神代永遠とその周辺
7番目のイギー
#01 永遠と刹那 ―初夏―
取り立てて言うほどじゃない、ありふれたどこまでも青い空と千切れ雲。風は少し強くて、夏の気配を帯びたしっとりした空気が絡み付いてくる。
今年の梅雨は、如何にもな梅雨らしい梅雨といった感じで雨も多く、水不足は心配ないねってくらいの降水量らしい。どうりで沢山降るわけだ。
今日みたいな晴天の空って何時ぶりだろう。でも初夏なことには変わりなく、玉にはならないくらいのじとっとした汗が肌を覆って、お気に入りのTシャツが張り付いて鬱陶しいことこの上ない。
原因の主たる太陽の無自覚で容赦ない陽射しに、ちっぽけな手をおでこにかざして抗ってはみたけど、無駄な作業だとすぐに思い知らされる。
音にもならないため息混じりで、見たままの景色をそのまま口にする。
「あ、ツバメ……ツナも見た? もうツバメ飛んでる」
「いや見てない。もうそんな時期かぁ……。ね~ねぇ~アイヴィー、喉渇かない~?」
「……もう、人がいるところで
「知ってる人がいないの確認してるからだいじょーぶ。だから買ってきてー」
時々、私の親友ツナこと
というか、これ確実に私がジュース買いに行く流れだ。まあいいか。可愛いから許す。
「……うん、いいよ。なんか買ってくる。ツナ、何飲みたいの?」
隣にいる、暑さで完全にダウンしているツナに聞いたけど、何も応えず呆けたままで動かない。正直だらしない格好なのに可愛いとかちょっとズルい。
職人さんが丹精込めて作った一点物のお人形さんみたいだし、栗毛色の前下がりボブがキラキラ光ってて。お目目くりくりでまつげ長いし。性格も見た目に反してサバサバしてるし、どちらかというと内気は私にはちょうどいい感じ。
かく言う私も小さい頃はお人形さんみたいだね、なんて言われてたけど、中学生あたりから身長がぐんぐん伸びて、今では165cmにまで成長。おかげで可愛いとかもう数年言われてない。いや別に言われたくもないんだけど。だってツナの『お人形』と私の『お人形』は、少しだけ意味が違うと思うから。
一方ツナの身長といえば、はやくも成長が止まってしまったようで、153cm(本人曰く)。だから今でもツナは可愛いってよく言われる。そのくせ女性らしい成長はしっかりしてて、そこだけは羨ましい。
それよりも、さすがにそのだらけきった姿勢はどうにかしないとパンツ見えちゃうよ。どこで誰が見てるかわからないんだから。
「……永遠さぁ、今『ツナのパンツ見たい』とか思ったでしょ?」
「! ナ、ナニイッテルノカナツナサンハ」
たぶんすごい変顔アンドバタバタ両手を振るリアクション付きで答える私。そして玉の汗が一つ、頭からツーっと頬まで伝う。
冷や汗なのか暑さのせいの汗なのか咄嗟には判別できない。もしかすると大袈裟なリアクションという無酸素運動の汗、かもしれない。見えちゃうよとは思ってたけど見たいとは思ってないから。うん、どうでもいい。
「何年友達やってると思っておるんだねキミは」
「……えっとぉ、八年?」
「そうそう、八年もやっておるのだよ!」
暑いのに元気だねツナ。彼女の普段のテンションの高さは嫌いじゃないしむしろ好きだけど、それは過ごすには快適な季節だから許せるのであって、特にこんな暑い時期だとほんのちょっと鬱陶しい。でもどこか憎めないのは人徳と可愛さの賜物だよね。何度でもいうけどその可愛さ少し分けてください。
「長いよねぇ……私たち」
そう呟きながら、首筋にできた玉の汗をお気に入りのバンダナで拭う。
ついでにツナの首筋もポンポンと軽く叩いてあげる。ふっと二人の目があって、言葉にするでもないお礼の目をするツナ。
まるで長年連れ添った伴侶の口調よろしく彼女は私に返してくる。
「長いよのぉ……」
「暑いよねぇ……」
「暑いよのぉ……」
いつまでこの口調をツナさんは続けるつもりなのかな。ここは公園のベンチであって縁側じゃないから。
ちょっと放置しとこうかな。でもついには遺言とか言い出しそうな雰囲気だしなぁ、どうしようかな。
「で、結局ツナは何が飲みたいの?」
「うーん……じゃあ、永遠に任せる」
「やっぱり」
これは思ったよりすぐにツナの口調がリセットされた驚きであって、決して飲み物セレクトを丸投げされた驚きじゃない。
ツナの『任せる』は『炭酸系の何か』だから、サイダーあたりを買っておけば間違いない。でも、サイダーはこの前買ったから、今日はコーラにしよう。さすがの長年の親友。ツナの事ならすぐ解る私すごい。
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