面白い!』『次も見たい!』と喜んでもらえるように、自身が出せる最大の力を出して演技していたはずだ。中には仕事と割り切っていた役者さんもいるかもしれない。

 でも、それが誰かを傷付けるためにやっていたとは想像もしてなかったと思う。


 もしかしたら脚本で揉めていることを耳にしていた役者もいるかもしれない。原作を読んで、全く違うな、と感じた役者さんもいるかもしれない。中には、そんなに騒ぐことかなぁ、と感じていた役者さんやスタッフさんもいるかもしれない。でも、誰1人、誰かの命を奪ってしまう作品になるとは思ってなかったんじゃないか。


 それはテレビ局側の人も同じではないか。まさかこんな結末になるとは思ってなかったんじゃないか。

 ニュースや記事を見ると、終盤の脚本は原作者本人が書いたという。局側は、これで一件落着した、と思っていたのではないだろうか。


 勝手な想像だが、テレビ局の人って押しが強いというイメージがある。視聴率が上がって、ドラマがヒットするまで何でもアリみたいな。それで原作も売れたらウィンウィンじゃないか、テレビはテレビの売れ方があるから任せときなさい、みたいな。(これは、あくまでも僕の想像なので)


 素人作家の僕に、映像化の話がきたら、飛び跳ねて喜んでしまうと思う。それが、多少内容と異なっていても、飲んでしまうと思う。むしろ、変えてくださっていいので、映像化してくれるならドンドンやってください、なんて言ってしまうかもしれない。でも、それは僕が素人だから。それでデビューできるなら嬉しいし、変えられてしまったところは、『そういう展開もあるのか、勉強になります!』なんて呑気に受け入れるのだと思う。

 でも、目の前でドンドン書き換えられていってしまったら、やはりそれはそれで悲しくなってくるかもしれない。

 もちろん素人ながら、作品を作るうえでのはある。こんなに変えられるなんて、自分の作品はそんなにダメなのだろうか。じゃあ、なんで僕の作品を選んだんだろうか、と凹んでしまうかもしれない。


 マンガのメリットは、無いものを創り出せること。とてつもなく綺麗な風景や感情の表現などマンガにしかできないこともある。小説は小説で、言葉での表現で如何様にも膨らませた情景を創り出すことができる。

 でも、映像では実際のしか撮れない。しかし、そのの美しさを伝えることができる。逆にリアルに悲惨さを伝えることによってそれ以上に伝わってしまう。

 そもそもマンガ、小説、映像は同じように表現することでも、全く別物なんだと感じる。


 じゃあ今回の脚本トラブルの1番の原因ってなんなのだろう。


 僕が考えるのは、言葉が少なかったんじゃないだろうか。ちゃんと伝える気持ちが足りなかったんじゃないだろうか。


 そう思うのは、僕の今の仕事に関係する。

 現在のお店のスタッフは最高にいい子たちばかりだ。アパレル未経験の若いスタッフが3人いるのだが、この子たちは本当によく頑張ってくれている。わからない中でも必死にやろうとしてくれる。中堅どころの2人も、自分の得意なスキルを発揮して、初めは寄せ集めだったメンバーでも互いに助け合ってくれている。

 じゃあ何が上手くいってないかというと、メーカーの担当者と、だ。少し説明を入れると、僕が入った会社は『販売代行』という形態で、メーカーの直営スタッフでもなく、百貨店の社員でもない。販売を専門とする会社で、出店または店舗から直営スタッフを引くために販売代行会社に変更する。その点で、メーカーの担当者は同僚でもなく、上司でもない。最近はローカル店舗には手が回らないため、代行会社に依頼するメーカーが増えている。


 多分、最初はメールのやり取りだと思う。アホみたいに大量に来るメールに、外資系のブランドなので英語のメールも入ってくる。そのうえ、独特な略語だらけでメールの内容がわからない。更に建物が古いのかWi-Fiの繋がりが悪く、当日メールが来なかったのに次の日にドバッと来ていたり、誰も開いて無いはずなのに既読になってて見落としてしまうこともある。

 それをやたらに『メール、読んでください』『ちゃんと見てください』ばかり。わからないことがあったら聞けというので、聞くと『ちゃんと読めばわかります』しか言わない。略語の意味がわからないからメールすると、返事が返ってこない。お前も、ちゃんとメール見ろよ、と思ってしまう。メールの返信があったかと思うと、『それは〇〇店の〇〇さんに聞いてください』、おい!お前もわかってねえのか!


 この仲の悪さというか、多分ウマが合わないのだろうが、お店の子たちも笑っちゃうしかない。幸い、その担当者とスタッフはちゃんと話してるので、基本僕にだけ合わない。

 それは僕も、アンタが嫌いです、という態度を出してるからもあると思う。

 自分で言うのもなんなんだが、僕は誰とでもすぐに仲良くなってしまうタイプだ。だから接客業をやっているんだと思う。今まで、他のブランドとの担当者ともそんなトラブルはなかった。僕も嫌いな担当者はいても、態度に出すまでの人は初めてだ。

 他にも、お客様から注文が入り、自店には入荷していないサイズを取寄せ依頼したところ、ダメだ、と言う。最近大きいサイズの専門ショップを出店し、そこへ案内しろと言う。静岡にはその専門ショップがないから、東京へ案内しろというのか。お客様は、前は注文できたから今回もしてくれと言うのでどう対処しますか、と聞くと『ルールなのでお断りしてください』との返事。そんなので納得する人、いますかね?


 現在のブランドは、某有名人気ブランドで、ブランド自体はすごく良いブランドだ。だが、その担当者だけが嫌いで仕方ない。多分、向こうもそうなんだろう。


 その担当者だって売れる店にしたい、という気持ちは僕と変わらないだろう。だけど、これを伝えたい、という気持ちが伝わってこない。『読んでないじゃないですか!』『違ってるじゃないですか!』『それ、前に言ったじゃないですか!』人を責める言葉ばかりだ。こっちも頭に来て、返事しない時もある。まあ、大人気おとなげない。


 売上を伸ばしたいのに、それはお互いがウィンウィンなのに、どうもしっくりこない。邪魔をしたいのか、とさえ思ってしまう。


 まあ、こんな感じでスレ違ってしまうのだが、原作者とテレビ局側でも同じようなことがあったのではないか、と想像してしまう。

 互いの『こうしたい』『こうした方がいい』と思う気持ちを踏み躙るような言葉や説明足らずで、受ける方が少しストレスを感じてしまうのではないか。



 こうしたなかで、僕はちょこちょこと『映像化されたい!』『主役は滝藤賢一さんにやってほしい!』なんて軽々しくも口にしていますが、映像化の難しさと、その裏側でも人間関係の難しさを考えてしまったニュースでした。



 そもそも『映像化させたい』と思わせる小説を書くのが先ですが......。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る