331 病室の2人は

「もしもし、分かりますか? 自分の名前をフルネームで教えて下さい」

保科修司ほしなしゅうじ。ったく、どんだけやらせんだよ」

「何度だってやりますよ。大事な事なんです!」


 病室に入ってから何度目のやり取りだろうか。

 監視役にと一緒に連れて来られた龍之介りゅうのすけが、颯太そうたの置いていった紙のマニュアルに従って何度も名前を聞いて来る。

 脳震盪のうしんとうを起こした修司へ向けての意識確認という名目だが、必要以上に多い気がしてならない。


「本当にこんなにやれって書いてあるのか?」

「回数の指示はないですよ。けど、もしもの時の為です」


 いつになく頑固な龍之介は、ベッド横の椅子に腰掛けてじっと修司を見つめている。

 ただでさえベッドに寝かされて窮屈きゅうくつだというのに、こうも距離が近くては心が全く休まらない。


「俺は大丈夫だって。先生も一晩様子見て退院だって言っただろ? 伯父おじさんも戻ったし、お前も帰って良いんだぞ?」

「そうはいきませんよ。修司さんが抜け出さないように見張ってるのが、今の俺の仕事なんですから。修司さんは安静にしてて下さい」


 「心配してるんですよ」と口を酸っぱくする龍之介が、ひざの上でぎゅっと両手を握り締めた。

 彼の相棒の『さすまたくん』は、今颯太そうたが戦場で武器として使っている。


 今思い返しても、颯太が期限付きとは言えキーダーに戻ったのは、修司にとって衝撃的だった。しのぶと互角に戦っているのを見て、キーダーを嫌がっていたのが法螺ほらだったのではと思ってしまう。

 さっきも修司の検査に付き合って、結果を聞くなり颯爽さっそうと現場へ戻ってしまったのだ。


「俺はもう自分勝手に出て行ったりしねぇよ」


 修司は自分への戒めの言葉を吐いた。

 松本が現れて有耶無耶うやむやになってしまったりつとの戦いは心残りだが、流石に二度目の脱出は気が引ける。これ以上心配させてしまうと、颯太が更に無理をしかねないだろう。


「龍之介、付き合って貰ってサンキュウな? 本当は朱羽あげはさんのトコに居たいんじゃねぇのか?」

「そうしたいのは山々ですけど、あそこに行っても結局何もできないんですよ。むしろこうやって役割を貰えただけで有難いです」

「そういうもんか」


 とはいえ龍之介は『朱羽の事務所の雑用』という肩書に見合わない仕事をしているのは事実だ。

 本当ならこんな所まで入れる立場ではないが、前回の戦いの時もちゃっかり朱羽に随行ずいこうしていた。


「お前本当に朱羽さんと仲良いよな」

「まぁ──」


 そんな二人の関係を修司は少しだけ羨ましいと思った。去年の夏に初めて会った頃は、二人がここまで距離を詰めるとは思っても見なかった。


 修司はベッドサイドのスマホに手を伸ばして、美弦みつるにメールする。頭を打って病院に入っていると耳にすれば、彼女はきっと心配する筈だ。


 『無事だよ』と一言だけ送信する。

 向こうの様子が分からない状況では、その短文が精一杯だ。

 少しして『良かった』と返事が返って来る。ホッとした。



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