124 そうする

「ごめん……よく覚えてない」

「だろうなっては思ってた」


 綾斗あやとは「やっぱり」と笑って、京子のマンションへ車を走らせる。


 彼の気持ちは告白される前から気付いていた。

 だから家に送ってもらう事はあっても、桃也とうやと住んでいた部屋に彼を上げることはなかった──つもりだった。

 なのに綾斗が京子の部屋に入るのは、今日で三度目だという。


「けどね、思い当たることはあるの。綾斗と飲んで酔っ払ったはずなのに、次の日ちゃんと自分のベッドで寝てた事があるから。私やるじゃんって思ってたんだけど……」


 嘔吐おうとの件といい、反省しなければならない事実ばかり突き付けられる。


「ポジティブなのは良い事だけど、記憶無くすまで飲むのは俺と居る時だけね」

「うん、気を付ける」

「今はどう? さっきはちょっと辛そうだったけど」

「今は平気。何かね、浩一郎さんの所行ってからちゃんと感覚が戻ってる気がするの。今までは気にもしなかったけど、アルガスに居る時は誰かが訓練場使ってるんだって分かるもん。だから、この辛い時期が過ぎたら最強になれるかも?」

「なら良かった。これで変な奴に絡まれそうになっても、少しは警戒できるかな」


 とはいえ、こうして隣に居ても綾斗の気配は微塵も感じ取ることはできない。流石だと感じつつ自分も意識的に気配を閉じると、彼が「頑張ってる」と微笑んだ。


「ところで、綾斗はあれから久志ひさしさんと連絡取ってる?」

「一度だけ。元気なフリしてたけど、たぶん相当落ち込んでたと思う。キイさんたちにも別件で電話した時に聞いたら、技術部に籠りっきりだって。憑り付かれたように仕事してるらしくて」

「そっか。久志さんとやよいさんって、ずっと一緒に仕事してたんだもんね」


 久志は15歳からの高校三年間を東京で過ごし、その後広島にある中国支部への異動を経て新設の北陸支部に入った。広島以外はやよいがずっと一緒で、何でも言い合える二人の関係を京子は羨ましいと思っていた。


 いつも横に居るのが当たり前だと思っていた相手が突然居なくなってしまったら、自分はどうなってしまうのだろうか──

 この間颯太そうたに話を聞いてから、ずっと頭がモヤモヤしている。


「もし……って考えちゃう」

「京子さん?」

「颯太さんに、バーサーカーの話を聞いてみたの。ほら、アルガス解放の時に同じ力を持った人が居たって言ってたから。もちろん綾斗の事は話してないよ?」

「何か言ってた?」

「バーサーカーの力は、ホルスが欲しがるだろうって。綾斗は敵にならないでね?」

「ならない。京子さんこそ変な奴にさらわれないように」


 京子の不安を汲み取って、綾斗がきっぱりとそう答える。

 「うん」と返事して間もなく、車はマンションの地下にある駐車場に停まった。


 側の店で夕食をテイクアウトし、部屋へ向かう。

 3回目とは言え、彼が部屋に来る事は京子にとって初めてのようなものだ。

 狭いエレベーターの中で心拍数が上がっていくのが自分でも分かる。

 けれど──


「あっ」


 3階を過ぎた所で、京子はふと我に返った。重要な事を思い出してしまったからだ。

 綾斗を家へ呼んだ事に舞い上がっている場合じゃない。


 彼が家に来るなど、朝家を出た時には想像もしていなかった。


「綾斗、ごめん。ちょっと待ってて!」


 綾斗を玄関の中に立たせたまま、京子は酔っぱらったかのような勢いで中へ飛び込んだ。

 部屋が散らかっている訳ではないが、意識していない場所に桃也の居た痕跡が残っているかもしれない。以前部屋に踏み込んだ彼が何を目にしているかは分からないけれど……。


「入っていいよ」


 一通り部屋を目視して、朝捨てた筈のパンストの袋をゴミ箱へ入れる。

 半ば諦め気味のゴーサインに、綾斗が買ってきた夕食の袋を手に「お邪魔します」とリビングへ踏み込んだ。

 京子の部屋は1LDKで、そこから扉が開いたままのベッドルームが見える。


「ベッド変えたんだ」

「……分かる?」


 綾斗がこの部屋に来たことがあると言った事を少しだけ疑っていたけれど、どうやらそれは事実らしい。

 桃也が居る時に買って、ここ数年ずっと一人で寝ていたキングサイズのベッドを手放したのは1月の事だ。だから、彼がここに来たのはそれ以前という事になる。


「分かるけど。俺が部屋に居ると落ち着かない?」

「……少し」


 綾斗は袋をテーブルの上に放すと、京子の腕を捕まえて「大丈夫」と胸に抱きしめた。


「不安になんてならなくて良いから」

「綾斗……」

「ここに来て色々想像しないわけじゃないけど、だからってどうになるものじゃないし。俺は京子さんが好きです。京子さんもそうだって言ってくれるなら、それで十分」

「私も、綾斗が好き。こんなに好きになるなんて、思ってなかったよ」

 

 照れ臭さを我慢して、彼の肩に顔を埋める。

 そして試すように彼へ尋ねた。


「泊ってく?」


 綾斗はまた軽い感じで返事した。


「うん、そうする」







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